■第13話「昔いた場所に戻ると、変わったものより変わらないものの方が目につく」
昔いた場所に戻ると、人はまず変わったものを探そうとする。
建物が新しくなっているとか、店がなくなっているとか、道が広くなっているとか、そういう目に見える変化を先に拾って、自分の中にある“時間が経った証拠”と照らし合わせようとする。
でも、本当に胸に刺さるのはたいていそっちじゃない。
変わっていないものの方だ。
昔と同じ場所に、昔と同じ匂いが残っていて、昔と同じように扉が軋んで、昔と同じように誰かがそこで生きていると、変わったのは景色じゃなくて自分の方なんだと、嫌でもわかってしまう。
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その日、ガルド・レインズは朝から妙に機嫌が悪くも良くもない、中途半端に静かな顔をしていて、それが逆にリオの警戒心を刺激していた。
いつものように酒場の椅子にだらしなく座ってはいるのだが、杯に手をつける回数が少なく、借金の話をされてもいつものような言い訳をせず、ミレナに「熱でもあるんですか」と本気で心配される程度には挙動が鈍かった。
「……本当に大丈夫ですか?」
リオが聞く。
「何が」
「何が、じゃないです。朝からずっと変ですよ」
「俺はいつも変だろ」
「そういう意味じゃなくてですね」
リオが言い直しかけた、その時だった。
ギルドの扉が開き、冷たい朝の空気が少しだけ中に流れ込む。
入ってきたのは、見慣れない中年の男だった。
背はそこまで高くないが、肩幅が広く、腕は太く、ただの町人にしては体つきがしっかりしすぎている。髪には白いものが混じっていて、片方の頬に古い傷があり、いかにも“昔いろいろあった”顔をしていた。
男はギルドの中を一度見回し、そしてカウンターでも依頼掲示板でもなく、まっすぐガルドの方を見た。
「……よう」
短い声。
そのたった一言で、ガルドの顔が露骨にしかめられる。
「……なんでいる」
「近く通ったから寄った」
「帰れ」
「ひでえな」
だが、男は気にした様子もなく笑った。
その笑い方は妙に慣れている。
距離の詰め方にためらいがない。
リオは思わずその二人を見比べた。
「知り合い、ですか?」
「知らん」
「知ってるだろ」
男が即座に返す。
「昔、同じ釜の飯食った仲だろうが」
「食ってねえ」
「食った」
「……一回だけだ」
「それで十分だ」
男は勝手に椅子を引いて座る。
「元気そうじゃねえか、ガルド」
「見りゃわかるだろ」
「わかるよ」
男はにやりと笑う。
「太った」
その瞬間、リオは「あ、これはまずい」と直感した。
ガルドの顔に、非常にわかりやすい不機嫌が浮かんだからだ。
「殺すぞ」
「朝から元気だな」
全然堪えていない。
それどころか、言ってはいけないことを言って楽しんでいる顔だった。
⸻
「……誰ですか」
リオが小声で聞く。
「知らん」
「だから知ってるでしょ」
男がまた口を挟む。
「俺はバッシュだ」
そう言って、胸を親指で叩く。
「バッシュ・ローデン。昔ちょっとだけこいつと組んでた」
「ちょっとじゃねえ」
ガルドが低く言う。
「じゃあまあ、そこそこだな」
バッシュは勝手に訂正する。
「それで、そっちは?」
「リオ・クラウスです」
「へえ」
バッシュが目を細める。
「真面目そうだな」
「だいたいそうです」
ガルドが代わりに答える。
「面白みは薄い」
「余計なこと言わないでください」
「でもそういうのが一番長生きするぞ」
バッシュは笑いながら言った。
「こいつと違ってな」
「喧嘩売りに来たのかお前は」
「売ってねえよ、近況確認だ」
⸻
ミレナが警戒半分、興味半分という顔で近づいてくる。
「ガルドさんのお知り合いですか?」
「不本意だがな」
「その返し、昔から変わんねえなあ」
バッシュは肩をすくめる。
「受付嬢か?」
「はい、ミレナ・フィルです」
「ご苦労さん」
妙に落ち着いた声だった。
「そいつの面倒見てるなら大変だろ」
「大変です」
ミレナは即答した。
「借金は増えるし、面倒ごとは起こすし、酒は飲むし、勝手に依頼受けるし、変なこと始めるし」
「愛されてるな、ガルド」
「どこがだ」
「これだけ即答で欠点が出るなら十分だろ」
「欠点しか言ってねえだろうが」
バッシュは楽しそうに笑っていた。
その様子を見て、リオは少しだけ不思議な気持ちになっていた。
ガルドに遠慮なく絡み、からかい、勝手に話を進める人間は珍しくない。だが、この男のそれは、ミレナやドーガやアルとも少し違う。どこか、“昔からそうしてきた”者だけが持つ遠慮のなさがある。
