■第22話「任せるというのは、何もしないこととは少し違う」
人に任せるというのは、ただ手を出さないことではない。
何も言わずに放っておくことでもない。
必要なときにだけ手を出し、必要でないときには引く。
その境目を間違えないことが、たぶん一番難しい。
そして、それができるやつは、だいたい少ない。
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「今日はどうする」
朝、ギルドに入ってすぐ、ガルドが聞いた。
昨日とは逆だ。
昨日は「お前が全部決めろ」だった。
今日は違う。
聞いてきている。
「……任せてもいいですか?」
リオが言う。
少しだけ迷いながら。
「いいぞ」
ガルドはあっさり答える。
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だが、その返答に、リオは少しだけ引っかかった。
昨日と同じ言葉なのに、少しだけ違う感じがする。
“任せる”の意味が、少し変わっている気がした。
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「……どうしました?」
ガルドが聞く。
「いえ」
リオは首を振る。
「ちょっと考えてただけです」
「そうか」
それ以上は聞かない。
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掲示板の前に立つ。
依頼を見る。
昨日と同じことをする。
だが、感覚が少し違う。
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(昨日は“全部決める”だった)
今日は違う。
“任せてもいい”と言われている。
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(何が違う?)
同じようでいて、違う。
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「……これにします」
選んだのは、街内の巡回と軽い調整作業。
危険はない。
だが、状況判断が必要な依頼だ。
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「それでいいのか」
ガルドが聞く。
「はい」
リオは答える。
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「理由は?」
「状況を見ながら動く必要があると思ったので」
「そうか」
ガルドは頷く。
「いい選び方だ」
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だが、その言葉にも、昨日とは違う響きがあった。
“評価”というより、“確認”に近い。
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街へ出る。
巡回を始める。
特に問題はない。
人の流れも、空気も、いつも通りだ。
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「……」
リオは少しだけ考える。
昨日と同じように、判断する。
見る。
確認する。
選ぶ。
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だが――
ほんの少しだけ、やりにくい。
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(なんだこれ)
昨日は、全部任されていた。
だから、迷いながらも、自分で決めた。
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今日は違う。
任されている。
でも、完全ではない。
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「……ガルドさん」
「なんだ」
「今日、少しだけやりにくいです」
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正直に言う。
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「だろうな」
ガルドは即答した。
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「え?」
「そうなる」
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リオは少し驚く。
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「昨日と今日、違うだろ」
「……はい」
「何が違うかわかるか」
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少し考える。
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「……昨日は、完全に任されてました」
「そうだ」
「今日は……」
一拍。
「見られてる感じがします」
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ガルドは少しだけ笑った。
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「正解だ」
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「……やっぱりそうなんですね」
「そうだ」
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その答えは、あまりにもあっさりしていた。
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「なんでですか」
「今日は“任せてる”からだ」
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「昨日も任せてましたよね?」
「違う」
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一言で否定された。
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「昨日は“丸投げ”だ」
「丸投げ……」
「今日は“任せてる”」
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リオは言葉に詰まる。
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「何が違うんですか」
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ガルドは少しだけ考える。
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「昨日はな」
一拍。
「お前が失敗しても、全部お前の責任だ」
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「……はい」
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「今日は違う」
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「違う?」
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「お前が失敗したら、俺も責任を持つ」
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その一言で、理解した。
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「……だから見てるんですね」
「そうだ」
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静かな答えだった。
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「……やりにくいです」
リオは正直に言う。
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「だろうな」
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「昨日の方がやりやすかったです」
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「そういうもんだ」
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ガルドは軽く言う。
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「でもな」
一拍。
「それにも慣れろ」
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「……はい」
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巡回を続ける。
少しずつ、感覚を調整する。
見られている状態。
でも、自分で決める。
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そのバランスを探す。
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「……」
角を曲がる。
少し人通りの少ない場所。
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「リオ」
「はい」
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「ここ、どう見る」
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問いが来る。
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周囲を見る。
特に異常はない。
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「……問題なさそうです」
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「そうか」
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ガルドはそれ以上何も言わない。
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だが――
少しだけ、気になる。
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(本当にそれでいいか?)
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もう一度見る。
足跡。
壁。
物の位置。
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「……少しだけ、違和感あります」
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「どこだ」
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「物の置き方が、少し変です」
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ガルドは少しだけ目を細めた。
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「いいな」
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その一言で、少しだけ自信がついた。
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「でも、大きな問題ではないと思います」
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「そうだな」
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「一応、確認だけします」
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「やれ」
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短い指示。
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確認する。
問題はなかった。
ただの置き方の癖だった。
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「……何もなかったです」
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「それでいい」
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ガルドは言う。
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「見て、考えて、確認した」
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「……はい」
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「それができてるなら十分だ」
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その言葉は、昨日とは少し違う重みがあった。
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巡回を終える。
特に問題はなし。
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ギルドに戻る。
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「おかえりなさい」
セリアが言う。
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「どうでした?」
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「問題なしです」
リオが答える。
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「よかったです」
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ミレナが書類を受け取る。
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「報告お願いします」
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「異常なし」
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「確認します……はい、大丈夫です」
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手続きが終わる。
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「……どうだった」
ガルドが聞く。
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「昨日より難しかったです」
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「だろうな」
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「でも」
一拍。
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「少しだけ、わかった気がします」
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「何がだ」
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「任されるって、こういうことなんだなって」
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ガルドは少しだけ笑った。
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「まだ半分だな」
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「半分?」
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「任せる側も、同じだけ難しい」
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「……」
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リオは少しだけ考える。
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「じゃあ、ガルドさんは」
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「なんだ」
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「今、どうしてるんですか」
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少しだけ踏み込んだ質問。
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ガルドは、ほんの少しだけ間を置いた。
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「見てる」
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短い答え。
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「それだけですか?」
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「それだけだ」
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だが、その“それだけ”が、どれだけ難しいかは、なんとなく伝わった。
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人に任せるというのは、何もしないことではない。
必要なときにだけ動き、それ以外は動かない。
その境目を守ること。
それができるやつは、少ない。
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「で」
ガルドが言う。
「飲むか」
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「やっぱりそこなんですね!」
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「締めだ」
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「今日はちょっと許してもいい気がします」
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「だろ?」
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「でもダメです」
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「なんでだよ!」
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ミレナが即座に止める。
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「ダメです!」
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いつものやり取り。
いつもの日常。
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でも、その中で、少しだけ変わったことがある。
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任されること。
任せること。
その両方が、少しだけ見えた。
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「なあリオ」
「はい」
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「明日もやるか」
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「やります」
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「いいな」
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ガルドは笑う。
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騒がしくて、くだらなくて、それでも確実に積み重なっていく日常は――
少しずつ、“任せる側”と“任される側”の境界を曖昧にしながら、続いていくのだった。




