表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/53

■第19話「変わってる最中は、自分ではだいたい気づかない」


 人は、自分が変わっている最中にはあまり気づかない。


 大きな出来事があれば別だが、ほとんどの場合、変化はもっと緩やかで、日常の中に紛れ込んでいる。


 昨日より少し慣れたとか、前より少し迷わなくなったとか、同じ場面で少し違う選択をしたとか――そういう小さな積み重ねは、その瞬間には“変わった”とは認識されない。


 後になって振り返ったとき、ようやく「ああ、あの頃とは違うな」と気づく程度だ。


 だから、変わっているかどうかを気にしすぎても、あまり意味はない。


 たぶん、人は気づかないまま変わっていく。



「今日はどうする」


 珍しく、ガルドの方から聞いてきた。


 朝のギルド。


 空気はいつも通りだ。


 昨日の噂もだいぶ落ち着いてきて、視線もほとんど気にならなくなっている。


「……任せてもいいですか?」


 リオが言う。


「いいぞ」


「珍しいですね」


「たまにはな」


 ガルドは椅子にだらけながら答える。


 だが、どこか“完全に任せている”というより、“様子を見ている”ような雰囲気があった。



 掲示板の前に立つ。


 依頼を一つ一つ見ていく。


 危険度、報酬、場所、内容。


 以前なら迷っていた部分が、少しだけ早く判断できるようになっていることに、リオはなんとなく気づいていた。


「……これにします」


 手に取ったのは、街外れの古井戸の点検依頼だった。


 水質の確認と、簡単な補修。


 危険度は低い。


 だが、放置すると困るタイプの仕事だ。


「地味だな」


 ガルドが言う。


「地味でいいんです」


「そうか」


 それ以上は何も言わない。



「それでいい」


 後ろから声がした。


 振り向くと、カインが腕を組んで立っていた。


「お前の選び方だ」


「え?」


「悪くない」


 短い評価。


 それだけ言って、カインは去っていく。


「……今の、褒められてましたよね?」


「たぶんな」


「珍しくないですか?」


「珍しいな」


 ガルドは笑う。



 ギルドを出る。


 空は晴れている。


 風も穏やかだ。


「……なんか」


 リオが言う。


「最近、依頼選ぶの少し楽になってきました」


「慣れたな」


「そうなんですかね」


「そうだ」


 ガルドはあっさり言う。



「前は、どれがいいか全然わからなくて」


「今は?」


「なんとなくですけど、判断できるようになってきました」


「それでいい」


「いいんですか?」


「最初はだいたいなんとなくだ」


 軽い言い方。


 だが、その言葉には妙な説得力があった。



 井戸は、街の外れにあった。


 使われてはいるが、あまり人の手が入っていない場所だ。


「ここですね」


「だな」


 中を覗き込む。


 水はあるが、少し濁っている。


「……これは掃除ですね」


「だな」



 作業を始める。


 周囲の落ち葉を取り除き、石の隙間を確認し、水の流れを整える。


 単純だが、丁寧さが求められる仕事だ。


「……こういうの」


 リオが言う。


「前より手順がわかる気がします」


「そうか」


「何からやればいいか、迷わなくなってきました」


「それが慣れだ」


 ガルドが言う。



「慣れって」


 リオが続ける。


「気づかないうちに来るんですね」


「だいたいそうだ」


「もっと、こう……はっきりわかるものだと思ってました」


「そんなもんは少ない」


 ガルドは石を動かしながら言う。


「気づいたらできるようになってるのがほとんどだ」


「……そういうものですか」


「そういうもんだ」



 井戸の水を少し汲み上げる。


 濁りが減ってきている。


「……変わってますね」


「変わってるな」


「さっきより、明らかに」


「やった分だけな」


 単純な結果。


 だが、それがわかりやすい。



「こういうの、好きです」


 リオが言う。


「変わったのが見えるの」


「わかりやすいからな」


「はい」



 少し休憩する。


