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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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21/102

■第21話「決める側になると、正解はだいたい消える」

 選ぶこと自体は、誰でもできる。


 右か左か。


 行くか行かないか。


 やるかやらないか。


 だが、“選んだあとに責任を持つ”となると、話は別だ。


 選択には、必ず結果がついてくる。


 そしてその結果は、だいたい選ぶ前には見えない。


 だから、決める側に立った瞬間、正解というものは急に曖昧になる。


 正しかったかどうかは、後からしかわからない。


 それでも、決めなければいけない時がある。


 人はそういう場面で、少しずつ“選ぶ側”になっていく。


⸻


「今日はお前が全部決めろ」


 朝一番、ガルドがそう言った。


「……全部、ですか?」


 リオは思わず聞き返す。


「全部だ」


「依頼も?」


「依頼も」


「行き先も?」


「それも」


「やり方も?」


「それもだ」


 あまりにもあっさり言われた。


「……なんでですか」


「そういう日だ」


「理由になってません」


「理由はある」


 ガルドは椅子にだらけながら言う。


「お前が決める練習だ」


⸻


 リオは少しだけ黙った。


 今まで、自分が決める場面はあった。


 だが、それは“提案”に近かった。


 最終的には、ガルドや他の誰かが微調整を入れていた。


 完全に任されることは、ほとんどなかった。


「……責任も、ですか?」


「当然だ」


 即答だった。


⸻


「……わかりました」


 少しの間を置いて、リオは頷いた。


 逃げる理由はない。


 むしろ、ここで逃げたら、たぶんずっと同じままだ。


「やります」


「いいな」


 ガルドは満足そうに笑った。


⸻


 掲示板の前に立つ。


 依頼が並んでいる。


 いつもと同じ景色。


 だが、今日は少しだけ重く見えた。


「……」


 一つ一つ、見る。


 報酬。


 危険度。


 距離。


 内容。


 全部、今までも見てきたものだ。


 でも、“自分が決める”となると、見え方が変わる。


⸻


(これでいいのか?)


 そんな考えが、頭に浮かぶ。


 今までは、“これでいいと思う”で済んでいた。


 だが今日は違う。


 “これで決める”になる。


⸻


「……これにします」


 選んだのは、街外れの小さな集落への物資運搬と簡単な見回り。


 危険度は低いが、距離は少しある。


 時間はそれなりにかかる。


「それでいいのか」


 ガルドが聞く。


 試すような口調ではない。


 本当に確認しているだけだ。


⸻


「……はい」


 リオは答える。


「理由は?」


「安全で、確実で……でも、少し長いので、途中で判断が必要になると思います」


「なるほど」


 ガルドは頷く。


「いい選び方だ」


⸻


「……本当ですか?」


「本当だ」


 軽く言う。


「でもな」


 一拍。


「正解かどうかはわからん」


「……はい」


 それは、最初からわかっていた。


⸻


 準備をする。


 荷物を受け取り、簡単な確認をして、出発する。


 いつもと同じ流れ。


 だが、今日は違う。


 全部、自分が決めた。


⸻


 街を出る。


 道は穏やかだ。


 天気もいい。


 問題はなさそうに見える。


「……今のところ、順調ですね」


「だな」


 ガルドは横を歩いている。


 特に口出しはしない。


 本当に任せている。


⸻


「……」


 リオは少しだけ周囲を見る。


 いつもより意識が広い。


 何か見落としていないか。


 変なところはないか。


 考えながら歩いている。


⸻


「なあ」


 ガルドが言う。


「はい」


「疲れてるか」


「え?」


「顔に出てる」


 リオは少し驚いた。


「……そんなにですか」


「少しな」


⸻


「……緊張してます」


 正直に言う。


「そりゃそうだ」


 ガルドはあっさり頷く。


「決めてるからな」


⸻


「今までと同じことしてるのに」


 リオは言う。


「全然違う感じがします」


「違うからな」


 ガルドが言う。


「責任がつく」


⸻


 その一言が、妙に重かった。


⸻


 しばらく進む。


 途中で、小さな分かれ道があった。


 右に行くか、左に行くか。


 どちらも集落へは繋がっている。


 だが、距離が違う。


⸻


「……どっちですか?」


 リオが聞く。


「お前が決めろ」


 即答だった。


⸻


「……」


 立ち止まる。


 地図を確認する。


 右は遠回りだが安全。


 左は近いが少し荒れている。


⸻


(どっちがいい?)


