■第26話「捨てるかどうかで揉めるやつは、だいたい最初から片付けが下手だ」
片付けというのは、不思議な作業だ。
散らかっている時には、誰もそんなに気にしていないくせに、いざ片付け始めると急に全員が口を出し始める。
これは必要だ、いやいらない、あとで使う、絶対使わない、思い出がある、思い出に場所は取らせるな――そうやって、物よりも意見の方が散らかっていく。
そしてだいたい、片付けが一番下手なのは、最初から散らかした本人だ。
その日のギルドは、朝からいつもと違う空気に包まれていた。
騒がしいことに変わりはない。
だが、依頼の話でも報酬の話でもなく、もっと根本的で、もっと面倒な話題が、朝一番からギルド中を支配していた。
――掃除である。
⸻
「今日は大掃除です!」
ミレナが、受付の前で言い切った。
その声は妙に晴れやかで、しかも逃げ道を一切認めない強さがあった。
普段からよく通る声だが、今日は特に響く。
ギルドにいた冒険者たちの何人かが、嫌そうに顔をしかめた。
当然である。
依頼ならまだいい。
討伐ならまだ割り切れる。
だが大掃除は違う。
逃げてもいい気がするのに、逃げるとあとで余計に面倒になる類の仕事だ。
「なんでだ」
朝一番から椅子に深く沈んでいたガルドが、ひどく当然のことを聞く顔で言った。
「なんでって、見ればわかるでしょう!」
ミレナが机を叩く。
その音に合わせるように、周囲の視線がギルドのあちこちへ向いた。
壁際に積まれた木箱。
誰のものかわからない古い槍。
受付裏の棚から微妙にはみ出している帳簿。
酒場スペースの隅に積まれた空き樽。
そして、一番ひどいのは掲示板の横にある「一時置き場」と書かれた棚である。
一時置き場という名の永久放置場所だ。
袋、箱、工具、よくわからない金具、片方だけの手袋、栓のない瓶、なぜか布に包まれた石。
「前から思ってたんですけど、あそこ何なんですか」
リオがぽつりと言った。
「墓場だな」
ガルドが即答した。
「何のですか」
「判断の」
的確すぎる答えだった。
実際、その棚は“今決めなくていい”という怠慢が積み上がった結果そのものである。
「今日はそこも全部整理します!」
ミレナが言った。
「ギルドの床、棚、倉庫、酒場側の裏、受付裏、訓練具置き場、ついでに掲示板の古い紙も全部!」
「多いな」
ガルドが言う。
「当たり前です! 今まで誰もちゃんとやらなかったんですから!」
「ちゃんとやってるだろ」
「どこがですか!」
「……たまに」
「たまにじゃダメなんです!」
ミレナの正論が朝から重い。
⸻
「俺は依頼行く」
ガルドが立ち上がろうとした。
「ダメです」
ミレナが即座に言った。
「なんでだ」
「今日は掃除優先です」
「優先順位おかしいだろ」
「おかしくありません!」
「依頼受けないと金入らんぞ」
「それ以前に環境が悪いんです!」
「環境悪くても生きてる」
「そこで満足しないでください!」
完全に押し返されていた。
珍しい光景だが、本人に反省の色はあまりない。
「リオくん」
「はい」
「今日はガルドさんの監視も兼ねて、一緒に酒場側お願いします」
「監視込みなんですね」
「込みです!」
もう隠さなくなっていた。
「俺は逃げんぞ」
「信じてません!」
「ひでえな」
ひどくはない。信用の積み重ねの結果である。
⸻
「面白そうだな」
そう言いながら入ってきたのはライルだった。
朝から妙に元気で、そして騒ぎの気配を嗅ぎつけると異様に早い男である。
「帰れ」
ガルドが言った。
「なんでだよ!」
「お前が来ると片付かん」
「いや片付け得意だぞ俺」
「本当ですか?」
リオが聞くと、ライルは胸を張った。
「いる物といらない物を一瞬で分けられる」
「へえ」
「全部いらない方に入れるだけだ」
「最悪ですね」
即座に評価が下がった。
ミレナが額を押さえる。
