■第24話「だいたいくだらないことの方が、なぜかよく覚えている」
人は、大事なことよりも、どうでもいいことの方をよく覚えている。
命をかけた戦いの詳細はぼやけているのに、誰が変な顔をしていたとか、どうでもいいやり取りの方はやけに鮮明に残っている。
理由はわからない。
たぶん、緊張していない時の方が、記憶が素直に残るからだ。
だから、くだらない時間は、意外と無駄ではない。
むしろ、そういう時間の方が、あとで振り返るとやけに残っていることがある。
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「今日は働く気がしない」
朝一番、ガルドが言った。
あまりにも堂々とした宣言だった。
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「働いてください」
リオが即座に返す。
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「なんでだ」
「冒険者だからです」
「今日は違う」
「何が違うんですか」
「気分だ」
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理由になっていない。
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「じゃあ僕一人で行きます」
「それはだめだ」
「なんでですか」
「面倒になる」
「もうなってます」
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ミレナが横から入ってくる。
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「働いてください」
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まったく同じことを言った。
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「なんでだ」
「仕事だからです」
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ガルドは少しだけ考える。
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「……今日は休みでいいか?」
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「ダメです」
ミレナが即答する。
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「じゃあ半分」
「何の半分ですか」
「働く量」
「ダメです」
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完全に拒否された。
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「……じゃあ軽いの」
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少しだけ譲歩した。
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「それならいいです」
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ミレナが頷く。
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「じゃあリオ決めろ」
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結局そこに戻る。
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「……」
リオは掲示板を見る。
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(軽いの……軽いの……)
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視線を動かす。
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その時。
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「おーい」
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軽い声が響いた。
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振り向く。
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いた。
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ライルだ。
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「お前ら暇か?」
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第一声がそれだった。
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「暇じゃないです」
リオが即答する。
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「今から暇になる予定だ」
ガルドが言う。
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「ならちょうどいい」
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ライルは満足そうに笑った。
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「勝負しようぜ」
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「帰れ」
ガルドが即答した。
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「なんでだよ!」
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「面倒だ」
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「面倒じゃねえ!」
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絶対面倒だ。
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「何の勝負ですか」
リオが聞く。
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「体力」
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「帰ってください」
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「なんでだよ!」
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「勝つまで終わらなそうだからです」
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「いいだろ別に!」
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ミレナが割り込む。
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「ダメです」
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「なんでだよ!」
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「仕事してください!」
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「勝負も仕事みたいなもんだろ!」
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「違います!」
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完全に却下された。
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「……じゃあさ」
ライルが少しだけ考える。
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「依頼で勝負しようぜ」
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「依頼で?」
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「どっちが早く終わるか」
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ガルドが少しだけ顔を上げる。
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「……面倒だな」
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「でも楽だぞ」
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「どこがだ」
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「勝ったら飯奢り」
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その瞬間。
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「やるか」
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即答だった。
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「早い!」
リオが叫ぶ。
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「食い物が絡むと判断が速いですね!?」
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「当然だ」
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「当然じゃないです!」
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ミレナが頭を抱える。
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「……条件付きです」
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「なんだ」
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「軽い依頼限定」
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「いいぞ」
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ガルドはあっさり了承した。
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「決まりだな!」
ライルが笑う。
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「……僕もですか?」
リオが聞く。
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「当然だ」
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「巻き込まれてるんですけど!?」
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「大丈夫だ」
ガルドが言う。
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「勝てば飯だ」
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「そこですか!?」
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結局、勝負が始まった。
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内容は単純。
同じ種類の軽い依頼を受けて、どちらが早く終わるか。
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「じゃあ行くぞ」
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「おう」
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スタート。
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――数分後。
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「遅い」
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「うるせえ!」
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すでに揉めていた。
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「なんでそんな遠回りしてんだ!」
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「近道だ!」
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「絶対違う!」
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「違わねえ!」
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全然進んでいない。
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「……これ、終わるんですか?」
リオが聞く。
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「終わる」
ガルドが言う。
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「終わらせる」
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「強引ですね!」
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作業に入る。
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荷物運搬。
単純な仕事。
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だが――
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「よし競争だ」
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「競争じゃないです!」
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ライルが荷物を持って走る。
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「速えだろ!」
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「落としますよ!?」
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案の定。
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落とした。
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「ほら!」
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「まだだ!」
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全然まだじゃない。
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「……なんでこうなるんですか」
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「こいつがいるからだ」
ガルドが言う。
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「お前もだろ!」
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ツッコミ合戦が始まる。
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リオは静かに作業を進める。
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(普通にやれば終わるのに)
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だが、周りが普通じゃない。
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「勝負だ!」
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「だから違います!」
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ライルが無駄に張り切る。
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ガルドも乗る。
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「いいぞ」
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「乗らないでください!」
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結果――
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時間はかかった。
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普通にやればもっと早かった。
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だが――
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「勝った!」
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「俺だ!」
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なぜか判定が曖昧だった。
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「どっちですか!」
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「俺だ」
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「俺だ」
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「同時です!」
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結局――
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「……引き分けでいいか」
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「いいぞ」
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雑に決まった。
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「じゃあ飯は割り勘だな!」
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「意味ねえ!」
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リオが叫ぶ。
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ミレナが遠くから叫ぶ。
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「仕事は終わりましたか!?」
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「終わった!」
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「ならいいです!」
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いいのか。
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ギルドに戻る。
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「……なんだったんですか今日」
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「遊びだ」
ガルドが言う。
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「遊びじゃないです!」
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「楽しかっただろ」
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「……少しだけ」
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否定できなかった。
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くだらない。
無駄も多い。
効率も悪い。
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でも――
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少しだけ、笑っていた。
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人は、くだらないことの方をよく覚えている。
理由はわからない。
でも、たぶん、そういう時間の方が、無理がないからだ。
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「で」
ガルドが言う。
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「飲むか」
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「やっぱりそこなんですね!」
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「締めだ」
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「今日は……ちょっとだけ許せます」
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「だろ?」
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「でもダメです」
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「なんでだよ!」
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ミレナが飛んでくる。
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「ダメです!」
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いつものやり取り。
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でも、今日は少しだけ違う。
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くだらないことをして、少し笑って、少しだけ疲れて、それでもちゃんと一日が終わる。
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たぶん、こういう日の方が、あとでよく思い出す。
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騒がしくて、無駄で、それでもどこか心地いい日常は――
また一つ、くだらない記憶を増やして、今日も終わっていくのだった。




