表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄光の中年、ただ生きる  作者: vastum


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/53

■第15話「人はだいたい、スイッチが入ると別の生き物になる」


 人間は、基本的には一つの顔で生きている。


 だが、例外はある。


 普段はおとなしく、控えめで、どちらかと言えば周囲に気を遣うタイプの人間が、ある条件を満たした瞬間に、まるで別の生き物のように変わることがある。


 きっかけは些細なものだ。


 道具だったり、環境だったり、役割だったり。


 スイッチが入ると、性格だけじゃない、判断も、動きも、言葉も、全部が変わる。


 そしてだいたい、そういうやつは――面倒くさい。



「今日は絶対、普通の依頼行きますからね」


 朝一番、リオは強い意志を持って言った。


 ここ数日、まともな依頼にほとんど行けていない。


 倉庫整理、運搬、突発対応、よくわからない寄り道――全部必要ではあったが、“冒険者としての仕事”は後回しになり続けている。


「今日は行きます。絶対です」


「そうか」


 ガルドは椅子にだらけたまま答える。


「たぶんな」


「たぶんじゃないです」


「状況次第だ」


「その状況を回避するんです!」


 力強く言い切る。


 ミレナが横で「いい心がけです」と頷いた。


 セリアも「応援してます」と微笑む。


 カインは腕を組んで「まあ無理だろうな」と冷静に言った。


「なんでですか!」


「お前らの場合、だいたい途中で何か起きる」


「起こさないようにするんです!」


「それができたら苦労しない」


 完璧な正論だった。



 依頼は、近隣街道の巡回と軽い護衛。


 今度こそ“普通”だ。


 問題はない。


 何も起きる要素はない。


 ――はずだった。



 ギルドの裏手、荷車置き場。


 今回の依頼は荷物の運搬を兼ねているため、簡易的な荷車を借りて街道を回る形になる。


「これですね」


 リオが確認する。


「おう」


 ガルドが適当に頷く。


「まあ、普通だな」


 その時だった。


「あの……」


 後ろから、控えめな声がした。


 振り向くと、一人の青年が立っていた。


 年は二十代前半くらい。


 細身で、少し猫背気味、目元は優しそうで、全体的に“強そう”という印象はない。


「その荷車……使われますか?」


「使うが」


 ガルドが答える。


「……あ、そうですよね、すみません」


 青年はぺこぺこと頭を下げる。


「その、僕、ここの整備担当で……」


「整備?」


 リオが聞く。


「はい、荷車とか、運搬具とか、その……」


 言葉を選びながら話している感じだった。


「もしよかったら、点検だけでもさせてもらえたらなって」


「いいですよ」


 リオが即答する。


「安全第一ですし」


「助かります……!」


 青年はほっとしたように笑った。



「名前は?」


 リオが聞く。


「え、あ、ユーンです。ユーン・ベルク」


「リオです」


「ガルドだ」


「は、はい……」


 ガルドを見る時だけ、なぜか少し緊張している。


 だが、特にそれ以上の反応はない。



 ユーンは手際よく荷車を点検し始めた。


 車輪の軸、木材の歪み、荷台の固定具、すべてを丁寧に確認していく。


「……すごくちゃんとしてますね」


 リオが言う。


「いえ、普通です」


「いや普通じゃないですよ、こんな細かく」


「壊れたら困るので……」


 控えめな返答。


 本当に、どこにでもいそうな“真面目な人”だった。



「……なあ」


 ガルドがぼそりと言う。


「はい?」


「こいつ、変だぞ」


「え?」


「なんでですか」


「見りゃわかる」


「わかりませんよ!」


 ユーンはそんな会話に気づかず、黙々と作業している。



「……よし」


 ユーンが顔を上げる。


「大丈夫です」


「ありがとうございます」


「いえ……」


 少しだけためらってから、ユーンが言う。


「その……もしよければ」


「はい?」


「僕が、運転してもいいですか?」


 リオがきょとんとする。


「え?」


「運転、得意なので……」


「いやでも、僕たちの依頼で――」


「速く行けます」


 その一言だった。


 声のトーンが、ほんの少しだけ変わった。


 ガルドの目が細くなる。


「……速く?」


「はい」


 ユーンが微笑む。


「かなり」


 その笑顔が、さっきまでとほんの少しだけ違って見えた。



「やめとけ」


 ガルドが言う。


「え?」


「こいつに任せるとろくなことにならん」


「まだ何もしてませんよ!?」


 リオが慌てる。


「大丈夫です!」


 ユーンが言う。


「安全に、速く、確実に運びます!」


「その三つ同時に言うやつは危ねえ」


 ガルドが即断する。



