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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第27話「ただ待つだけの仕事は、だいたい途中で誰かが余計なことをする」

 待つ、というのは仕事になりにくい。


 何かを倒したとか、直したとか、運んだとか、そういう目に見える結果がないからだ。


 だから、ただ待つだけの役目を軽く見る人間は多い。


 だが実際には、待つだけの仕事ほど難しい時がある。


 動かないこと、手を出さないこと、今じゃないと判断すること、それは全部、意外と体力がいる。


 そして何より、待つだけの仕事というのは――だいたい途中で誰かが余計なことをする。


 その日の依頼は、まさにそういう種類のものだった。



「今日は簡単です」


 朝、受付の前でミレナが言った。


 その言い方に、リオは少しだけ警戒した。


 ミレナの言う「簡単」は、だいたい“内容は簡単だが、相手がガルドだと面倒になる”の略であることが多い。


「本当ですか」


「本当です」


 ミレナは依頼票を机に置いた。


「北の外れの荷運び小屋で、商会の荷受けを待つ仕事です」


「待つ?」


 リオが依頼票を覗き込む。


 内容はこうだった。


 北の街道沿いにある小さな荷運び小屋で、午後に来る予定の荷車を受け取り、確認のサインをして、夜まで保管する。それだけ。護衛というほど危険ではなく、盗難防止のために人を置いておきたいので、念のため冒険者を一組回したいらしい。


「……たしかに簡単そうですね」


 リオが言う。


「でしょう?」


 ミレナが頷く。


「受け取る荷も、特別なものではありません。食料品と日用品の混載で、危険物なし、魔物寄せの匂いも薄い、街からもそう遠くない。つまり、普通に待っていれば終わります」


「待つだけか」


 椅子にだらけていたガルドが顔を上げた。


「待つだけです」


「暇だな」


「暇でいいんです!」


 ミレナが即答する。


「今日は暇で終わってください!」


「そんなに強く言うことか?」


「あなた相手には必要です!」


 完璧な正論だった。


「荷車が来るのは午後三時から四時頃、日が沈む頃に商会の人が引き取りに来ます。それまで小屋にいて、荷を確認して、何もせず待機。以上です」


「本当に何もないんですね」


 リオが言う。


「何もないはずです」


 ミレナはそこで、少しだけ声を低くした。


「だからこそ、何もしないでください」


「誰に言ってるんだ?」


 ガルドが言う。


「あなたです!」


 今日も朝から話が早い。



 荷運び小屋は、街から歩いて一時間ほどの場所にあった。


 北の街道を少し外れたところに建っている、石と木で作られた簡素な建物だ。壁は厚く、窓は小さい。雨風はしのげるが、長居したくなるような快適さはない。


「……地味ですね」


 小屋を見上げてリオが言う。


「だな」


 ガルドが答える。


「でも、仕事としては助かるんじゃないですか?」


「助かる」


 ガルドはあっさり認めた。


「待ってるだけで金が入る」


「その言い方だと急に嫌な仕事に聞こえます」


「事実だろ」


「事実ですけど」


 中に入る。


 小屋の中は、荷台を置くための空間と、小さな机、椅子二つ、それから壁際に古い樽が三つ置いてあるだけだった。窓から街道が少し見える。屋根も壁もまともそうで、雨が降っても大丈夫そうだ。


