■第21話「決める側になると、正解はだいたい消える」
選ぶこと自体は、誰でもできる。
右か左か。
行くか行かないか。
やるかやらないか。
だが、“選んだあとに責任を持つ”となると、話は別だ。
選択には、必ず結果がついてくる。
そしてその結果は、だいたい選ぶ前には見えない。
だから、決める側に立った瞬間、正解というものは急に曖昧になる。
正しかったかどうかは、後からしかわからない。
それでも、決めなければいけない時がある。
人はそういう場面で、少しずつ“選ぶ側”になっていく。
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「今日はお前が全部決めろ」
朝一番、ガルドがそう言った。
「……全部、ですか?」
リオは思わず聞き返す。
「全部だ」
「依頼も?」
「依頼も」
「行き先も?」
「それも」
「やり方も?」
「それもだ」
あまりにもあっさり言われた。
「……なんでですか」
「そういう日だ」
「理由になってません」
「理由はある」
ガルドは椅子にだらけながら言う。
「お前が決める練習だ」
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リオは少しだけ黙った。
今まで、自分が決める場面はあった。
だが、それは“提案”に近かった。
最終的には、ガルドや他の誰かが微調整を入れていた。
完全に任されることは、ほとんどなかった。
「……責任も、ですか?」
「当然だ」
即答だった。
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「……わかりました」
少しの間を置いて、リオは頷いた。
逃げる理由はない。
むしろ、ここで逃げたら、たぶんずっと同じままだ。
「やります」
「いいな」
ガルドは満足そうに笑った。
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掲示板の前に立つ。
依頼が並んでいる。
いつもと同じ景色。
だが、今日は少しだけ重く見えた。
「……」
一つ一つ、見る。
報酬。
危険度。
距離。
内容。
全部、今までも見てきたものだ。
でも、“自分が決める”となると、見え方が変わる。
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(これでいいのか?)
そんな考えが、頭に浮かぶ。
今までは、“これでいいと思う”で済んでいた。
だが今日は違う。
“これで決める”になる。
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「……これにします」
選んだのは、街外れの小さな集落への物資運搬と簡単な見回り。
危険度は低いが、距離は少しある。
時間はそれなりにかかる。
「それでいいのか」
ガルドが聞く。
試すような口調ではない。
本当に確認しているだけだ。
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「……はい」
リオは答える。
「理由は?」
「安全で、確実で……でも、少し長いので、途中で判断が必要になると思います」
「なるほど」
ガルドは頷く。
「いい選び方だ」
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「……本当ですか?」
「本当だ」
軽く言う。
「でもな」
一拍。
「正解かどうかはわからん」
「……はい」
それは、最初からわかっていた。
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準備をする。
荷物を受け取り、簡単な確認をして、出発する。
いつもと同じ流れ。
だが、今日は違う。
全部、自分が決めた。
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街を出る。
道は穏やかだ。
天気もいい。
問題はなさそうに見える。
「……今のところ、順調ですね」
「だな」
ガルドは横を歩いている。
特に口出しはしない。
本当に任せている。
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「……」
リオは少しだけ周囲を見る。
いつもより意識が広い。
何か見落としていないか。
変なところはないか。
考えながら歩いている。
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「なあ」
ガルドが言う。
「はい」
「疲れてるか」
「え?」
「顔に出てる」
リオは少し驚いた。
「……そんなにですか」
「少しな」
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「……緊張してます」
正直に言う。
「そりゃそうだ」
ガルドはあっさり頷く。
「決めてるからな」
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「今までと同じことしてるのに」
リオは言う。
「全然違う感じがします」
「違うからな」
ガルドが言う。
「責任がつく」
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その一言が、妙に重かった。
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しばらく進む。
途中で、小さな分かれ道があった。
右に行くか、左に行くか。
どちらも集落へは繋がっている。
だが、距離が違う。
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「……どっちですか?」
リオが聞く。
「お前が決めろ」
即答だった。
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「……」
立ち止まる。
地図を確認する。
右は遠回りだが安全。
左は近いが少し荒れている。
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(どっちがいい?)
考える。
安全か、速さか。
どちらも正しい。
どちらも間違いではない。
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「……左に行きます」
リオは言った。
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「理由は?」
「時間を短くしたいです」
「リスクは?」
「上がります」
「それでも?」
「はい」
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ガルドは少しだけ笑った。
「いいな」
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左の道に入る。
確かに少し荒れている。
足場も悪い。
だが、進めないほどではない。
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「……大丈夫そうですね」
「今のところはな」
ガルドが言う。
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しばらく進む。
だが――
少しだけ、空気が変わる。
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「……止まれ」
ガルドが言う。
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リオも止まる。
周囲を見る。
音。
気配。
わずかな違和感。
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「……何かいます?」
「いるな」
短い答え。
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次の瞬間、小型の魔物が数体、草陰から飛び出してきた。
大きな脅威ではない。
だが、油断すると怪我をする程度の存在。
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「リオ」
「はい!」
「どうする」
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試されている。
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「……前に出ます」
リオは言った。
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「理由は?」
「数が少ないです」
「リスクは?」
「あります」
「それでも?」
「やれます」
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「やれ」
ガルドはそれだけ言った。
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戦闘は短かった。
リオが前に出て、冷静に対処する。
数を減らし、位置を調整し、無理をしない。
ガルドは手を出さない。
見ているだけだ。
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数分後。
魔物はすべて倒された。
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「……終わりました」
「終わったな」
ガルドが言う。
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「……どうでした?」
リオが聞く。
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「問題ない」
短い評価。
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それだけで、少しだけ肩の力が抜けた。
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「……さっきの選択」
ガルドが言う。
「はい」
「どう思う」
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少し考える。
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「……結果的には、問題なかったです」
「結果だけ見るな」
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一拍。
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「……リスクはありました」
「そうだな」
「でも、それも含めて選びました」
「それでいい」
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ガルドは頷く。
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「正解かどうかは?」
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「……わかりません」
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「それでいい」
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それが答えだった。
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集落に到着する。
荷物を渡し、簡単な確認をする。
問題はない。
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帰り道。
今度は安全な道を選んだ。
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「……なんか」
リオが言う。
「疲れました」
「だろうな」
ガルドが笑う。
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「戦ったからじゃないです」
「知ってる」
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「考え続けてたからです」
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「それが決めるってことだ」
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その言葉は、シンプルだった。
だが、実感があった。
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ギルドに戻る。
いつもの空気。
いつもの騒がしさ。
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「おかえりなさい」
セリアが言う。
「どうでした?」
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「……普通でした」
リオが答える。
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だが、その“普通”の中身は、いつもと少し違っていた。
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「報告お願いします」
ミレナが言う。
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「問題なし」
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書類が処理される。
報酬が渡される。
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「……どうだった」
ガルドが聞く。
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「……難しかったです」
正直に言う。
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「だろうな」
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「でも」
一拍。
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「やってよかったです」
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ガルドは少しだけ笑った。
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「それでいい」
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決める側になると、正解は消える。
だが、だからこそ、選んだことに意味が出る。
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「で」
ガルドが言う。
「飲むか」
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「やっぱりそこなんですね!」
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「締めだ」
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「今日は許してもいい気がします」
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「だろ?」
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「でもダメです」
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「なんでだよ!」
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ミレナが飛んでくる。
「ダメです!」
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いつものやり取り。
いつもの日常。
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でも、その中で確実に一つだけ変わったことがある。
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リオは、今日、自分で決めた。
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騒がしくて、くだらなくて、それでも確かに進んでいく日常は――
少しずつ、“選ぶ側”の時間を増やしながら、続いていくのだった。




