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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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30/53

■第30話「まとめて頼めば楽になると思ったやつは、だいたい途中で後悔する」

 まとめてやる、という発想はだいたい善意から始まる。


 個別に動くより効率がいいし、手間も減るし、誰か一人が窓口になれば全体がすっきりする。理屈だけ見れば、たしかにその通りだ。


 だが、その“全体”の中に面倒な人間が混ざっている場合、話は変わる。


 好みが多い。注文が細かい。途中で気が変わる。人の皿がよく見える。ついでを勝手に足す。勝手に引く。頼んだ覚えがあると言い張る。頼んでないのに食う。


 そういう人間が二人、三人といるだけで、まとめるという善意はあっという間に泥沼へ変わる。


 その日のギルドで起きた騒ぎは、まさにそういう種類のものだった。



「今日は昼食をまとめて注文します」


 朝の受付前で、ミレナが言い切った。


 その声には、いつもの“断らせない圧”がきっちり乗っていた。ギルドにいた何人かが、依頼票から顔を上げる。リオも掲示板の前で手を止めたし、椅子に沈んでいたガルドも片目だけ開けた。


「なんでだ」


 第一声は当然ガルドである。


「毎日毎日、昼になるたびに誰かが出たり入ったりして、受付前を横切って、ついでに“これも頼んで”だの“やっぱりやめる”だの言うからです!」


 ミレナが机を軽く叩く。


 かなり溜まっていたらしい。


「最近、近くの食堂の人まで困ってるんですよ。注文がばらばらすぎて!」


「困ってるのは向こうか?」


 ガルドが言う。


「こっちもです!」


 ミレナは迷いなく即答した。


「今日は昼前に注文を取りまとめて、一回でまとめて頼みます。個別注文は禁止。後出し変更も禁止。追加も禁止。横取りも禁止です」


「最後のやつ、人として当然のことなのに今さら禁止事項に入るんですね」


 リオが言う。


「入れないと起きるからです」


 ミレナは真顔だった。


 反論が難しい。



「いいですね」


 セリアが治療棟の方から出てきて言った。


「それならお店の人も助かりますし」


「そうなんです!」


 ミレナが少しだけ明るい顔をする。


「やっと理解者が……!」


「そんなに大変だったんですか」


「大変でした!」


 思い返すだけでも疲れるらしい。


「昨日なんて、先に五つ頼んだあとで“やっぱり汁物だけ別の店”とか言い出した人がいて」


「誰ですか」


 リオが聞いた。


「知らん」


 ガルドが言った。


「お前だよ!」


 ミレナが叫ぶ。


「なんでそんな他人事みたいな顔してるんですか!」


「でもあそこの汁は薄い」


「そういう話じゃありません!」


 どうやら初手から犯人ははっきりしていたらしい。



「で、何をどうするんですか」


 リオが聞く。


「注文表を作りました」


 ミレナが取り出したのは、大きめの紙だった。


 上の方にきっちり線が引いてあり、こう書いてある。


 昼食注文表

 名前/品名/大盛・普通/備考(必要なら)