「ダメです。そういう人手はいりません」
「でも早いぞ」
「雑なだけです!」
もっともである。
⸻
「朝から騒がしいな」
低い声と共に、カインが入ってきた。
状況を一目見て、ほんのわずかに眉を寄せる。
「……掃除か」
「そうです」
ミレナが頷く。
「カインさんも手伝ってください」
「なぜ俺が」
「ギルド所属でしょう」
「今日は依頼に――」
「軽いものしか残ってません」
先に潰されていた。
「……」
カインが一瞬だけガルドを見る。
「お前もか」
「巻き込まれた」
ガルドが椅子に沈んだまま答える。
「なら仕方ないな」
カインはあっさり諦めた。
思ったより話が早い。
「お前が素直だと逆に気持ち悪いな」
ガルドが言う。
「必要なことはやる」
「真面目だな」
「お前が不真面目すぎるだけだ」
会話が成立していた。
⸻
その時、治療棟の方からセリアが顔を出した。
「どうしたんですか?」
「大掃除です」
リオが答える。
「ああ……」
セリアがすべてを察した顔をする。
「それは、大変ですね」
「他人事みたいに言ってるな」
ガルドが言う。
「セリアも手伝うんだよ」
「えっ、私もですか?」
少し驚いた顔。
「当然です」
ミレナは一切容赦がない。
「治療棟の棚も、前から整理したいって言ってたでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」
「ちょうどいいです」
「うう……」
セリアは押し切られた。
柔らかい人間はこういう時に不利である。
⸻
「では役割を決めます!」
ミレナが紙を広げる。
「受付裏と帳簿まわりは私。訓練具置き場はカインさん。治療棟の棚はセリアさん。酒場側と一時置き場の仕分けはガルドさんとリオくん」
「嫌だな」
ガルドが即答した。
「嫌でもです!」
「一番面倒なとこじゃねえか」
「だからです!」
「意味わからん」
「あなたが一番関わってそうだからです!」
「偏見だ!」
「事実です!」
偏見ではなかった。
一時置き場にある意味不明物体の三割くらいは、見た瞬間にガルドの気配を感じる。
正確には、ガルドが持ち込んだか、ガルドが関わったか、ガルドなら放っておきそうな物、のどれかだ。
「ライルさん」
ミレナが振り向く。
「あなたは外で樽の整理です」
「外!?」
「中に置いておくと全部捨てそうだからです」
「信用ないな!」
「正しい判断です」
リオが頷いた。
「お前、冷たいな」
「現実的なだけです」
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こうして、ギルドの大掃除は始まった。
そして開始から五分で、早くも問題が起きた。
⸻
「これいるか?」
ガルドが、謎の棒を持ち上げて聞いた。
長さは腕一本分ほど。
金属製で、先端に輪のようなものがついている。
用途不明。
「何に使うんですか」
リオが聞く。
「知らん」
「じゃあいらないんじゃないですか?」
「たぶん使う」
「何にですか」
「わからん」
「それはいらないです!」
即座に「処分」の山へ置いた。
「待て」
ガルドがすぐ取り返す。
「なんでですか」
「いざという時に使う」
「“いざという時”が便利すぎるんですよ!」
「実際そういう時はある」
「ないです!」
今のところ、リオの人生では一度もなかった。
するとガルドは真顔で言った。
「鍋の蓋が熱すぎて、素手で持てない時とか」
「限定的すぎる!」
「あるだろ」
「それ専用の道具じゃないですよね!?」
たぶん違うと思う。
⸻
「それ、訓練用の投擲回収棒ですね」
後ろからカインが言った。
「えっ」
リオが振り向く。
「マジか」
ガルドも少しだけ驚いた。
「先端の輪で木の杭を抜くやつだ」
「じゃあ必要じゃないですか!」
リオが急いで「保留」の山に戻す。
ガルドが少しだけ偉そうな顔をした。
