■第31話「楽に運べる方法を考えた結果、だいたい一番危ないやつに任せることになる」
荷物というのは、だいたい重い。
軽い物もあるが、そういうものはそもそも“わざわざ運ぶ依頼”になりにくい。人が困るのは、重いからだ。多いからだ。かさばるからだ。面倒だからだ。
だから、荷物を運ぶという仕事には、だいたい三つの選択肢がある。
力で運ぶか、人数で運ぶか、道具を使うか。
そして三つ目を選んだ場合――つまり“楽をしよう”とした場合、なぜか事態は面倒になりやすい。
その日の依頼は、まさにそういう種類のものだった。
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「荷運びです」
ミレナが依頼票を差し出した。
「北の倉庫から、街外れの仮置き場まで木箱を運びます。数は二十。中身は日用品。危険物なし」
「二十か」
リオが依頼票を見ながら言う。
「人手がいりますね」
「そうですね」
ミレナが頷く。
「ただし、今回は――」
そこで一拍置いた。
「馬車が使えます」
ガルドが顔を上げた。
「それなら楽だな」
「だからこの依頼なんです」
ミレナが言う。
「人手は少なめでいい。その代わり、ちゃんと運べる人が必要です」
「つまり?」
「ガルドさんとリオさんです」
「俺が選ばれる理由、雑じゃないか?」
「雑じゃないです!」
ミレナはきっぱり言った。
「“ちゃんと運べる人”と“止める人”です」
「役割分担が嫌すぎる」
リオは心からそう思った。
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「馬車か」
ガルドが言う。
「ならあいつ呼べばいい」
嫌な予感しかしない。
「誰ですか」
リオが聞く。
ガルドはあっさり答えた。
「ユーン」
その瞬間、ミレナの表情が固まった。
「……却下です」
即答だった。
「なんでだ」
「なんでだじゃありません!」
ミレナは机を叩いた。
「前にどうなったか忘れたんですか!?」
「覚えてる」
「じゃあなんでですか!」
「早い」
「速さの問題じゃないです!」
完全に正論だった。
だがガルドは腕を組む。
「二十箱だぞ」
「そうです」
「何往復もするか?」
「……それは」
「一回で運べる方がいいだろ」
「それはそうですけど……!」
ミレナが詰まる。
理屈としては間違っていない。
そしてその“理屈が正しい”のが一番厄介だった。
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「俺も行く」
その時、カインが言った。
「監視が必要だ」
「誰のですか」
リオが聞く。
「両方だ」
カインは淡々と答えた。
「それはそうですね」
リオも納得した。
ガルドもユーンも、どちらも放っておくとろくなことにならない。
「じゃあ三人で行け」
ミレナが言う。
「ただし」
じっとガルドを見る。
「絶対にユーンを最初から乗せないでください」
「なんでだ」
「様子見です!」
力強い理由だった。
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倉庫に着いた時点で、ユーンはすでにいた。
「……あ、ガルドさん」
いつものユーンだった。
小さく会釈して、荷物の確認をしている。声も静かで、動きも丁寧で、危険な気配は一切ない。
「今日は運搬ですよね」
「ああ」
ガルドが言う。
「馬車あるか?」
「あります……あっちに」
ユーンが指差す。
そこには、普通の荷馬車があった。よく整備されていて、車輪も問題なさそうだ。
「じゃあそれで運ぶか」
「はい……」
ユーンはうなずいた。
完全に普通だ。
この時点では、誰もが“今日は大丈夫かもしれない”と思っていた。
――それが甘かった。
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「まずは積むぞ」
カインが言う。
三人で箱を運び、荷台に積んでいく。
箱はそこまで重くないが、数が多い。積み方も重要だ。バランスを崩すと途中で崩れる。
「ここ、もう少し寄せろ」
カインが指示を出す。
「はい」
リオが調整する。
ガルドは無言で箱を持ち上げ、ちょうどいい位置に置いていく。
「……器用ですね」
ユーンがぽつりと言った。
「まあな」
ガルドが答える。
「だいたいのことはできる」
「さすがです……」
ユーンは素直に感心していた。
この時点では、本当に平和だった。
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荷物を積み終える。
かなりの量だが、うまく組めば一回で運べそうだった。
「いけるな」
ガルドが言う。
「問題ない」
カインも頷く。
「じゃあ出るか」
ここで、問題の瞬間が来た。
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「誰が手綱を持つ」
カインが聞いた。
一瞬、沈黙が落ちる。
リオは嫌な予感しかしなかった。
「……俺はやらないぞ」
ガルドが言う。
「細かいの面倒だ」
「じゃあ僕が」
リオが言いかけた瞬間、
「俺がやります」
ユーンが言った。
静かに、しかし迷いなく。
その手が、手綱に伸びる。
「待て」
カインが低く言う。
「……ユーン」
「大丈夫です」
ユーンが微笑んだ。
「ちゃんと運びます」
その笑顔は、いつものユーンだった。
だから――
「……頼む」
カインが言ってしまった。
その瞬間、スイッチが入った。
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カチャ、と手綱が握られる。
次の瞬間、ユーンの目の色が変わった。
「――行きます」
声が変わる。
低く、速い。
そして、
「どけェ!!」