「本格的ですね」


「本気ですから」


 ミレナは頷く。


「これに自分で書いてください。読みやすい字で。曖昧な表現は禁止。“いつもの”とか“あれ”とか“なんか多いやつ”は全部却下です」


 そこまで言われると、過去にそういう被害が何度もあったことがよくわかる。


「ちなみに対応してくれる店は三つです」


 ミレナが指を折る。


「食堂《風見亭》、焼き物屋《赤炭》、軽食屋《石畳》。どこで何が頼めるかはここに書いてあります」


 横にはさらに小さな一覧表まで貼られていた。完全に本気だ。


「すごいですね……」


 リオが素直に感心すると、ミレナは少しだけ胸を張った。


「今日は絶対に失敗しません」


 その言い方は、だいぶ危なかった。


 こういう宣言が成功した試しはあまりない。



「おもしろそうだな」


 嫌な声がした。


 ライルだ。


 朝から元気で、そしてこういう“ちょっとしたイベント”の気配を嗅ぎつけると必ず来る。もはや野生の勘で動いているとしか思えない。


「帰れ」


 ガルドが言う。


「なんでだよ!」


「お前が来ると注文が増える」


「増えるのはいいことだろ」


「よくないです!」


 ミレナが即答した。


「今日は混乱を減らしたいんです!」


「じゃあ俺、シンプルにするよ」


「本当ですか?」


 リオが聞く。


「本当だ。肉、飯、汁」


「それをちゃんと店のメニューに変換してください!」


 ミレナが言った。


「曖昧禁止です!」


 すでに怪しい。



 そこへカインが入ってきた。


 朝のギルドの空気がいつもと違うことに気づいたのか、入口で一瞬だけ立ち止まる。


「……何だ」


 第一声はいつも通りだった。


「昼食をまとめて頼みます!」


 ミレナが答える。


「そうか」


 カインはそれだけ言って掲示板へ向かおうとした。


「書いてください」


 ミレナが注文表を突き出す。


 カインが紙を見る。


 少し考える。


「……まだ決めてない」


「今決めてください」


「そんなに急ぐのか」


「急ぎます。締切は午前中です」


「昼なんだから当たり前か」


 そう言って、意外と素直にペンを取った。


「真面目ですね」


 リオが言う。


「食事は必要だ」


 カインは淡々と書く。


 カイン/焼き魚定食/普通/なし


「備考が理想的ですね」


 ミレナが言う。


「そうか?」


「はい。余計なことが一切ないです」


 それはかなり高い評価だった。


「魚か」


 ガルドが言う。


「肉じゃないのか」


「朝は肉だった」


「基準そこなのか」


「栄養配分だ」


 カインは本気だった。


 そういうところが妙に真面目で、妙に面倒くさくない。



 セリアも書いた。


 セリア/野菜と鶏の煮込み皿+パン/普通/パンを一つ多めに


「備考ありますね」


 リオが言う。


「午後、少し遅くなるかもしれないので……」


「そういうのは全然いいです!」


 ミレナが言う。


「ちゃんと意味のある備考なので!」


 備考にも善悪があるらしい。



「どうする」


 ガルドがリオを見る。


「僕ですか?」


「お前、もう決まってるか」


「うーん……」


 リオは一覧を見る。


 風見亭の日替わり定食。赤炭の串焼き盛り。石畳の卵サンドとスープ。どれもそれなりにうまそうだ。