「悪くないですね」


 リオが言う。


「雨風しのげるし、机もあるし」


「椅子もある」


 ガルドがさっそく一つに腰を下ろした。


「寝るなよ」


「まだ寝ねえよ」


「“まだ”って言いましたね」


「聞こえたか」


「ちゃんと聞いてます」



 最初の一時間は、本当に何もなかった。


 窓の外をたまに人が通る。荷運びの男が二人、街道を歩いていった。遠くで鳥の鳴き声がする。風は穏やかで、陽も強すぎない。眠くなるには十分すぎる条件だった。


「……静かですね」


 リオが言う。


「静かだな」


 ガルドも言う。


「こういう依頼って珍しいですか?」


「たまにある」


「退屈ですね」


「待つだけだからな」


 ガルドは机に肘をついて、窓の外を眺めていた。


「でも」


 一拍置いて言う。


「こういうのは、変に事件が起きない方がいい」


「それはそうですね」


「起きたら面倒だ」


「結局そこに戻るんですね」


「だいたいそうだ」


 軽い会話。


 本当に何も起きていない。


 リオは少しだけ安心していた。たまにはこういう依頼も悪くない。待つだけなら、色々考える時間もあるし、体力も使わない。


 ――そう思っていたのが、よくなかったのかもしれない。



「なあ」


 しばらくしてガルドが言った。


「なんですか」


「この樽、なんだと思う」


 嫌な方向に意識が向いた。


 壁際の古い樽三つ。最初に見た時からそこにあったが、依頼票には何も書いていない。


「荷物じゃないですか?」


「たぶんな」


「じゃあ触らないでくださいね」


「まだ触ってねえよ」


 “まだ”がついた時点でだいぶ怪しい。


「でも、空っぽっぽいな」


「だからなんでそういう方向に興味を持つんですか」


「暇だからだ」


「最悪ですね」


 リオは立ち上がって樽を確認した。


 確かに、軽く叩いてみると音が軽い。


「……空ですね」


「だろ?」


「でも空なら余計に触らなくていいです」


「なんでだ」


「依頼に関係ないからです」


「暇つぶしになる」


「ならないです」


 ガルドは不服そうだったが、ひとまず椅子に戻った。


 この時、リオはもっと強く釘を刺しておくべきだったのかもしれない。



 正午を少し過ぎた頃、小屋の外に足音がした。


 リオが立ち上がる。


「荷車ですか?」


 窓から覗くと、そこにいたのは一人の老人だった。小柄で、背中が少し曲がっている。肩から袋を提げ、杖をついて歩いている。街道を歩く旅人らしいが、こちらに気づくと小屋の前で足を止めた。