「ほらな」
「たまたまです!」
「見る目がないな」
「説明できないくせに!」
「説明はカインがした」
「そこ自分で言わないでください!」
先行きが不安すぎる。
⸻
次に出てきたのは、片方だけの革手袋だった。
「これいるか?」
またガルドが聞く。
「片方しかないですよ」
「予備だ」
「片方の?」
「片方の」
「いらないです!」
即処分。
ガルドがまた取り返そうとする。
「なんでですか!」
「片方だけ怪我した時に使える」
「限定的すぎる上に、そういう時は普通に包帯使ってください!」
「革なら丈夫だ」
「便利そうに言わないでください!」
セリアが横からそっと言った。
「それ、たぶん私が昔、薬草の棘避けに片方だけ使ってたやつです」
全員が止まる。
「……じゃあセリアのか」
ガルドが言う。
「はい……でも今は使ってないので、捨てて大丈夫です」
「よかった」
リオが処分の山に戻す。
「人の物だったな」
ガルドが呟く。
「だからちゃんと確認してから捨てるんですよ!」
⸻
一方その頃、外ではライルが樽を転がしていた。
「これ空かー!」
ごろごろと転がる樽。
「空なら重ねて――」
がん、と音がした。
「うおっ!?」
樽が一つ、なぜか途中で止まった。
「何か入ってる!」
ライルが蓋を開ける。
中から出てきたのは、なぜか大量の古いコルク栓だった。
「なんでだよ!」
中にいた全員も、思わずそちらを見る。
「なんですかそれ……」
リオが呟く。
「知らん」
ガルドが言う。
「たぶん誰かが集めてたんだろ」
「なんで?」
「知らん」
世の中はたまに、本当に意味不明な物で満ちている。
ミレナが頭を抱えた。
「それも仕分けしてください!」
「どっちだ!」
ライルが叫ぶ。
「いりますか、これ!?」
「いらないです!」
ミレナが即答した。
「待て」
ガルドが言う。
「なんでですか!」
「コルクは使える」
「何に!?」
「浮く」
「用途が狭すぎる!」
「瓶に戻せる」
「今、栓のない瓶ありましたけど、サイズ合うんですか!?」
「たぶん」
「たぶんで保留にしないでください!」
ガルドは結局、二、三個だけ抜き出してポケットに入れた。
「なんで持つんですか!」
「使う」
「絶対使わないです!」
「見る目がないな」
「その台詞を今言うんですか!?」
まったく反省していない。
⸻
掃除開始から一時間。
全体の進捗は半分以下だった。
片付けるたびに、誰かが「それいる」と言い出すからである。
最もたちが悪いのは、ガルドだけではなく、他にも妙な執着を持つ人間が地味にいることだった。
⸻
「これは残す」
カインが言った。
手にしているのは、やたら古い木剣だった。
「なんでですか?」
ミレナが聞く。
「まだ使える」
「先が欠けてますよ」
「削ればいい」
「そこまでして!?」
「木剣は消耗品だ」
真面目すぎる。
「でもそれ、持ち手も割れてますよ?」
リオが言う。
「布を巻けばいい」
「その発想の真面目さ、変な方向に行ってません!?」
カインは本気だった。
どうやら訓練具に関しては、妙な執着があるらしい。
結局、「一本だけ残す」「残りは処分」で妥協した。
「なぜ一本だ」
「妥協してください!」
ミレナが疲れた声で言う。
⸻
「これは残したいです……」
今度はセリアだった。
治療棟の棚から、古びた小さな木箱を抱えている。
「何ですか?」
リオが聞く。
「初めて作った包帯巻きの練習用なんです」
「なんで取ってあるんですか」
「なんとなく……」
開けてみると、中には不格好に丸められた布や、緩すぎる結び目の見本がぎっしり入っていた。
「思い出ですね」
リオが言う。
「はい」
セリアは嬉しそうだ。
「じゃあ残して――」
「ダメです」
ミレナが言った。
「ええっ!?」
「治療棟の棚に“思い出”を置かないでください!」
「でも……」