⸻
「で、何しに来た」
ガルドが改めて聞く。
「言ったろ、近く通ったからだ」
「嘘だな」
「半分な」
「残り半分は」
「お前が昼前にこの辺うろついてるって聞いたから、顔見とこうと思ってな」
「誰に聞いた」
「街は狭いんだよ」
バッシュは軽く言った。
「昔の顔を知ってるやつもまだ残ってる」
その言葉に、ガルドは少しだけ目を細める。
「……そうかよ」
「そうだよ」
短いやり取り。
だが、そこだけ妙に温度が違った。
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「なあ、暇か?」
バッシュが急に言った。
「帰れ」
「暇だな」
「違う」
「じゃあ付き合え」
「断る」
「飯くらいいいだろ」
「さっき食った」
「まだ朝だろうが」
「朝飯だ」
「じゃあ昼飯も食える」
「理屈が雑すぎる」
ガルドは本気で嫌そうな顔をしていたが、バッシュはまるで気にしない。
「お前も来るか、リオ」
「え、僕もですか?」
「ついでだ」
「ついでって……」
「見とけよ」
バッシュが言う。
「昔のこいつを知ってるやつと飯食うと、だいたい面白いぞ」
「面白くねえ」
ガルドが即座に否定する。
「お前にとってはな」
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結局、押し切られる形で三人はギルドを出た。
ミレナが「くれぐれも面倒ごとは起こさないでくださいね!」と後ろから叫び、ガルドが「起こす気はねえよ」と手を振りもせず返す。
その時点で、リオはもう半分諦めていた。
こういう流れの時に何も起きないわけがない。
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連れて行かれたのは、街の南側にある鍛冶屋通りの外れだった。
金属を打つ音と、炭の匂いが漂う一角の中に、小さな露店が一つだけ混じっている。
そこで売られていたのは、串焼きだった。
「……飯ってこれですか」
リオが言う。
「いいだろ、うまいぞ」
バッシュは慣れた顔で店主に声をかける。
「三本くれ」
「おや、久しぶりだね」
年配の女性店主が目を丸くする。
その目が、バッシュの後ろにいたガルドへ向いて――ほんの少しだけ止まった。
「……あら」
短い反応。
だが、そこにもまた“知ってる顔”の空気があった。
「ほんとに生きてたのかい」
「なんなんだ今日は」
ガルドが嫌そうに顔をしかめる。
「会うやつ会うやつ同じこと言いやがって」
「だってあんた、ふらっと消えそうな顔してたからねえ、昔から」
「褒めてねえだろそれ」
「褒めてないよ」
店主はきっぱりと言い切る。
バッシュが腹を抱えて笑った。
「相変わらずだな、お前」
「うるせえ」
⸻
三人分の串焼きを受け取り、少し離れた壁際に寄って食べ始める。
香ばしく、肉汁が多く、確かにうまい。
「……おいしいですね」
リオが素直に言う。
「だろ」
バッシュが満足げに笑う。
「ここは昔から変わらねえ」
「昔から、ってどのくらいですか」
「十年以上は余裕だな」
さらっと言う。
リオは横目でガルドを見る。
ガルドは何も言わず、黙々と食っていた。
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「昔のガルドさんって、そんなに有名だったんですか」
リオが思い切って聞くと、バッシュは少しだけ考える顔をしてから、首を横に振った。
「有名、ってのは少し違うな」
「違うんですか?」
「表に出るタイプじゃなかった」
その言い方は、リオが今まで見聞きしてきたものと妙に一致していた。
「じゃあ、どういう感じだったんです?」
「……忙しかったな」
前に食堂の店主が言った言葉と、ほとんど同じ表現。
「どこに行ってもいた」
バッシュは串を持ったまま、少しだけ遠くを見るように言った。
「前線にもいる、補給所にもいる、撤退の道筋も決めてる、誰かが消えたら探しに行く、誰かが動けなくなったら担いで戻る、魔物の癖も見てる、地形も見てる、敵の動きも見てる」
リオは黙って聞く。
「で、全部終わったあとに、何事もなかったみたいな顔して端っこで座ってた」
「……」
「目立つと面倒だからってな」
そこでバッシュは、ようやく少し笑った。
「まあ、実際目立たない方が動きやすかったんだろうよ」
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「盛るな」