「おや」


 老人が声をかけてくる。


「人がいたか」


「どうしました?」


 リオが外へ出る。


「すまんが、水を少しもらえんかね」


 どうやらただの旅人らしい。小屋の横には、荷運び用の簡易水桶が置かれていた。まだ半分ほど水が残っている。


「どうぞ」


 リオが桶を差し出すと、老人は礼を言って一口飲んだ。


「助かるよ。歳を取ると、こういうちょっとした坂でも息が上がる」


「どちらまで?」


「街までだよ。孫がいるもんでな」


 そう言って、老人はにこにこ笑った。


 ガルドも小屋の中からちらりと見ていたが、特に何も言わない。


「ありがとうございます」


 老人は何度も礼を言って、またゆっくり歩いて去っていった。


 それだけのことだった。


「……いいことしましたね」


 リオが戻りながら言う。


「したな」


 ガルドが頷く。


「こういうのが一番平和だ」


「そうですね」


 リオも同意した。


 このまま一日が終わってくれれば、それでいい。


 たぶん、誰もがそう思っていた。



 午後一時。


 もう何も話すことがなくなってきていた。


 待つだけの仕事は、想像以上に会話のネタが尽きる。


「……」


「……」


 しばらく無言。


 風の音。


 遠くの鳥。


 小屋の壁がきしむ音。


「なあ」


 またガルドが言った。


「なんですか」


「机の引き出しあるぞ」


「開けないでください」


「まだ開けてねえ」


「開けようとしてたじゃないですか」


「暇だからな」


「今日、その理由で何回危険なことをしようとしてるんですか」


「危険ではないだろ」


「依頼外のこと全部危険です!」


 だが、ガルドはゆっくりと机の引き出しに手をかけた。


「待ってくださいって!」


「確認だ」


「何の!」


「中身の」


「その確認がいらないんです!」


 開いた。


 中には、紙が一枚と、なぜか釘が数本、そして小さな木片が入っていた。


「……なんだこれ」


「だから開けなくてよかったじゃないですか!」


「でも見なきゃわからんだろ」


「わからなくてよかったんです!」


 紙を見てみると、「不足分 釘 七」とだけ書いてある。


「メモですね」


「だな」


「じゃあ閉めてください」


「待て」


「まだ何があるんですか!」


「釘、七本じゃなくて五本しかねえ」


「だから何なんですか!」


「不足してる」


「あなたがそれを気にする立場じゃないんです!」


 もう放っておけばいいのに、ガルドは妙に納得いかなそうな顔で釘を見ていた。



 午後一時半。


 ついに、余計なことが始まった。


「よし」


 ガルドが立ち上がった。


「何が“よし”なんですか」


「直す」


「何を!?」


「釘が足りない」


「だから何でそこに責任感じてるんですか!」


 ガルドは樽の横に置いてあった古い工具袋を勝手に引っぱり出した。


 中には錆びた金槌と、使いかけの釘、それから小さな鋸が入っている。


「やめてください!」


「足りないなら補充するだろ」


「依頼にないです!」


「でも気になる」


「もう最悪だ!」


 リオは頭を抱えた。


 待つだけの依頼を、どうしてこうも難しくできるのだろう。


「釘が五本しかないんだぞ」


「だから何なんですか!」


「七って書いてあるのに」


「それ、いつのメモかわからないですよね!?」


「だが、気持ち悪い」


「そんな理由で動かないでください!」


 だが、ガルドは動いた。


 樽の一つをひっくり返し、底板を確認し始める。


「何してるんですか!」


「こっちの樽、釘が二本余ってる」


「気づかなくていいです!」


「移せば帳尻が合う」


「そういう問題じゃない!」


 完全に、余計な方向へ意識が向いていた。



 ガン、ガン、と古い樽を叩く音が小屋に響いた。


「やめてくださいって!」


「すぐ終わる」


「そういう問題じゃありません!」


 結局、リオも放っておけずに手を貸すことになった。


 なぜなら、ガルド一人だと絶対に適当にやるからだ。


「板押さえてろ」


「なんで僕が!?」


「一人じゃやりづらい」


「だから最初からやらないでください!」


 文句を言いながらも押さえる。


 ガルドは慣れた手つきで釘を抜き、別の場所へ打ち直した。


「……できるんですね、こういうの」


「だいたいのことはできる」


「そこだけ聞くとすごい人みたいですね」


「みたいじゃなくてすごいんだよ」


「今の状況で自分で言います?」


 だが、樽の釘問題は本当に一応解決した。


 釘七本。メモ通りである。


 どうでもいい達成感だけが残った。


「ほら」


 ガルドが言う。


「気持ちいいだろ」


「全然です」


 リオは即答した。


「余計な仕事増やしただけですよ」


「でも釘は七本になった」


「それがなんなんですか!」


