■第18話「距離を詰めるのがうまいやつと、距離を保つのがうまいやつがいる」
人との距離の取り方には、だいたい二種類ある。
ぐいぐい近づいていくのがうまいやつと、適度な距離を保つのがうまいやつだ。
どっちが正しいという話ではない。
ただ、どっちのやり方も、それなりに理由がある。
近づくやつは、近づける自信があるからそうする。
距離を取るやつは、距離を取った方がうまくいくと知っているからそうする。
そして厄介なのは、そのどちらも間違いじゃないことだ。
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その日のギルドは、いつもより少しだけ落ち着いていた。
理由は簡単で、大きな依頼がいくつか同時に出ていて、主力の冒険者たちが外に出ているからだ。
結果として、残っているのは中堅か新人か、あるいは“いつも通りの場所にいる人間”たちになる。
「……静かですね」
リオが周囲を見回しながら言う。
「だな」
ガルドも同意する。
「人が少ない」
「こういう日もあるんですね」
「ある」
短い会話。
だが、確かに空気は違った。
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「依頼、どうします?」
リオが掲示板を見ながら聞く。
「好きにしろ」
「今日は任せるんですか?」
「任せる」
「珍しいですね」
「たまにはな」
ガルドは椅子に座ったまま、特に動く気配を見せない。
その様子を見て、リオは少しだけ首を傾げた。
「……動かないんですか?」
「今日はいい」
「いい?」
「こういう日もある」
その言い方は、どこか昨日の延長線にあった。
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結局、依頼は軽めのものを一つ受けることにした。
街の中での荷物運搬と、簡単な見回り。
危険性はほぼない。
「……本当に平和ですね」
リオが言う。
「平和だな」
ガルドも答える。
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荷物の受け渡し場所は、街の中央市場だった。
昼前の時間帯で、人の流れは多い。
商人の声、値段交渉、荷物の積み下ろし、子どもの笑い声。
活気がある。
「こういうの、いいですね」
リオが言う。
「何がだ」
「生きてる感じがします」
「そうか?」
「はい」
ガルドは少しだけ周囲を見回す。
「……まあ、悪くはねえな」
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依頼主は、穀物を扱う商人だった。
「頼むよ、急ぎなんだ」
「わかりました」
リオが受ける。
荷物はそこそこ重いが、運べないほどではない。
「分担しましょう」
「おう」
ガルドも普通に動く。
特に問題はない。
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作業は順調に進む。
荷物を運び、指定の場所へ置き、次を取りに戻る。
単純だが、確実な仕事だ。
「……なんか」
リオが言う。
「こういうの、久しぶりな気がします」
「そうか?」
「はい。最近、変な方向に忙しかったので」
「それは否定できねえな」
ガルドが笑う。
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数往復して、荷物はすべて運び終わった。
「助かったよ」
商人が言う。
「いえ」
リオが頭を下げる。
「また頼む」
「はい」
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仕事は終わり。
まだ昼過ぎだ。
「……どうします?」
リオが聞く。
「もう一件いくか?」
「どっちでもいい」
「曖昧ですね」
「お前が決めろ」
「じゃあ、軽い見回り行きましょう」
「いいぞ」
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街の見回り。
特に何かをするわけではない。
異常がないかを確認しながら、歩くだけ。
だが、それが仕事だ。
「……こういうのって」
リオが言う。
「意味あるんですかね」
「ある」
ガルドが即答する。
「何も起きてないか確認するのが仕事だ」
「でも、何も起きてなかったら……」
「それでいい」
短い答え。
「何も起きないのが一番だ」
「……そうですね」
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しばらく歩く。
特に問題はない。
ただ、街の中を回るだけ。
その途中、ガルドがふと足を止めた。
「……どうしました?」
「いや」
少しだけ視線を横に向ける。
「知ってるやつがいた気がした」
「知り合いですか?」
「たぶんな」
だが、そこにはもう誰もいない。
「……気のせいか」
それだけ言って、また歩き出す。
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「ガルドさんって」
リオが言う。
「人との距離、独特ですよね」
「そうか?」
「はい」
「どう独特だ」
「近すぎないというか……でも遠すぎるわけでもないというか」
うまく言葉にできない。
だが、確実に何かがある。
「……面倒だからな」
ガルドが言う。
「またそれですか」
「近すぎると面倒だし、遠すぎるともっと面倒だ」
「中間がいいと?」
「そうだ」
あっさりした答え。
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「でも」
リオは続ける。
「さっきの人、追いかけなかったですよね」
「必要ねえ」
「知り合いだったんですよね?」
「かもしれん」
「それでいいんですか?」
少しだけ踏み込んだ質問だった。
ガルドは少しだけ考える。
「……いいんだろ」
曖昧な答え。
だが、そこに迷いはなかった。
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「会いたくないとかじゃないんですか?」
「別に」
「じゃあなんで」
「今じゃねえからだ」
短い一言。
「今じゃない?」
「そうだ」
それ以上は言わない。
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リオは少しだけ考える。
この人は、関係を切るわけでもなく、強く繋ぐわけでもない。
必要な距離で、必要な分だけ関わる。
それが自然にできている。
ある意味では、とても器用だ。
ある意味では、とても不器用でもある。
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「……僕は」
リオが言う。
「たぶん、近づく方だと思います」
「だろうな」
「でも、それが正しいかはわかりません」
「正しい必要はねえ」
ガルドが言う。
「自分がやりやすい方でいい」
「……そういうものですか」
「そういうもんだ」
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距離の取り方に正解はない。
ただ、それぞれのやり方があるだけだ。
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見回りを終えて、ギルドへ戻る。
時間はまだ夕方前。
今日も平和だった。
「おかえりなさい」
セリアが声をかける。
「どうでした?」
「何もなかったです」
リオが答える。
「いいですね」
セリアが微笑む。
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「報告お願いします」
ミレナが言う。
「異常なし」
「確認します……はい、問題ありません」
書類が処理される。
今日もスムーズだ。
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「……なんか」
リオが言う。
「今日、すごく普通でしたね」
「そうだな」
ガルドも頷く。
「普通の日だ」
「こういう日もいいですね」
「いいな」
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人との距離の取り方は、人それぞれだ。
近づくやつもいれば、距離を保つやつもいる。
どっちが正しいわけでもない。
ただ、自分にとって無理のない距離があるだけだ。
そして、それをちゃんと守れるやつは、だいたい長く続く。
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「で」
ガルドが言う。
「飲むか」
「やっぱりそこなんですね」
「締めだ」
「今日は普通の日ですよ?」
「だからだ」
「理由になってません」
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「ダメです!」
ミレナが即座に止める。
「なんでだ!」
「なんでじゃありません! 普通の日なんだから普通に帰ってください!」
「普通の日でも飲むだろ」
「飲みません!」
「飲む!」
「飲まないです!」
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いつものやり取り。
いつもの日常。
特別なことは何も起きていない。
でも、それでいい。
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「なあリオ」
「はい」
「明日も普通でいいか」
「いいです」
「たぶんな」
「確定でお願いします!」
ガルドは笑う。
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騒がしくて、くだらなくて、それでもちゃんと続いていく日常は――
今日もまた、何も起きなかったまま、静かに積み重なっていくのだった。