「……日替わりにします」


「無難だな」


 ガルドが言う。


「たまにはそういうのもいいかなって」


「日替わりは外れる時もあるぞ」


「やめてください急に不安になること言うの」


 それでもリオは書いた。


 リオ/日替わり定食/普通/なし


「いいですね」


 ミレナが頷く。


「こういうのでいいんです」


「こういうので、ってなんですか」


「後から揉めないやつです」


 それもまた切実だった。



 問題は、当然ガルドだった。


「早く書いてください」


 ミレナが注文表を差し出す。


「考えてる」


「顔がまったく考えてる顔じゃないです」


「考えてる時はこんなもんだ」


「絶対違います」


 ガルドは一覧表を見て、腕を組み、少しだけ目を細めた。


 嫌な予感がする。


「……焼き魚定食に、串焼き三本つけられるか?」


「備考が多い!」


 ミレナが叫んだ。


「しかも店が違います!」


「でも食いたい」


「だめです!」


「じゃあ魚定食に唐揚げは?」


「一覧にありません!」


「ないなら作れ」


「食堂はあなたの屋台じゃないんです!」


 たぶんミレナは、こういう問答を何十回もやってきたのだろう。


「じゃあ、風見亭の日替わり大盛に、赤炭の串を二本、石畳のスープをつける」


「だから店を混ぜないでください!」


「全部昼飯だろ」


「そういう問題じゃありません!」


「細かいな」


「細かくないです!」


 それから五分ほど、ガルドは“なんとか複数店のいいとこ取りをしようとする”という非常に迷惑な交渉を続け、最終的にミレナが一枚の紙を机に叩きつけた。


「この中から一つ選んでください!」


 完全に親と子どもの構図だった。


「……じゃあ串焼き盛り」


「大盛は」


「あるか?」


「あります」


「じゃあ大盛」


「備考は」


「なし」


「最初からそうしてください!」


 ようやく書かれたのは、


 ガルド/串焼き盛り/大盛/なし


 だった。


「なしって書けるんですね」


 リオが言う。


「書けるぞ」


「そこは威張らないでください」



 これで一応、主要メンバーの注文は揃った。


 あとはライルだ。


「俺は決まってる」


 ライルが言う。


「不安です」


 リオが正直な感想を述べた。


「肉盛りだ」


「メニュー名でお願いします!」


 ミレナが言う。


「赤炭の串焼き盛り特大!」


「特大はないです」


「なんでだよ!」


「店に聞いてください!」


「じゃあ大盛二つ」


「一人でですか?」


「昼と予備」


「予備ってなんですか!」


 結局ライルも相当揉めた。


 最終的には、


 ライル/串焼き盛り/大盛/なし


 になった。


「ガルドさんと同じですね」


 リオが言う。


「強い男はだいたい似る」


 ライルが言う。


「そこ二人とも並べないでください」


 ミレナが言った。


 心の底から同意である。



 ここまででかなり疲れたが、注文表はまだ埋まっていなかった。


 受付を出入りする他の冒険者たちも、昼が近づくにつれて少しずつ注文を書き始めたからだ。


 真面目に一品だけ書く者もいれば、「辛いやつ」とだけ書いてミレナに書き直しを命じられる者もいる。「いつもの」と書いて却下される者もいた。どうやら“曖昧な注文をしようとする人間”は予想以上に多いらしい。