「記念なら部屋に持って帰ってください!」
「そ、それなら……」
セリアはしょんぼりしながらも引き下がった。
その姿に少しだけ胸が痛んだが、ミレナの言い分は正しい。
仕事場に思い出箱を増やし始めたら終わりである。
「ミレナ、容赦ねえな」
ガルドが言う。
「必要なところだけです!」
「必要なところだけで十分厳しい」
⸻
そして、最大の戦場は一時置き場だった。
あそこには、単なる物ではなく、「判断を先送りにした気持ち」そのものが積まれている。
だから全員ちょっと弱い。
⸻
「これはなんだ」
リオが拾い上げたのは、小さな布袋だった。
中にはなぜか石が三つ入っている。
「知らん」
ガルドが答える。
「全部その返しじゃないですか」
「本当に知らん」
「じゃあ捨てますよ?」
「待て」
「なんでですか」
「重さがいい」
「重さがいい!?」
「投げるのに」
「用途が雑すぎる!」
「石だしな」
「だからですよ! 石ならそのへんにあります!」
「この三つは丸い」
「丸さにこだわらないでください!」
結局、ガルドが一つポケットに入れ、二つは処分になった。
「なんで一つ持つんですか!」
「比べるためだ」
「何と!?」
「あとでだ」
「全部“あとで”なんですよあなたは!」
⸻
「見つけたぞ!」
外からライルの声がした。
また何か出したらしい。
行ってみると、空き樽の裏から小さな木箱が出てきていた。
「お宝かも!」
目が輝いている。
「その顔やめろ」
ガルドが言う。
「絶対くだらん」
「開けるぞ!」
「お前は待て!」
だがライルは止まらない。
勢いよく蓋を開けた。
中身は――
大量の古い割引券だった。
「……は?」
全員が止まる。
紙束には、近所の食堂や雑貨屋の名が書かれている。
しかも、よく見ると期限が全部十年以上前だ。
「なんだこれ」
ライルが言う。
「宝じゃない!」
「知ってた」
ガルドが言う。
「でもなんでこんなのがここに……」
リオが一枚手に取る。
「“スープ一杯無料”……」
「いいな」
ガルドが言った。
「期限切れですよ!」
「気持ちは残ってる」
「使えません!」
しかも、その箱の底にさらに一枚、紙が貼ってあった。
そこには雑に「今度使う」と書いてある。
「誰だよ!」
ライルが笑い転げた。
「今度っていつだよ!」
リオも少し笑った。
たぶん、その時の本人は本気だったのだろう。
そしてそのまま忘れた。
なんとも日常的で、どうしようもない遺物だった。
⸻
昼前には、全員それなりに疲れていた。
だが、まだ終わらない。
物そのものよりも、「捨てる・残す・保留」の話し合いが長いのだ。
そして最悪なのは、保留の山が新しく生まれ始めていることだった。
「待ってください」
リオが気づく。
「保留の山、増えてません?」
全員が少し黙る。
見る。
ある。
しかも明らかに増えている。
「……だめですね」
ミレナが静かに言った。
「保留は禁止です」
「えっ」
ガルドが言う。
「なんでだ」
「保留が一番ダメなんです!」
その叫びには魂がこもっていた。
「今までの“一時置き場”が何だったと思ってるんですか!?」
正論である。
「でも決めきれないものはあるだろ」
ガルドが言う。
「それは今決めてください!」
「嫌だ」
「嫌じゃありません!」
疲れていても、この二人の衝突は元気だ。
⸻
「なら、多数決でいいんじゃないか」
アルがいつの間にか近くまで来ていた。
しかも、いつから見ていたのかわからないが、状況は完全に把握している顔だった。
「多数決?」
リオが聞く。
「ああ。迷う物は、その場で手を挙げて決める」
「それなら早いですね」
ミレナが頷く。
「採用です!」
こうして、午後からは“多数決仕分け”が始まった。
⸻
「古い鍋の取っ手」
「いる」
ガルドが手を挙げる。
「いりません」
ミレナ、リオ、セリアが手を挙げる。
「いらないな」