 本当に、その通りなのだった。



 午後二時。


 ようやく落ち着いたかと思った矢先、また来客があった。


 今度は行商の女だった。背中に籠を背負い、小屋の前で足を止める。


「悪いんだけど、この辺で荷車見なかったかい?」


「まだです」


 リオが答える。


「午後三時頃に来る予定らしいです」


「そうかい。じゃあまだか」


 女は少しだけ考えてから言った。


「それなら、ちょっとここで休んでもいいかい?」


「え?」


「街道、今日は妙に暑くてね」


 たしかに、日がだいぶ高くなってきて、外は少し蒸していた。小屋の中は陰になっていて比較的涼しい。


「……どうします?」


 リオがガルドを見る。


「別にいいだろ」


 ガルドが言う。


「荷受けの邪魔しないならな」


 女は礼を言って、小屋の隅に腰を下ろした。


 そこからが良くなかった。


 人が増えると、会話が増える。


 会話が増えると、余計なことが増える。


 これはもう自然現象みたいなものだ。


「おや、樽いじってたのかい?」


 女が言った。


「えっ」


 リオが嫌な顔になる。


「いや、ちょっと……」


「釘が足りなかった」


 ガルドが胸を張って答える。


「なんで胸を張るんですか」


「へえ、器用だねえ」


 女は感心したように笑った。


「そういうの直せる男は便利だよ」


「そうだろ」


 ガルドが即答する。


「乗らないでください!」


 リオが止めるが遅い。


「だったらこっちも見てくれないかい?」


 女が背負い籠から、小さな木箱を取り出した。


「留め具が緩んでてね」


「やめてください」


 リオが言った。


「今日はそういう依頼じゃないんです」


「別にすぐ終わる」


 ガルドが言う。


「終わらないです!」


 だが女はもう期待の目を向けているし、ガルドは工具袋を持っている。


 流れが悪い。


「ちょっとだけだ」


「その“ちょっとだけ”が信用できないんですよ!」


 結局、留め具は直された。


 ものの数分だった。


 しかもちゃんと直っている。


「ありがとよ」


 女は機嫌よく礼を言い、代わりに乾燥果物を一袋置いていった。


「いらん」


 ガルドが言う。


「もらっときなよ」


 女は笑って去っていった。


「……増えた」


 リオが袋を見て言う。


「依頼にない物が増えました」


「食えるからいいだろ」


「そういう問題じゃありません!」


 しかし、乾燥果物は普通にうまかった。


 悔しいことに。



 午後二時半。


 待つだけの仕事は、すでに「釘を揃え」「樽を直し」「行商の箱を直し」「乾燥果物を食べる」仕事に変質していた。


「もう待つだけじゃないですね」


 リオが言う。


「そうだな」


 ガルドが言う。


「でも、荷車はまだ来てない」


「そっちが本題なんですけどね」


「そのうち来る」


 のんきなものだ。


 いや、のんきなのか何なのか、判断に迷う。



 その時、外から馬のいななきが聞こえた。


「来たか」


 ガルドが立ち上がる。


 ようやく本来の仕事である。


 リオも外へ出た。


 街道から小屋の前へ、一台の荷車が入ってくる。御者は若い男で、少しだけ疲れた顔をしていた。


「すみません、遅れました!」


「荷受けの者です」


 リオが言う。


「確認します」


 荷車の後ろには木箱が六つ、麻袋が四つ。依頼票の記載通りだ。


「箱に損傷なし、袋も破れなし……」


 リオが確認していく。


 ガルドは荷台を見て、ふと眉をひそめた。


「一個、偏ってるな」


「え?」


 御者が振り向く。


「この箱」


 ガルドが木箱の一つを軽く叩く。


「中で片寄ってる」


「そんなのわかるんですか?」


 リオが言う。


「音でな」


 開けて確認すると、たしかに中の瓶が片側に寄っていた。


「本当だ……」


 御者が驚く。


「道が悪かったもので」


「仕切りが甘い」


 ガルドが言う。


「そのままだと次で割れるぞ」


「すみません……」


「紐あるか」


「あります!」


 御者が慌てて荷台を探る。


 結局、ここでもガルドは手を出した。中身を動かし、布を詰め、紐で軽く固定し直す。


 やっていることは正しい。


 正しいのだが、依頼の範囲から少しだけはみ出している気がしなくもない。


「……助かりました」


 御者が本気で礼を言った。


「いいってことよ」


「なんで急にいい顔するんですか」


 リオが呟くと、ガルドは小さく鼻を鳴らした。


「困ってるなら直すだろ」


「それで毎回仕事増やしてません?」


「増えてるな」


 自覚はあるらしい。



 荷物を小屋の中へ運び終え、確認のサインをし、御者を見送る。


 これで本来の仕事の大半は終わりだ。


 あとは引き取りが来るまで待つだけ。


「ようやく本題が終わりましたね」