「人ってそんなに“いつもの”って言いたがるんですね……」


 リオが言う。


「言いたがります!」


 ミレナが疲れた顔で言う。


「しかも店によって“いつもの”が違うんですよ!」


「それは地獄ですね」


「地獄です!」


 そこへアルが奥から出てきた。


「何の騒ぎだ」


 とりあえず一言で言うなら、注文表の前の混乱である。


「昼食のまとめ注文です」


 リオが説明する。


「そうか」


 アルは紙を見る。


 少しだけ考える。


「……俺も書けばいいのか」


「お願いします!」


 ミレナが即答した。


 アルはペンを取る。


 そこに迷いはなかった。


 アル/日替わり定食/普通/なし


「早い」


 リオが言う。


「余計なことを考えていないだけだ」


 アルは淡々と答えた。


 その通りだろう。


「一番理想的ですね」


 ミレナがしみじみ言った。


「そうか?」


「はい。お手本みたいです」


 アルは特に誇るでもなく紙を置いて奥へ戻った。


「ずるいですね」


 ガルドが言う。


「何がだ」


「こういう時だけ模範解答みたいなことしやがる」


「普通のことをしただけだ」


「それができないやつがここにいるんです!」


 ミレナがガルドを見た。


「うるせえな」


 だが反論は弱かった。



 午前の終わり頃には、注文表はほぼ埋まった。


 風見亭が七つ、赤炭が五つ、石畳が四つ。そこまで偏りもなく、意外とまともにまとまりそうに見えた。


「……いけそうですね」


 リオが言う。


「いけます!」


 ミレナが言った。


「ここまで来たら、あとは私がまとめて店に伝えるだけです」


「本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫です!」


 その力強さに、一瞬だけ不安がよぎる。


 だが、ここまでやって崩れるとも思いたくない。


「じゃあ、行ってきます」


 注文表を持ってミレナが出ていく。


 その背中は、とても頼もしかった。


 ――そしてこの時、誰も気づいていなかった。


 注文表の一番下に、いつの間にか余計な一行が書き足されていることに。



 ミレナが戻ってきたのは、三十分後だった。


「注文、通りました!」


 少しだけ誇らしげだ。


「お疲れさまです」


 セリアが言う。


「どうでした?」


「やっぱり、まとめてくれると助かるって言われました」


「ですよね」


 リオも頷く。


「さすがに毎日ばらばらだと大変そうでしたし」


「はい。今日は時間もあまりズレずに届くそうです」


 ここまでは完璧だった。


 そう、ここまでは。



 昼になり、最初に届いたのは石畳の軽食だった。


 卵サンド、野菜スープ、煮込み皿用のパン。リオとセリアの分は間違いなく、それ以外にも何人かの分が揃っている。


「今のところ順調ですね」


 リオが言う。


「でしょう?」


 ミレナが満足げに頷く。


 次に、風見亭の日替わりが届いた。


 これも問題ない。アルの定食、リオの日替わり、他の冒険者たちの分。


「完璧ですね」


 セリアが言う。


「今日は平和です」


 その時だった。


 最後に、赤炭の串焼き盛りが届いた。


 大皿が三つ、包みが二つ、紙札が一枚。


「……多くないですか?」


 リオが言った。


 明らかに多い。


 串焼き盛り大盛が二つなら、こんな量にはならない気がする。


 配達に来た少年が紙札を見ながら言う。


「えっと、串焼き盛り大盛二つと……“特大肉盛り、できるだけ派手に”が一つです!」


 場が止まった。


「……何ですかそれ」


 ミレナが紙札を見る。


 そこには確かに書いてある。


 特大肉盛り できるだけ派手に


「そんな注文通したんですか!?」


 リオが言う。


「書いてあったんです!」


 ミレナが叫ぶ。


「一番下に小さく!」


 全員の視線がライルに向く。


 ライルは、ものすごく気まずそうな顔で少しずつ後ずさった。


「……あれ、通るんだな」


「お前か!!」


 ミレナとリオが同時に叫んだ。


「だって余白あったし」


「余白は自由欄じゃありません!」


「でも“できるだけ派手に”って店の人も頑張ってくれたぞ!」


 見れば、大皿の上に串が妙に立体的に盛られていた。野菜も挟まっている。たしかに派手だ。派手だが、誰の昼食なんだこれは。


「俺のではないな」


 ガルドが言う。


「俺もそこまで言ってない」


「俺のでもない」


 カインが言う。


「俺は注文してない」


「注文してるだろ!」


 リオが言う。


「大盛って書いたじゃないですか!」


「それは普通の大盛だ」


「比較対象がわかりません!」


 ライルが観念したように手を挙げた。


「……俺だ」


「なんでそんな余計な一文足したんですか!」


 ミレナが言う。


「書いたらどうなるか気になって」


「好奇心で店を試さないでください!」


 配達の少年が少し困った顔をしている。


「えっと、お代はもう聞いてます」


「払います!」


 ミレナが即答した。


「払いますけど、次からこういうのはやめてください!」


「はい……」


 ライルがしゅんとした。


 たぶん数分後には元に戻る。



「でも、うまそうだな」


 ガルドがぽつりと言う。


「乗らないでください!」


 リオがすぐ言った。


「いや、事実だろ」


「事実でもです!」


 大皿はたしかに見栄えが良かった。串の焼き色もきれいだし、香りも強い。どう考えても“普通の大盛”より派手で、どう考えても“目立つ”。