カイン。
「鍋が可哀想だ」
ライル。
「どっちだよ!」
リオが突っ込む。
「可哀想だから一緒にしとけ」
「雑!」
結局、処分。
⸻
「片方だけの靴」
「いらないです!」
これは即決だった。
さすがのガルドも手を挙げなかった。
「なんでちょっと迷った顔したんですか」
リオが言う。
「植木鉢にできると思った」
「やめてください! そういう再利用の誘惑が一番危ないです!」
⸻
「先の割れた木製スプーン」
「いる」
ガルド。
「なんでですか」
「混ぜる用」
「何を」
「何かを」
「雑!」
だが、セリアがそっと手を挙げた。
「薬草を混ぜる時、そういうの使うことあります」
「えっ」
リオが驚く。
「使うんですか?」
「はい。食器と分けたい時とか」
「じゃあ残しましょう!」
「見る目あるだろ」
ガルドが少し得意げに言う。
「今のはセリアさんのおかげです!」
⸻
「何に使うかわからない金具」
「いる」
ガルド。
「またですか」
「こういうのは使う」
「何に」
「あとで」
「出た!」
結局、多数決で処分になったが、ガルドはそれを見ながら「惜しい」と本気で言っていた。
何が惜しいのかまったくわからない。
⸻
そして、午後もだいぶ進んだ頃、ついに問題の“最終物体”が出てきた。
棚の一番奥、誰も触っていなかった埃まみれの布包み。
大きさは両腕で抱えるくらい。
重さはそこそこ。
そして、包み方がやたら厳重。
「……また包みだ」
リオが言う。
「嫌な思い出が蘇るな」
ガルドが顔をしかめた。
クッキー騒ぎが朝にあったばかりである。
「これ誰のですか」
ミレナが聞く。
全員、首を横に振る。
ガルドすら知らない顔だった。
「開けるしかないですね」
リオが言う。
「そうだな」
カインが頷く。
「待て」
ガルドが言う。
「なんですか」
「この包み方……」
少しだけ真顔になる。
「見覚えがある」
場が少しだけ静まる。
「誰のですか?」
リオが聞く。
ガルドは嫌そうに答えた。
「……俺だ」
「やっぱり!」
ミレナが叫ぶ。
「なんでこんな奥に!」
「知らん!」
「知らないわけないでしょう!」
「昔の俺に聞け!」
正論のようでいて、何も解決していない。
だが、本人の物だとわかったなら話は早い。
「じゃあ開けてください」
「嫌だ」
「なんでですか!」
「嫌な予感がする」
「自分の物ですよね!?」
リオが半ば呆れながら言う。
「だからだ」
その返しだけ妙に説得力があった。
昔の自分が何を包んで置いたのか、本人が一番信用していないのだろう。
⸻
結局、全員に囲まれて開ける羽目になった。
布を解く。
中から出てきたのは――
大量の木札だった。
しかも、一枚一枚に雑な文字が書いてある。
「なんだこれ」
ライルが一枚取る。
「“酒場 ツケ 後で”……」
全員が静まる。
別の一枚。
「“鍋 熱い 注意”」
さらに一枚。
「“リディアに返す”」
「返してないんですか!?」
リオが叫ぶ。
「知らん!」
ガルドが顔を背ける。
「“アルに聞く”」
アルが少しだけ黙った。
「聞かれてないな」
「そのままだったんですね……」
セリアが言う。
もう一枚。
「“ドーガに謝る”」
「何したんですか」
「覚えてない」
ガルドが即答する。
「本当に最低ですね」
リオが本音を漏らした。
木札の束は、どうやら“忘れないようにするためのメモ札”らしかった。
だが、そのどれもが実行されていないか、されても札だけ残っているかのどちらかである。
「ひどいなこれ」
ライルが笑う。
「未来の自分に丸投げしすぎだろ!」
「今のお前も大して変わらん」
カインが冷静に言った。
「うるせえ!」
珍しくライルがやり返していた。
⸻
「全部処分です」
ミレナが言い切った。
「待て」
ガルドが手を伸ばす。
「なんでですか」
「いや……」
少しだけ迷った顔。
「何枚かは……」