 リオが言う。


「だな」


 ガルドが乾燥果物をつまむ。


「結局ずっと何かしてましたけど」


「待つの向いてねえのかもな」


「今さらですか」


 今さらである。



 日が少し傾いた頃、今度は商会の引き取り役が来た。中年の事務員らしい男で、疲れた顔のまま書類を確認し、荷物を一つ一つ数えていく。


「六箱、四袋、破損なし……助かります」


 それだけ言って、男は持ってきた別の荷車に荷を積み始めた。


 リオが手伝う。


 ガルドも手伝う。


 荷物の移し替えはすぐに終わった。


「ご苦労さまでした」


 事務員は礼を言い、去っていった。


 静かになった小屋の中に、古い樽三つと、乾燥果物の袋だけが残る。


「……終わりましたね」


 リオが言った。


「終わったな」


 ガルドが答える。


 待つだけの依頼は、終わってみればやたら色々挟まっていた。


 だが、一応きっちり終わってはいる。



 帰り道。


「今日は変な日でしたね」


 リオが言う。


「そうか?」


 ガルドが言う。


「依頼そのものは普通だったろ」


「そのものは、ですね」


 リオは少しだけ笑う。


「でも、なんでああなるんですか」


「何がだ」


「待ってるだけの仕事なのに、釘直して、箱直して、荷物まで組み直して」


 ガルドは少し考えた。


「気になるからだな」


「やっぱりそこなんですね」


「目についたもんはしょうがない」


 どうしようもない人だと思う。


 だが、今日に関しては、それで誰かが助かってもいる。


 だから完全には否定しづらい。


「待つだけの仕事、向いてないですね」


 リオが言うと、ガルドはあっさり頷いた。


「向いてねえな」


「認めるんですね」


「認める」


 その潔さは嫌いではない。



 ギルドへ戻る。


 ミレナがすぐに顔を上げた。


「おかえりなさい。どうでした?」


「荷物は無事受け取り、引き渡しも完了しました」


 リオが報告する。


「問題ありません」


「よかったです」


 ミレナが書類を受け取り――そこで、ふと目を細めた。


「……なんですか、その工具袋」


 ぎくり、とリオの肩が跳ねた。


 ガルドが無言で工具袋を見た。


 そういえば、小屋の机の横から持ち出したままだ。


「……借りた」


 ガルドが言う。


「返してきてください」


「今から?」


「今からです」


 問答無用だった。


「あと、その乾燥果物の袋は何ですか」


 ミレナの目が鋭い。


「もらった」


「何をしたんですか」


「箱を直した」


「何でですか!」


「頼まれた」


「依頼外ですよね!?」


 やっぱりそこは怒られる。


 リオは心の底から“ですよね”と思った。


「でも、荷受けはちゃんと終わってます」


 フォローしておく。


「荷も破損なく引き渡せました」


「……それはいいです」


 ミレナは深く息をついた。


「でも、余計なことを増やさないでください」


「増えたか?」


 ガルドが言う。


「増えました!」


 増えていた。


 工具袋を返しに行く必要も増えたし、乾燥果物の出どころ説明も増えた。


 何より、ただ待つだけの依頼だったはずなのに、内容がやたら濃くなっている。



 結局その日、ガルドはもう一度小屋まで工具袋を返しに行かされることになった。


 当然、リオも巻き添えである。


「なんで僕もなんですか」


「一人だと面倒だからだ」


「それ、今日何回目ですか」


「だいたい全部だな」


「正直ですね」


 だが、工具袋を返し、小屋の机の引き出しに戻し、樽の釘がまだ七本あることまで確認した時点で、もう笑うしかなかった。


「確認するんですね」


「した方が気持ちいい」


「そういうところですよ」


 リオは肩を落とした。


 たぶん、この人といる限り、ただ待つだけの仕事というのは成立しないのだろう。


 その場に何か“直せそうなもの”や“揃っていないもの”や“気になるもの”があると、勝手に手が伸びる。


 それが善意なのか、性分なのか、暇つぶしなのか、その全部なのかはわからない。


 でも、それで一日が少しだけややこしくなって、少しだけ人に感謝される。


 そういうこともある。



 ただ待つだけの仕事は、だいたい途中で誰かが余計なことをする。

 そして、その誰かがガルドだった場合、余計なことの質が妙にまともなので余計に止めづらい。


 結局、その日の話題はその日で終わった。

 樽の釘が七本になったことも、行商の木箱が直ったことも、乾燥果物がうまかったことも、翌日にはもう別に重要ではない。


 ただ、その日一日だけは、待つだけの依頼が思ったより騒がしくて、思ったより働いた気がして、でも報告書にはたった数行しか残らない。


 そういう、少しだけ無駄で、少しだけ役に立つ日もある。

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