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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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22/102

■第22話「任せるというのは、何もしないこととは少し違う」

 人に任せるというのは、ただ手を出さないことではない。


 何も言わずに放っておくことでもない。


 必要なときにだけ手を出し、必要でないときには引く。


 その境目を間違えないことが、たぶん一番難しい。


 そして、それができるやつは、だいたい少ない。


⸻


「今日はどうする」


 朝、ギルドに入ってすぐ、ガルドが聞いた。


 昨日とは逆だ。


 昨日は「お前が全部決めろ」だった。


 今日は違う。


 聞いてきている。


「……任せてもいいですか?」


 リオが言う。


 少しだけ迷いながら。


「いいぞ」


 ガルドはあっさり答える。


⸻


 だが、その返答に、リオは少しだけ引っかかった。


 昨日と同じ言葉なのに、少しだけ違う感じがする。


 “任せる”の意味が、少し変わっている気がした。


⸻


「……どうしました?」


 ガルドが聞く。


「いえ」


 リオは首を振る。


「ちょっと考えてただけです」


「そうか」


 それ以上は聞かない。


⸻


 掲示板の前に立つ。


 依頼を見る。


 昨日と同じことをする。


 だが、感覚が少し違う。


⸻


(昨日は“全部決める”だった)


 今日は違う。


 “任せてもいい”と言われている。


⸻


(何が違う?)


 同じようでいて、違う。


⸻


「……これにします」


 選んだのは、街内の巡回と軽い調整作業。


 危険はない。


 だが、状況判断が必要な依頼だ。


⸻


「それでいいのか」


 ガルドが聞く。


「はい」


 リオは答える。


⸻


「理由は?」


「状況を見ながら動く必要があると思ったので」


「そうか」


 ガルドは頷く。


「いい選び方だ」


⸻


 だが、その言葉にも、昨日とは違う響きがあった。


 “評価”というより、“確認”に近い。


⸻


 街へ出る。


 巡回を始める。


 特に問題はない。


 人の流れも、空気も、いつも通りだ。


⸻


「……」


 リオは少しだけ考える。


 昨日と同じように、判断する。


 見る。


 確認する。


 選ぶ。


⸻


 だが――


 ほんの少しだけ、やりにくい。


⸻


(なんだこれ)