 井戸の縁に座り、風を感じる。


 静かだ。


 何も起きていない。


「……ガルドさん」


「なんだ」


「自分が強くなってるって、いつわかるんですか?」


 少しだけ真面目な質問だった。


 ガルドは少し考える。


「わからん」


「え?」


「わからんまま強くなる」


「そんなことあります?」


「ある」


 即答だった。



「じゃあ、どうやって判断するんですか?」


「他人が見る」


「……自分じゃなくて?」


「自分はだいたい当てにならん」


 リオは少し黙る。


「……それ、ちょっと嫌ですね」


「そうか?」


「はい。自分でわかりたいです」


「無理だな」


「即答ですか」


「だいたいズレる」


 ガルドは空を見る。


「できてないと思ってるやつができてたり、できてると思ってるやつができてなかったり」


「……」


「だから、あんま気にすんな」


 軽い言葉。


 だが、妙に引っかかる。



「でも」


 リオは言う。


「さっき、カインさんに褒められました」


「だな」


「それって、変わってるってことですかね」


「たぶんな」


「……実感ないです」


「そんなもんだ」


 ガルドは笑う。



 作業を再開する。


 井戸の状態はかなり良くなってきた。


 水も澄み、流れも整っている。


「……終わりですね」


「だな」



 帰り道。


 リオは少しだけ考えていた。


 変わっているのかどうか。


 強くなっているのかどうか。


 それを自分で判断できないことに、少しだけ引っかかりを感じていた。



「なあリオ」


「はい」


「さっきの話だが」


「はい」


「変わってるかどうかなんてな」


 一拍。


「どうでもいい」


「え?」


 予想外の言葉だった。



「どうでもいい、ですか?」


「そうだ」


「なんでですか」


「やること変わらんだろ」


 あっさりと言う。


「できててもやるし、できてなくてもやる」


「……」


「なら同じだ」


 リオは言葉に詰まる。



「気にするのはな」


 ガルドが続ける。


「余裕があるやつのやることだ」


「余裕……」


「お前、今やることあるだろ」


「……あります」


「ならそっちやれ」


 それだけだった。



 ギルドに戻る。


 空気はいつも通りだ。


 騒がしくて、少し雑で、それでも落ち着く場所。


「おかえりなさい」


 セリアが笑う。


「どうでした?」


「順調でした」


 リオが答える。


「よかったです」



「報告お願いします」


 ミレナが言う。


「問題なし」


「確認します……はい、大丈夫です」


 書類が処理される。


 報酬が渡される。


 今日も問題なし。



「……なんか」


 リオが言う。


「今日、変な感じでした」


「何がだ」


「変わってるかどうか、考えすぎた気がします」


「考えすぎだな」


 ガルドが即答する。



 人は、自分が変わっている最中には気づかない。


 だから、気づこうとしすぎると、逆にわからなくなる。


 たぶん大事なのは、変わっているかどうかじゃなくて、今やることをちゃんとやっているかどうかだ。



「で」


 ガルドが言う。


「飲むか」


「やっぱりそこなんですね」


「締めだ」


「今日は普通でしたよ?」


「普通でも飲む」


「理由が雑です!」



「ダメです!」


 ミレナが即座に止める。


「なんでだ!」


「なんでじゃありません! 今日はちゃんと貯めてください!」



 いつものやり取り。


 いつもの日常。


 少しだけ考えて、少しだけ進んで、それでもいつも通りに戻ってくる。



「なあリオ」


「はい」


「明日も任せるか」


「いいんですか?」


「いい」


「……じゃあ任せてください」


「おう」



 変わっているかどうかはわからない。


 でも、少しずつ前に進んでいる。


 その実感は薄いけど、たぶん間違っていない。



 騒がしくて、くだらなくて、それでも確かに続いていく日常は――


 気づかないまま、少しずつ形を変えていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