馬が走り出した。
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「速い!!」
リオが叫ぶ。
「最初から速い!!」
「当然だろうが!」
ユーンが笑っている。
「積載量が多いほど、加速は気持ちいいんだよ!」
「そんな理論聞いたことないです!」
馬車が石畳を叩く。
ガタガタと揺れ、荷物がわずかに軋む。
「落ちるぞ!」
カインが言う。
「落とすかよ!」
ユーンが返す。
「この程度で崩れる積み方はしてねえ!」
「そこは信頼できるのが怖い!」
リオが必死に箱を押さえる。
ガルドは――笑っていた。
「いいな」
「よくないです!」
リオが叫ぶ。
「めちゃくちゃ速いだろ」
「だからです!」
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「もっと出る!」
ユーンが手綱を引く。
「出さなくていいです!」
リオが叫ぶ。
馬がさらに加速する。
街道に出る。
人が避ける。
叫び声が上がる。
「止めろ!」
カインが言う。
「止めねえ!」
ユーンが言う。
「今が一番乗ってる!」
「乗らなくていいです!」
完全にいつものパターンだった。
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「ガルドさん止めてください!」
リオが叫ぶ。
「いいじゃねえか」
「よくないです!」
「ちゃんと進んでるだろ」
「速度の問題です!」
「早く終わる」
「命も終わります!」
ガルドは本気で楽しそうだった。
最悪だ。
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「前、曲がるぞ!」
カインが言う。
「任せろ!」
ユーンが叫ぶ。
曲がる。
速度そのまま。
リオの体が横に流れる。
「無理です!!」
「無理じゃねえ!!」
ギリギリで曲がる。
荷物は――崩れていない。
「なんで保ってるんですか!」
リオが叫ぶ。
「積みがいいからだ」
ガルドが言う。
「そこは褒めていい」
「褒めるとこ間違ってます!」
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街外れの仮置き場が見えてきた。
「止めろ!」
カインが言う。
「止めるか!」
ユーンが言う。
「このまま突っ込む!」
「ダメです!!」
リオが叫ぶ。
「止めろ!」
カインが一歩前に出る。
手綱に手を伸ばす。
その瞬間――
前に、影が立った。
ドーガだった。
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無言で、道の中央に立っている。
動かない。
馬が一瞬、怯む。
「……止まれ」
ドーガが言った。
低い声。
短い言葉。
それだけだった。
ユーンの手が、一瞬だけ止まる。
「……ちっ」
ブレーキがかかる。
ギリギリで止まる。
荷台が揺れる。
だが、崩れない。
完全停止。
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「……止まった」
リオがその場に崩れ落ちた。
「死ぬかと思いました……」
「大げさだな」
ガルドが言う。
「大げさじゃないです!」
カインがユーンを見る。
「降りろ」
「……はい」
ユーンが答えた。
声が戻っている。
目も、いつものユーンだ。
「……すみません」
深く頭を下げた。
さっきまでの人物と同一とは思えない。
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「なんでこうなるんですか……」
リオが言う。
「乗ると変わるんだよ」
ガルドが言う。
「だから最初から言ってたじゃないですか!」
「言ってたな」
カインも頷く。
「だが、一回で終わった」
「それはそうですけど!」
確かに、荷物は無事だった。
しかも一往復で終わった。
効率だけ見れば完璧だ。
過程を除けば。
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「……どうする」
カインが言う。
「帰りもある」
一瞬、全員が黙る。
「俺が引く」
ドーガが言った。
それで決まった。
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帰りは平和だった。
信じられないほど平和だった。
揺れも少なく、速度も普通で、会話もできる。
「……これが普通なんですね」
リオが言う。
「そうだ」
ドーガが答える。
「なんでさっきああなるんですか」
「性質だろう」
「迷惑すぎます」
だがユーンは静かに座っている。
さっきまでのことが嘘のようだ。
「……すみません」
また小さく言った。
「まあ、早かった」
ガルドが言う。
「そこ褒めないでください!」
リオが言う。
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ギルドに戻る。
ミレナが待っていた。
「どうでしたか」
「一回で終わった」
ガルドが言う。
「そうですか!」
ミレナが一瞬喜び、
「――誰が手綱持ちました?」
すぐに真顔になった。
「ユーン」
「ダメって言いましたよね!?」
リオとカインが同時に目を逸らした。
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楽に運べる方法を考えた結果、だいたい一番危ないやつに任せることになる。
そしてその結果、効率は上がるが寿命は削れる。
その日の話題は、その日で終わった。
荷物は無事に届いたし、依頼も成功した。
ただ一つだけ確かなのは、次に同じ依頼が来た時――
ユーンは最初から除外されることが決まったということだった。




