■第17話「何も起きない日をちゃんと過ごせるやつは、だいたい長生きする」
人は、何かが起きた日ばかりを記憶に残す。
強敵と戦った日、誰かを助けた日、大きな失敗をした日、何かが変わった日――そういう“動いた日”ばかりを切り取って、自分の人生を語ろうとする。
だが、本当の意味で生きている時間のほとんどは、何も起きない日だ。
ただ起きて、食べて、歩いて、働いて、帰って、また次の日を迎える。
そういう時間をどう過ごすかで、人はだいたい決まる。
そして、何も起きない日をちゃんと過ごせるやつは、だいたい長生きする。
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「今日は普通の依頼だ」
ガルドが珍しく先に言った。
「本当ですか?」
リオが疑いの目で見る。
「本当だ」
「“たぶん”とかつきません?」
「つかない」
断言だった。
リオは思わずミレナの方を見る。
ミレナも少しだけ驚いた顔をしている。
「……本当に珍しいですね」
「だろ」
ガルドは胸を張る。
「今日は平和だ」
「そういうこと言うと何か起きるんですよ」
「起きねえよ」
「フラグですそれ」
「なんのだ」
「面倒ごとのです」
ガルドは笑う。
「起きたら考える」
「その考え方が危ないんです!」
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依頼内容はシンプルだった。
街の外れにある古い水路の点検と、軽い清掃。
魔物が出る可能性は低く、危険度も低い。
報酬も高くはないが、その分、確実で安全な仕事だ。
「いいじゃねえか」
ガルドが言う。
「こういうのでいいんだよ」
「やっと同意できました」
リオは心から頷いた。
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街の外れへ向かう道は穏やかだった。
人通りもそこそこあり、荷車が行き交い、畑仕事をしている人の姿も見える。
空は晴れていて、風も弱い。
「……平和ですね」
リオがぽつりと言う。
「平和だな」
ガルドもあっさり同意する。
「こういう日は眠くなる」
「仕事前ですよ?」
「眠いもんは眠い」
「緊張感持ってください」
「持ってる」
「どこがですか」
「心の中で」
「見えません」
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水路に着く。
石で組まれた古い構造で、街の外周をなぞるように流れている。
水量はそれほど多くないが、農地や生活用水として重要な役割を持っている。
「……思ってたよりちゃんとしてますね」
リオが言う。
「手入れされてるな」
ガルドが覗き込む。
「でも一部、詰まりかけてる」
「本当だ」
落ち葉や小枝が溜まっている箇所がいくつかある。
「これを取るだけでもだいぶ流れ良くなりますね」
「だな」
ガルドは靴のまま水路に入る。
「うわ、冷てえ」
「当たり前です」
「夏ならよかったな」
「今は春です」
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作業は地味だった。
溜まったゴミを取り除き、水の流れを整え、石のずれを軽く直す。
戦闘もなければ、緊迫した場面もない。
ただ、手を動かして、少しずつ状況を良くしていく。
「……こういうの、嫌いじゃないです」
リオが言う。
「地味だろ」
「地味ですけど、終わったあとわかりやすいじゃないですか」
「まあな」
ガルドは枝を取り除きながら言う。
「やった分だけ変わる」
「はい」
「戦いより単純だ」
「それ、比べる対象が極端すぎません?」
「だいたいそうだろ」
軽い会話。
だが、どこか落ち着いている。
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しばらく作業を続ける。
水の流れが目に見えて良くなっていく。
濁っていた部分が少しずつ澄み、詰まっていた箇所が解消される。
「……なんか、達成感ありますね」
リオが言う。
「だろ」
ガルドは石に腰を下ろす。
「こういうのはな、ちゃんと終わりが見えるから楽だ」
「終わりが見える?」
「ここまでやったら終わりって線がはっきりしてる」
「たしかに」
「だから気が楽だ」
リオは少し考える。
「じゃあ、終わりが見えない仕事は?」
「面倒だ」
「またそれですか」
「でも本当だ」
ガルドは空を見上げる。
「どこまでやればいいかわからんやつはな、だいたい疲れる」
「……それも、わかる気がします」
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昼前には、だいたいの作業が終わった。
残っているのは細かい調整だけだ。
「終わりましたね」
「終わったな」
ガルドが立ち上がる。
「早い」
「今日は普通にやったからな」
「それが普通です」
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少し離れた場所で休憩する。
簡単なパンと水。
特別なものではない。
だが、こういう日の食事は妙にうまく感じる。
「……こういうのもいいですね」
リオが言う。
「何がだ」
「特に何も起きない日です」
「珍しいからな」
「いつもこうでいいんですよ」
「つまらんだろ」
「つまらなくていいんです」
ガルドは少し笑う。
「お前はそっちか」
「そっちです」
「俺は半々だな」
「半々?」
「何も起きない日もいいし、起きる日もいい」
「欲張りですね」
「そうか?」
「そうですよ」
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風が少し強くなる。
水面が揺れる。
空には雲がゆっくり流れている。
時間がゆっくり進んでいるように感じる。
「……こういう日って」
リオが言う。
「後から思い出すと、あんまり記憶に残らないですよね」
「だろうな」
「でも、こういう日があるから続くんですよね」
ガルドは少しだけ黙る。
「……そうかもな」
珍しく、否定しなかった。
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帰り道。
街へ戻る途中も、特に何も起きなかった。
誰かが襲ってくるわけでもなく、トラブルが起きるわけでもない。
ただ、歩いて帰るだけ。
「……本当に何も起きませんでしたね」
リオが言う。
「起きなかったな」
「珍しいです」
「そうだな」
ガルドも同意する。
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ギルドに戻る。
いつもの喧騒。
ミレナが書類を捌き、冒険者たちが騒ぎ、セリアが忙しそうに動いている。
「おかえりなさい」
セリアが笑う。
「どうでした?」
「平和でした」
リオが答える。
「いいですね」
「いい日だ」
ガルドも言う。
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「依頼報告お願いします」
ミレナが言う。
「問題なし、完了」
「確認しますね……はい、問題なさそうです」
書類が処理される。
報酬が支払われる。
すべてがスムーズに進む。
「……完璧ですね」
リオが呟く。
「だろ」
「何もトラブルがないって、こんなに楽なんですね」
「だから言ったろ」
ガルドは笑う。
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人は、何かが起きた日ばかりを覚えている。
だが、本当は何も起きない日の方が大事だ。
何も起きない日をちゃんと過ごせるやつは、次の日もちゃんと生きていける。
そういう積み重ねが、たぶん一番強い。
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「で」
ガルドが言う。
「飲むか」
「やっぱりそこに戻るんですね」
「締めだ」
「今日は何も起きなかったんですよ?」
「だからだ」
「意味わかりません」
「いい日だったから飲む」
「理由が雑すぎます」
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「ダメです!」
ミレナがすぐに割り込む。
「なんでだ!」
「なんでじゃありません! 今日はちゃんと報酬入ったんですから、そのまま貯めてください!」
「一杯くらいいいだろ」
「ダメです!」
「半分」
「ダメ!」
「一口」
「ダメです!」
「厳しいな」
「当然です!」
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リオはそのやり取りを見ながら、少しだけ笑った。
今日は何も起きなかった。
でも、それでいいのだと思う。
むしろ、こういう日があるから、次に何かが起きても耐えられる。
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「なあリオ」
「はい」
「明日も普通にするか」
「してください」
「たぶんな」
「確定でお願いします!」
ガルドは笑う。
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騒がしくて、くだらなくて、それでもちゃんと積み重なっていく日常は――
何も起きなかった今日も、確かにそこにあった。




