■第16話「人はだいたい、見たものより聞いた話の方を信じる」
人は、自分の目で見たことよりも、人から聞いた話の方を信じることがある。
しかも、その話が少しでも面白かったり、極端だったりすると、なおさらだ。
事実よりも、印象。
現実よりも、噂。
それが悪いというわけではない。
ただ、そのズレが積み重なると、だいたい面倒なことになる。
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翌朝、ギルドに入った瞬間、リオは違和感に気づいた。
「……なんか、見られてません?」
「見られてるな」
ガルドがあっさり言う。
視線が集まっている。
露骨ではないが、確実に意識されている。
「なんでですか」
「昨日だろ」
「……ああ」
思い出したくない記憶が、嫌な精度で蘇る。
荷車が跳ねた。
曲がった。
飛んだ。
止まらなかった。
そして――止められた。
「……広まってるんですか」
「広まるだろ」
ガルドは椅子に座りながら言う。
「面白いからな」
「面白くないです!」
「見てる分には面白い」
「当事者です!」
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「おはようございます」
ミレナがやってくる。
顔はいつも通りだが、ほんの少しだけ笑いを堪えている気がする。
「おはようございます……」
リオはなんとも言えない気持ちで返す。
「……なんですかその顔」
「いえ、別に?」
「絶対何か知ってますよね」
「知ってますよ」
即答だった。
「昨日の件、かなり広まってます」
「やっぱり……」
「“荷車が空を飛んだ”って」
「飛んでません!」
「“ガルドさんが止めた”って」
「そこは事実です」
「“一瞬で止めた”って」
「それも事実だな」
ガルドが横から言う。
「そこは強調されるんですね!?」
「そっちの方が面白い」
「面白さで語らないでください!」
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周囲から、ひそひそと声が聞こえる。
「……あれが昨日の……」
「マジで止めたのかよ……」
「やっぱり噂通りか……」
リオは頭を抱えたくなった。
「……完全に変な方向に話がいってますね」
「だいたいそうなる」
ガルドは気にした様子もない。
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「で、今日はどうします?」
ミレナが話を戻す。
「普通の依頼だ」
ガルドが言う。
「本当ですか?」
リオが即座に確認する。
「本当だ」
「“たぶん”は?」
「つかない」
「信用していいですか?」
「いい」
リオは少しだけ考える。
そして頷いた。
「……信じます」
「いい心がけだ」
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掲示板の前。
依頼はそこそこ残っている。
昨日の騒ぎとは関係なく、日常は進んでいる。
「……これにしましょう」
リオが一枚取る。
「街外れの倉庫の点検と整理」
「地味だな」
「それでいいんです」
「まあいい」
ガルドも異論はない。
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倉庫は、街の外れにある小さな建物だった。
古びているが、まだ使われている。
「ここですね」
「だな」
扉を開ける。
中は少し埃っぽいが、整理されていないわけではない。
「……思ったより普通ですね」
リオが言う。
「普通だ」
「昨日との落差がすごいです」
「昨日が異常だった」
「それは間違いないです」
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依頼内容は、在庫の確認と簡単な整理。
危険はない。
ただの作業だ。
「よし、やるか」
「はい」
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箱を開け、中身を確認し、記録と照らし合わせる。
足りないもの、余っているもの、壊れているものを分ける。
単純だが、意外と手間がかかる。
「……こういうの、嫌いじゃないです」
リオが言う。
「地味だろ」
「地味ですけど、安心します」
「そうか」
ガルドは淡々と作業を続ける。
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「……ガルドさん」
「なんだ」
「さっきの噂、気にしないんですか?」
「気にしても変わらん」
即答だった。
「そうですけど……」
「どうせ勝手に広まる」
「まあ、そうですね」
「なら放っとけ」
シンプルな考え方。
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「でも」
リオは続ける。
「実際と違う形で広まるのって、嫌じゃないですか?」
少しだけ踏み込んだ問い。
ガルドは一瞬だけ手を止める。
「……どうでもいい」
それが答えだった。
「どうでもいい?」
「全部正確に伝わる方が珍しい」
「……」
「だから、だいたい適当でいい」
軽い口調。
だが、その裏には経験があるように感じた。
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「じゃあ、誤解されても?」
「されるだろ」
「気にしないんですか?」
「気にしても無駄だ」
リオは少しだけ黙る。
「……強いですね」
「そうか?」
「僕なら気にします」
「だろうな」
あっさり言われた。
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「でもな」
ガルドが続ける。
「全部気にしてたら、何もできなくなる」
「……」
「だから、ある程度は切り捨てる」
「どこまでですか?」
「面倒じゃない範囲まで」
「やっぱりそれなんですね」
リオは苦笑する。
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作業は順調に進む。
箱の中身はほとんど問題なく、整理も終わりに近づいていた。
「……終わりですね」
「だな」
ガルドが立ち上がる。
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倉庫の外。
風が少し強くなっていた。
「……平和ですね」
リオが言う。
「平和だな」
ガルドも同意する。
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「さっきの話ですけど」
リオが言う。
「噂って、どこまで気にすればいいんですかね」
「気にするな」
「全部ですか?」
「全部だ」
「極端ですね」
「そうでもない」
ガルドは空を見る。
「本当に必要なやつは、自分で見て判断する」
「……」
「それ以外は、どうでもいい」
リオはその言葉を考える。
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ギルドに戻る。
やはり、視線はまだ少し集まっている。
だが、朝ほどではない。
時間とともに、話題は少しずつ薄れていく。
「おかえりなさい」
セリアが声をかける。
「どうでした?」
「普通でした」
リオが答える。
「いいですね」
セリアが微笑む。
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「報告お願いします」
ミレナが言う。
「問題なし、完了」
「確認します……はい、大丈夫です」
書類が処理される。
今日も問題なし。
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「……なんか」
リオが言う。
「今日は安心しました」
「昨日が異常だったからな」
「それは本当にそうです」
ガルドは笑う。
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人は、見たものより聞いた話を信じることがある。
だが、本当に大事なのは、自分で見て、自分で判断することだ。
噂は広がる。
印象は変わる。
でも、現実はそこにある。
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「で」
ガルドが言う。
「飲むか」
「やっぱりそこに戻るんですね」
「締めだ」
「今日は普通でしたよ?」
「普通でも飲む」
「理由が雑です!」
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「ダメです!」
ミレナが即座に止める。
「なんでだ!」
「なんでじゃありません! 昨日の件もありますし、今日は大人しくしてください!」
「昨日関係ねえだろ!」
「あります!」
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いつものやり取り。
いつもの日常。
噂があっても、なくても、変わらない。
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「なあリオ」
「はい」
「明日も普通でいいか」
「いいです」
「たぶんな」
「だから確定でお願いします!」
ガルドは笑う。
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騒がしくて、くだらなくて、それでも確かに続いていく日常は――
噂に少しだけ揺らされながらも、変わらずそのまま流れていくのだった。