「なんですか」
「……気まずい」
「気まずいならなおさら処分してください!」
だが、その中から一枚だけ、ガルドが抜いた。
「何ですかそれ」
リオが覗く。
そこには、ひどく雑な字でこう書いてあった。
――“ミレナに怒られる前に片付ける”
一瞬、場が静まり、それから爆笑が起きた。
「書いてるじゃないですか!!」
ミレナが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「昔からわかってたんじゃないですか!!」
「いや、これはたぶん別の――」
「別の何ですか!!」
「……未来?」
「誤魔化さないでください!」
ガルドは本気で困った顔をしていた。
だが、その札だけはどうしても捨てられず、結局ミレナに取り上げられた。
「受付に貼ります」
「やめろ!」
「戒めです!」
「ひでえ!」
でも、ちょっとだけ似合っているのが悔しい。
⸻
大掃除は、夕方前にようやく終わった。
床は見えるようになり、棚は整理され、一時置き場は“一時置き場”の体裁を少しだけ取り戻した。
不要な物は山になり、必要な物はようやく定位置を与えられた。
保留は――ミレナの厳命により、ゼロである。
「……終わりましたね」
リオが言う。
「終わったな」
ガルドが疲れた声で答える。
「依頼より疲れた」
「自業自得な部分もあります」
「否定できねえな」
珍しく素直だった。
「でも、ちょっとすっきりしましたね」
セリアが言う。
「棚が見やすいです」
「樽も減ったしな!」
ライルが言う。
「お前は転がしただけだろ」
ガルドが突っ込む。
「でも働いた!」
「無駄に元気だっただけだ」
「そこは褒めろよ!」
カインは訓練具の整理で疲れたのか、いつもより少しだけ無言だった。
アルは最後の確認だけして、「悪くない」と短く評価して奥へ戻っていく。
そしてミレナは、ものすごく満足げな顔で受付に立っていた。
「いいですね」
彼女は言った。
「今なら何がどこにあるかわかります」
「今だけだな」
ガルドがぼそりと呟く。
「聞こえてます!」
「早いな!」
「当たり前です!」
そのやり取りも、今日はどこか軽かった。
掃除の終わった空気というのは、不思議と全員を少しだけ素直にするらしい。
⸻
「で」
ガルドが言った。
「今日は飲んでいいだろ」
「なんでそうなるんですか!」
リオが即座に突っ込む。
「大掃除したんだぞ」
「だからです! 今日はもう体力ないでしょう!」
「だから飲む」
「理屈がおかしい!」
ミレナがすぐに前に出る。
「ダメです」
「なんでだ!」
「なんでじゃありません! 掃除した直後にまた散らかす未来が見えるからです!」
「散らかさん!」
「信じられません!」
正しい。
「一杯だけ」
「ダメです」
「半分」
「ダメ!」
「匂いだけ」
「帰ってください!」
どんどん規模が小さくなっているのに、交渉成立の気配はない。
ライルが横で笑っていた。
「諦めろよ」
「お前も飲む気だろ」
「ばれたか」
「顔に出てる」
「じゃあ外で――」
「巻き込むな!」
こうして最後まで騒がしく終わるあたり、やはりギルドらしい。
⸻
捨てるかどうかで揉めるやつは、だいたい最初から片付けが下手だ。
そして片付けが終わった後には、だいたい同じことを少しだけ反省する。
少しだけ、というのが重要で、全部反省してしまうと次に笑えなくなる。
だからたぶん、それくらいでちょうどいい。
その日の掃除の話題は、その日で終わる。
翌日にはまた誰かが何かを持ち込み、何かを置きっぱなしにし、誰かが怒る。
だが少なくとも今日だけは、ギルドはちょっとだけ綺麗で、全員少しだけ疲れていて、その疲れが妙に心地よかった。
そして何より、一時置き場にあった“判断の墓場”が、少しだけ浅くなった。
それだけで十分、成果はあったのだろう。
たぶん。