 考える。


 安全か、速さか。


 どちらも正しい。


 どちらも間違いではない。


⸻


「……左に行きます」


 リオは言った。


⸻


「理由は?」


「時間を短くしたいです」


「リスクは?」


「上がります」


「それでも?」


「はい」


⸻


 ガルドは少しだけ笑った。


「いいな」


⸻


 左の道に入る。


 確かに少し荒れている。


 足場も悪い。


 だが、進めないほどではない。


⸻


「……大丈夫そうですね」


「今のところはな」


 ガルドが言う。


⸻


 しばらく進む。


 だが――


 少しだけ、空気が変わる。


⸻


「……止まれ」


 ガルドが言う。


⸻


 リオも止まる。


 周囲を見る。


 音。


 気配。


 わずかな違和感。


⸻


「……何かいます?」


「いるな」


 短い答え。


⸻


 次の瞬間、小型の魔物が数体、草陰から飛び出してきた。


 大きな脅威ではない。


 だが、油断すると怪我をする程度の存在。


⸻


「リオ」


「はい!」


「どうする」


⸻


 試されている。


⸻


「……前に出ます」


 リオは言った。


⸻


「理由は?」


「数が少ないです」


「リスクは?」


「あります」


「それでも?」


「やれます」


⸻


「やれ」


 ガルドはそれだけ言った。


⸻


 戦闘は短かった。


 リオが前に出て、冷静に対処する。


 数を減らし、位置を調整し、無理をしない。


 ガルドは手を出さない。


 見ているだけだ。


⸻


 数分後。


 魔物はすべて倒された。


⸻


「……終わりました」


「終わったな」


 ガルドが言う。


⸻


「……どうでした?」


 リオが聞く。


⸻


「問題ない」


 短い評価。


⸻


 それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。


⸻


「……さっきの選択」


 ガルドが言う。


「はい」


「どう思う」


⸻


 少し考える。


⸻


「……結果的には、問題なかったです」


「結果だけ見るな」


⸻


 一拍。


⸻


「……リスクはありました」


「そうだな」


「でも、それも含めて選びました」


「それでいい」


⸻


 ガルドは頷く。


⸻


「正解かどうかは?」


⸻


「……わかりません」


⸻


「それでいい」


⸻


 それが答えだった。


⸻


 集落に到着する。


 荷物を渡し、簡単な確認をする。


 問題はない。


⸻


 帰り道。


 今度は安全な道を選んだ。


⸻


「……なんか」


 リオが言う。


「疲れました」


「だろうな」


 ガルドが笑う。


⸻


「戦ったからじゃないです」


「知ってる」


⸻


「考え続けてたからです」


⸻


「それが決めるってことだ」


⸻


 その言葉は、シンプルだった。


 だが、実感があった。


⸻


 ギルドに戻る。


 いつもの空気。


 いつもの騒がしさ。


⸻


「おかえりなさい」


 セリアが言う。


「どうでした?」


⸻


「……普通でした」


 リオが答える。


⸻


 だが、その“普通”の中身は、いつもと少し違っていた。


⸻


「報告お願いします」


 ミレナが言う。


⸻


「問題なし」


⸻


 書類が処理される。


 報酬が渡される。


⸻


「……どうだった」


 ガルドが聞く。


⸻


「……難しかったです」


 正直に言う。


⸻


「だろうな」


⸻


「でも」


 一拍。


⸻


「やってよかったです」


⸻


 ガルドは少しだけ笑った。


⸻


「それでいい」


⸻


 決める側になると、正解は消える。


 だが、だからこそ、選んだことに意味が出る。


⸻


「で」


 ガルドが言う。


「飲むか」


⸻


「やっぱりそこなんですね!」


⸻


「締めだ」


⸻


「今日は許してもいい気がします」


⸻


「だろ?」


⸻


「でもダメです」


⸻


「なんでだよ!」


⸻


 ミレナが飛んでくる。


「ダメです!」


⸻


 いつものやり取り。


 いつもの日常。


⸻


 でも、その中で確実に一つだけ変わったことがある。


⸻


 リオは、今日、自分で決めた。


⸻


 騒がしくて、くだらなくて、それでも確かに進んでいく日常は――


 少しずつ、“選ぶ側”の時間を増やしながら、続いていくのだった。

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