 昨日は、全部任されていた。


 だから、迷いながらも、自分で決めた。


⸻


 今日は違う。


 任されている。


 でも、完全ではない。


⸻


「……ガルドさん」


「なんだ」


「今日、少しだけやりにくいです」


⸻


 正直に言う。


⸻


「だろうな」


 ガルドは即答した。


⸻


「え?」


「そうなる」


⸻


 リオは少し驚く。


⸻


「昨日と今日、違うだろ」


「……はい」


「何が違うかわかるか」


⸻


 少し考える。


⸻


「……昨日は、完全に任されてました」


「そうだ」


「今日は……」


 一拍。


「見られてる感じがします」


⸻


 ガルドは少しだけ笑った。


⸻


「正解だ」


⸻


「……やっぱりそうなんですね」


「そうだ」


⸻


 その答えは、あまりにもあっさりしていた。


⸻


「なんでですか」


「今日は“任せてる”からだ」


⸻


「昨日も任せてましたよね?」


「違う」


⸻


 一言で否定された。


⸻


「昨日は“丸投げ”だ」


「丸投げ……」


「今日は“任せてる”」


⸻


 リオは言葉に詰まる。


⸻


「何が違うんですか」


⸻


 ガルドは少しだけ考える。


⸻


「昨日はな」


 一拍。


「お前が失敗しても、全部お前の責任だ」


⸻


「……はい」


⸻


「今日は違う」


⸻


「違う?」


⸻


「お前が失敗したら、俺も責任を持つ」


⸻


 その一言で、理解した。


⸻


「……だから見てるんですね」


「そうだ」


⸻


 静かな答えだった。


⸻


「……やりにくいです」


 リオは正直に言う。


⸻


「だろうな」


⸻


「昨日の方がやりやすかったです」


⸻


「そういうもんだ」


⸻


 ガルドは軽く言う。


⸻


「でもな」


 一拍。


「それにも慣れろ」


⸻


「……はい」


⸻


 巡回を続ける。


 少しずつ、感覚を調整する。


 見られている状態。


 でも、自分で決める。


⸻


 そのバランスを探す。


⸻


「……」


 角を曲がる。


 少し人通りの少ない場所。


⸻


「リオ」


「はい」


⸻


「ここ、どう見る」


⸻


 問いが来る。


⸻


 周囲を見る。


 特に異常はない。


⸻


「……問題なさそうです」


⸻


「そうか」


⸻


 ガルドはそれ以上何も言わない。


⸻


 だが――


 少しだけ、気になる。


⸻


(本当にそれでいいか?)


⸻


 もう一度見る。


 足跡。


 壁。


 物の位置。


⸻


「……少しだけ、違和感あります」


⸻


「どこだ」


⸻


「物の置き方が、少し変です」


⸻


 ガルドは少しだけ目を細めた。


⸻


「いいな」


⸻


 その一言で、少しだけ自信がついた。


⸻


「でも、大きな問題ではないと思います」


⸻


「そうだな」


⸻


「一応、確認だけします」


⸻


「やれ」


⸻


 短い指示。


⸻


 確認する。


 問題はなかった。


 ただの置き方の癖だった。


⸻


「……何もなかったです」


⸻


「それでいい」


⸻


 ガルドは言う。


⸻


「見て、考えて、確認した」


⸻


「……はい」


⸻


「それができてるなら十分だ」


⸻


 その言葉は、昨日とは少し違う重みがあった。


⸻


 巡回を終える。


 特に問題はなし。


⸻


 ギルドに戻る。


⸻


「おかえりなさい」


 セリアが言う。


⸻


「どうでした?」


⸻


「問題なしです」


 リオが答える。


⸻


「よかったです」


⸻


 ミレナが書類を受け取る。


⸻


「報告お願いします」


⸻


「異常なし」


⸻


「確認します……はい、大丈夫です」


⸻


 手続きが終わる。


⸻


「……どうだった」


 ガルドが聞く。


⸻


「昨日より難しかったです」


⸻


「だろうな」


⸻


「でも」


 一拍。


⸻


「少しだけ、わかった気がします」


⸻


「何がだ」


⸻


「任されるって、こういうことなんだなって」


⸻


 ガルドは少しだけ笑った。


⸻


「まだ半分だな」


⸻


「半分?」


⸻


「任せる側も、同じだけ難しい」


⸻


「……」


⸻


 リオは少しだけ考える。


⸻


「じゃあ、ガルドさんは」


⸻


「なんだ」


⸻


「今、どうしてるんですか」


⸻


 少しだけ踏み込んだ質問。


⸻


 ガルドは、ほんの少しだけ間を置いた。


⸻


「見てる」


⸻


 短い答え。


⸻


「それだけですか?」


⸻


「それだけだ」


⸻


 だが、その“それだけ”が、どれだけ難しいかは、なんとなく伝わった。


⸻


 人に任せるというのは、何もしないことではない。


 必要なときにだけ動き、それ以外は動かない。


 その境目を守ること。


 それができるやつは、少ない。


⸻


「で」


 ガルドが言う。


「飲むか」


⸻


「やっぱりそこなんですね!」


⸻


「締めだ」


⸻


「今日はちょっと許してもいい気がします」


⸻


「だろ?」


⸻


「でもダメです」


⸻


「なんでだよ!」


⸻


 ミレナが即座に止める。


⸻


「ダメです!」


⸻


 いつものやり取り。


 いつもの日常。


⸻


 でも、その中で、少しだけ変わったことがある。


⸻


 任されること。


 任せること。


 その両方が、少しだけ見えた。


⸻


「なあリオ」


「はい」


⸻


「明日もやるか」


⸻


「やります」


⸻


「いいな」


⸻


 ガルドは笑う。


⸻


 騒がしくて、くだらなくて、それでも確実に積み重なっていく日常は――


 少しずつ、“任せる側”と“任される側”の境界を曖昧にしながら、続いていくのだった。

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