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栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


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■第20話「見えているものは同じでも、見方はだいたい違う」


 同じものを見ていても、人によって見えているものは違う。


 強そうに見えるやつもいれば、危なそうに見えるやつもいる。


 頼りになりそうに見えるやつもいれば、面倒ごとを引き寄せそうに見えるやつもいる。


 どれも間違いじゃない。


 ただ、見方が違うだけだ。


 そして、本人はだいたい、自分がどう見られているかを正確には知らない。



 その日の朝、ギルドはいつもより少しだけ騒がしかった。


 理由は明確だった。


 ――ガルドが、珍しく朝から動いていたからだ。


「……どうしたんですか」


 リオが聞く。


「何が」


「もう立ってますよ」


「立つことくらいあるだろ」


「ありますけど、今日はやけに早いです」


「気分だ」


 その一言で片付けられるのが、この人らしい。



「ちょうどいい」


 後ろから声がした。


 振り向くと、アルヴェイン――アルが腕を組んで立っていた。


「アル」


 ガルドが軽く手を上げる。


「お前、暇か」


「暇じゃない」


「じゃあ付き合え」


「断る」


「即答だな」


「お前と動くと予定が崩れる」


 まったくその通りだった。


 リオは内心で深く頷いた。



「ちょっとした確認だ」


 アルが言う。


「外周の見回りを一度やり直す」


「カインがやってただろ」


「やっていた」


「ならいいだろ」


「“念のため”だ」


 その言葉に、ガルドは少しだけ眉を動かす。


「……面倒な予感がするな」


「するな」


 二人の意見が一致した。



「リオも来い」


 アルが言う。


「はい」


 リオは素直に頷いた。


 こういう時は逆らわない方がいい。



 街の外周。


 いつもと変わらない景色。


 門、壁、見張り、行き交う人。


 だが、アルは普段よりも細かく視線を動かしていた。


「……何かあるんですか?」


 リオが聞く。


「“何もない”の確認だ」


 アルが答える。


「それが一番時間がかかる」


 その言い方は、ドーガの話を思い出させた。



「なあアル」


 ガルドが言う。


「何か引っかかってるだろ」


「少しな」


「なんだ」


「言葉にしづらい」


 アルは短く答える。


「だが、違和感はある」



 その言葉を聞いて、リオは少しだけ緊張した。


 この二人が“違和感”と言う時は、だいたい何かある。


 だが――


 歩いても、見回っても、特に異常は見つからない。


 門も問題なし。


 人の流れも正常。


 怪しい動きもない。


「……何もないですね」


 リオが言う。


「ないな」


 ガルドも頷く。


「だから面倒だ」


 アルが言う。



「何もないのが面倒なんですか?」


「そうだ」


「なんでですか」


「原因が見えないからだ」


 短い答え。


「問題があるなら対処できる」


「でも、違和感だけだと……」


「対処のしようがない」


 リオは黙る。


 たしかにそうだ。



 しばらく歩く。


 やはり、何も起きない。


 ただの見回り。


 ただの確認。


 だが、その“ただ”が妙に重い。



「……戻るか」


 アルが言う。


「いいのか?」


「いい」


「納得したのか」


「してない」


 即答だった。


「だが、ここで粘っても変わらん」



 ギルドへ戻る途中。


 リオは少しだけ考えていた。


 違和感。


 何もないのに、何かある気がする。


 それは、自分にはまだよくわからない感覚だった。



「なあリオ」


 ガルドが言う。


「はい」


「何か感じたか」


「……正直、よくわかりません」


「だろうな」


 あっさり言われた。


「でも」


 リオは続ける。


「二人がそう言うなら、何かあるんだろうなとは思います」


「それでいい」


 ガルドは言う。



「自分でわからなくてもいいんですか?」


「最初はな」


「……」


「わかるやつの感覚を借りる」


 それもまた、一つのやり方だった。



 ギルドに戻る。


 空気は変わらない。


 騒がしくて、いつも通りだ。


「どうだった」


 カインが聞く。


「何もない」


 アルが答える。


「だろうな」


 カインもあっさり言う。


「でも違和感はある」


「あるな」


 短い会話。


 だが、それだけで通じている。



「……あの」


 リオが言う。


「これって、どういう状態なんですか」


 三人が同時に少しだけこちらを見る。


 そして、ガルドが答えた。


「面倒な状態だ」


「それはわかります」


「ならいい」


「説明になってません!」



 アルが少しだけ考えてから言う。


「“まだ形になっていない何かがある状態”だ」


「……」


「問題になる前の段階」


「それって、一番厄介じゃないですか」


「その通りだ」


 カインが言う。



「でも」


 リオは続ける。


「何も起きてないなら、いいんじゃないですか?」


 その言葉に、三人が少しだけ止まる。


 そして、ガルドが笑った。


「それも正しい」


「え?」


「何も起きてないなら、それでいい」


「じゃあ、さっきの違和感は……」


「気にしすぎるな」


 軽く言う。



 人は、同じものを見ていても、見方が違う。


 何もないと見るか、何かあると感じるか。


 どちらも間違いじゃない。


 ただ、その違いがあるだけだ。



「なあリオ」


「はい」


「お前はどう見る」


「え?」


「何もないか、何かあるか」


 少しだけ考える。


 そして答える。


「……今は、何もないと思います」


「そうか」


 ガルドは頷く。


「それでいい」



「でも」


 リオは続ける。


「何かあったら、ちゃんと気づけるようになりたいです」


「なるだろ」


 ガルドが言う。


「そのうちな」


「そのうち、ですか」


「だいたいそうだ」



 その日の仕事は、それで終わった。


 特に何も起きなかった。


 違和感も、そのままだった。


 だが、それでいいのかもしれない。



「で」


 ガルドが言う。


「飲むか」


「やっぱりそこなんですね」


「締めだ」


「今日は何も起きてませんよ?」


「だからだ」


「意味わかりません!」



「ダメだ」


 カインが言う。


「なんでだよ!」


「集中力を切らすな」


「もう終わってるだろ!」


「終わってない」


 珍しくカインが止めに入った。



 アルはそれを見て、小さくため息をつく。


「……いつも通りだな」


「何がだ」


「お前がだ」



 リオは少しだけ笑った。


 何も起きなかった日。


 でも、確かに何かを考えた日。


 それもまた、意味のある時間なのかもしれない。



 見えているものは同じでも、見方は違う。


 そして、その違いを少しずつ埋めていくことが、たぶん成長なのだろう。



「なあリオ」


「はい」


「明日も来るか」


「来ます」


「いいな」


 ガルドは笑う。



 騒がしくて、くだらなくて、それでもどこか深く繋がっている日常は――


 何も起きなかったまま、少しだけ意味を増やして、今日も続いていくのだった。

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