「お願いします!」


 ユーンが頭を下げる。


「この荷車、最近調整したばかりで……その、性能を試したくて……」


「……性能?」


 リオが引っかかる。


「はい」


 ユーンは、少しだけ目を輝かせた。


「限界まで」


 その瞬間。


「断る」


 ガルドが即答した。


「えええ!?」


「ダメだ」


「なんでですか!」


「死ぬからだ」


「死にません!」


「死ぬ顔してる」


 あまりにも即断だった。



「……一回だけでいいので!」


 ユーンが食い下がる。


「短距離でもいいので!」


「ダメだ」


「じゃあ僕も同行します!」


「もっとダメだ」


「どうしてもです!」


 リオが板挟みになる。


「えっと……」


 だが、その時。


 ミレナが後ろから言った。


「時間押してますよ」


「……あ」


 依頼の出発時間が迫っている。


 迷っている余裕はない。



「……一回だけですよ?」


 リオが言ってしまった。


「おい」


 ガルドが睨む。


「大丈夫です!」


 ユーンが満面の笑みで荷車に乗り込む。


「任せてください!」



 そして――


 その瞬間だった。



 ユーンが手綱を握った瞬間、空気が変わった。


 顔つきが変わる。


 目が、完全に別人のそれになる。


「――行きます」


 低い声。


 次の瞬間。


 荷車が“跳ねた”。



「は!?」


 リオの声が裏返る。


「おい待て」


 ガルドが言う。


 だが、遅い。



 荷車が、信じられない速度で加速した。


 馬の動きがおかしい。


 いや、馬を引いている“制御”がおかしい。


「ちょっと!?」


「いいですね……!」


 ユーンの声が、完全に別物だった。


「この反応……この軸のしなり……最高だ……!」


「おい戻れ」


「まだです!」


 カーブ。


 普通なら減速する。


 だが――


 しない。


 そのまま曲がる。


「曲がってる!? なんで!?」


 リオが叫ぶ。


「荷重を外に逃がしてるだけです!」


「だけじゃないです!」



「ブレーキ踏め」


 ガルドが言う。


「まだです!」


「踏め」


「ここで踏んだら負けです!」


「何にだ」


「性能にです!」


「知らんわ!」



 石畳。


 段差。


 通常なら減速する。


 だが――


 “飛ぶ”。


「飛んだ!?!?」


「いいですね……!」


 ユーンが笑う。


「想定より軽い……!」


「お前が軽くしてるんだよ!!」


 ガルドがツッコミに回っている。



「……止めるぞ」


 ガルドが立ち上がる。


「え?」


「強制的に止める」


「壊れますよ!?」


「壊す前に止める」


「意味が違います!」



 その瞬間。


 ガルドが手綱を横から奪う。


 一瞬の操作。


 荷車が強引に減速する。


 車輪が悲鳴を上げる。


 砂煙。


 ――停止。



 静寂。



「……」


 リオはしばらく動けなかった。


「……死ぬかと思いました」


「思う前に死ぬやつだな」


 ガルドが言う。



「……すみません」


 ユーンが元の顔に戻っていた。


 完全に別人だった。


「つい……」


「ついじゃねえ」


「でも、良かったです……」


「何がだ」


「最高でした」


 目がキラキラしている。


 反省がない。



「……お前」


 ガルドが言う。


「はい」


「乗り物に乗るな」


「無理です!」


 即答だった。



「……リオ」


「はい」


「こいつは危険だ」


「完全に同意です」



 人は、スイッチが入ると別の生き物になる。


 そして、そのスイッチが日常に存在している場合――


 だいたい、周りが巻き込まれる。



「もう一回だけいいですか?」


「ダメだ」


「短距離でいいので!」


「ダメだ」


「今度はもっと精度上げます!」


「上げなくていい」


「お願いします!」


「帰れ!」



 結局、その日は――


 まともな依頼どころではなかった。



「……なんだったんですかあの人」


 帰り道、リオが呟く。


「面倒なやつだ」


 ガルドが即答する。


「でも」


 少しだけ、考える。


「使い道はあるな」


「あるんですか!?」


「速さは本物だ」


「いや危険も本物です!」


「両方だ」


 ガルドは笑う。



 遠くで、ユーンがまた荷車をいじっている。


 その顔は、いつもの穏やかな青年に戻っていた。



「……次会ったら止めてくださいね」


「たぶんな」


「絶対止めてください」


「状況次第だ」


「その返しやめてください!」



 騒がしくて、危険で、どうしようもなく巻き込まれる日常は――


 また一人、面倒な存在を増やしながら、今日も続いていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