「派手ってこうなるんですね……」


 セリアが言う。


「勉強になります」


「そこ学ばなくていいです!」


 ミレナが言う。


 だが、問題はここで終わらなかった。


「待て」


 カインが紙札を見る。


「串の本数がおかしい」


「え?」


 リオも見る。


 確かに、多い。明らかに多い。


「これ、大盛二つ分と特大一つ分、全部混ざってません?」


 その瞬間、全員の顔が固まった。


 配達の少年がはっとする。


「えっ」


「えっ、じゃないです」


 ミレナが震える声で言う。


「分かれてないんですか?」


「え、えっと……“串焼き系まとめて一便で”って言われたので……」


「誰がですか!」


 リオが言う。


 少年は正直に答えた。


「店長です!」


 店側も雑だった。



 結果、ガルドとライルの注文が完全に混ざった。


 しかも、カインがついでに頼んだ“焼き鳥だけ追加で一本”がなぜかそこに吸収されている可能性まで出てきた。


「なんで一本だけ追加したんですか!」


 ミレナが言う。


「朝、少し足りない気がした」


 カインは真顔だった。


「そういうのが混乱の種なんです!」


「それはすまん」


 素直に謝る分だけまだマシだ。


「じゃあどうするんですか……」


 リオが大皿を見る。


 もう誰の何が何本なのか、完全にわからない。


「数えるか」


 ガルドが言う。


「無理ですよ!」


「肉の種類で分ける」


「店長の気分で混ざってる可能性あります!」


「たしかに」


 ライルが串を眺めて頷く。


「なんか豪快に盛ってある」


「お前のせいだよ!」



 ミレナは頭を抱えていた。


 せっかくここまでまとめたのに、最後に“余白に余計な一文を書く男”と“派手にと頼まれたら本当に派手にする店”と“ついでに一本足した男”のせいで台無しである。


「……もう」


 ミレナが深呼吸した。


「これは、じゃんけんで分けてください」


「雑!」


 リオが言った。


「今までの苦労どこいきました!」


「知りません!」


 ついに投げた。


 その気持ちはわかる。


 むしろよくここまで持ったと思う。


「じゃあ俺が一番多いところ」


 ライルが言う。


「なんでですか」


「俺の“派手”が入ってるから」


「意味がわからない!」


 ガルドがすでに箸を持っていた。


「食えば同じだろ」


「同じじゃないです!」


 しかし、ミレナがついに言った。


「ではガルドさんとライルさんで半分ずつ! カインさんの一本分は私が会計から引きます! 以上!」


 完全に強制決着だった。


「それでいいのか」


 アルが奥から言う。


 やっぱり聞いていた。


「いいです!」


 ミレナが言った。


「これ以上、この話に時間を使いたくありません!」


 それはもう、全員が同じ気持ちだった。



 結果として、昼食はなんとか行き渡った。


 リオの日替わりは普通においしかったし、セリアの煮込みも優しい味だった。カインの焼き魚定食は見た目通り真面目な内容で、アルの定食はなぜか最も安定感があった。


 問題の串焼き大皿は、ガルドとライルが半分ずつ分け合い、ライルが「派手って大事だな!」と言ってミレナに睨まれ、ガルドが「普通にうまい」と言って余計に悔しがらせていた。


「結局、味はいいんですね……」


 リオが言う。


「そこが一番悔しいです」


 ミレナは疲れた顔で答えた。


「失敗してもおいしいのが余計に腹立ちます」


「でも、まとめたのは良かったんじゃないですか?」


 セリアが言う。


「店の人も助かってましたし」


「そこはそうなんです」


 ミレナが頷く。


「問題は、余白に余計なことを書く人がいたことです」


 ライルが気まずそうに串を噛んだ。


「……次からは書かない」


「当たり前です!」


「でも、“派手に”が通るのは知れた」


「知らなくていいです!」


 こういう人間がいるから制度が複雑になるのだ、とリオは心から思った。



 昼食を食べ終わった後、ミレナは新しい紙を取り出して、注文表の横に貼った。


 備考欄に感想・希望・願望・気分を書かないこと


「そこまで書くんですね」


 リオが言う。


「必要です」


 ミレナは真顔だった。


「今日で学びました」


「重い学びですね……」


 でも、たしかに必要だった。


 願望を書き始めたら終わりだ。


「もう一個足してもいいか?」


 ガルドが言う。


「なんですか」


「“店をまたがないこと”」


「それも書きます!」


 ミレナはすぐに追記した。


 一人一店まで


 制度がどんどん強くなる。


「なんか、自由が減っていきますね」


 ライルが言う。


「あなたのせいです」


 リオが言った。


 完全にその通りだった。



 まとめて頼めば楽になると思ったやつは、だいたい途中で後悔する。

 だが、それでも個別に頼むよりは少しだけましだったりするから、やめるわけにもいかない。


 その日の昼食騒ぎは、その日のうちに終わった。

 夕方にはもう誰も“特大肉盛り できるだけ派手に”の話を本気でしていなかったし、せいぜいライルが「でもまた頼みたいな」と言って、全員に止められたくらいだった。


 それで十分だ。

 話題はその日で終わる。

 次の日にはまた別の面倒が起きる。


 ただ少なくとも、注文表の備考欄に願望を書くな、という教訓だけは、しばらく全員の頭に残るだろう。

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