ガルドが低く言う。
「盛ってねえよ」
「盛ってる」
「足りねえくらいだ」
バッシュはあっさり返した。
「俺が見てた範囲だけでそれなんだから、お前が一人で勝手に片付けてた部分まで入れたらもっとひでえ」
「ひでえってなんだ」
「働き方が、だ」
その返しに、ガルドは黙る。
図星なのだろうと、リオは思った。
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「……じゃあ、なんで今こんな感じなんですか」
リオがぽろっと口にしてしまってから、「あ」と思った。
だが、二人は特に気を悪くした様子もなかった。
バッシュはむしろ「いい質問だ」と言いたげな顔をした。
「反動じゃねえか?」
「適当だな」
ガルドが言う。
「半分は本気だ」
バッシュが返す。
「若い頃に十人分動いてたやつが、中年になってもそのままなわけねえだろ」
「今も動ける」
「動けると、動くは別だ」
即答だった。
その一言に、ガルドはほんの少しだけ表情を止める。
「……まあな」
認めた。
とても小さな声だったが、確かに認めた。
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「それに」
バッシュは続ける。
「今のお前、嫌いじゃねえぞ」
ガルドが露骨に嫌そうな顔をする。
「気持ち悪いこと言うな」
「なんでだよ」
「似合わねえ」
「お互い様だ」
バッシュは笑う。
「昔は昔で危なっかしかったからな」
「どこがだ」
「全部だよ」
言い切られた。
「立ち止まらねえ、休まねえ、誰かに任せねえ、でも表には出ねえ」
一本一本、釘を打つみたいな言葉だった。
「今みたいに、くだらねえことで酒飲んで、適当に笑って、周りに怒られてる方が、まだ人間っぽい」
リオは息を呑む。
その言葉には、からかいでも茶化しでもない本音が混ざっていた。
⸻
ガルドはしばらく何も言わず、食べ終えた串を軽く弄んでいた。
それからようやく、どうでもよさそうに言う。
「……人間だったろ、昔から」
「半分くらいはな」
「半分かよ」
「残り半分は何か知らねえ執念だ」
バッシュが笑う。
その笑いに、悪意はない。
ただ、本当にそう思っている人間の言い方だった。
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「お前は今、何してるんですか?」
リオが聞くと、バッシュは肩をすくめた。
「今は運び屋みたいなもんだ」
「運び屋?」
「街と街の間を回って、必要なもん運んだり、護衛したり、時々揉め事片付けたり」
「冒険者じゃないんですね」
「登録は残ってるが、ほとんど使ってねえな」
バッシュは少しだけ空を見上げる。
「表に立つのは向いてねえし、組織に縛られるのも性に合わん」
「……ガルドさんと少し似てますね」
「だろ?」
「似てねえ」
ガルドは即答した。
だが、バッシュは気にしない。
「似てるよ、面倒ごとの近くにいるくせに、面倒ごとが嫌いな顔するところとか」
「それはお前もだろ」
「まあな」
そのやり取りを見ていると、二人が昔どういう距離感でいたのか、少しだけ想像がつく気がした。
べったり仲がいいわけじゃない。
でも、背中を預けたことがあるのは間違いない。
そういう距離だ。
⸻
「で」
バッシュが唐突に話を変える。
「手合わせするか?」
「断る」
「即答だな」
「面倒だ」
「昔は嫌いじゃなかったろ」
「今は嫌いだ」
「太ったからか」
「殺すぞ」
その一言で、空気が少しだけ和らいだ。
重くなりかけた会話を、自分から雑に崩していく。
たぶん、こういうところも昔から変わっていないのだろう。
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「なあ、リオ」
バッシュが急にこちらを向く。
「はい?」
「こいつの動き、ちゃんと見とけよ」
「……はい」
「言葉で教えるのは下手だろうが」
「それはもう、すごく」
「だろうな」
バッシュは笑った。
「でも、見て覚えられる部分は多い」
「そうなんですね」
「多いどころじゃねえよ」
そこでバッシュは少しだけ真面目な声になる。
「こいつ、自分がどう動いてるか言語化できねえだけで、やってることはだいたい正しい」
リオは小さく頷く。
それは、アルもゼノンも似たようなことを言っていた。
「だから、お前がもし真面目に強くなりたいならな」
バッシュは続ける。
「“なんでそれができるんですか”じゃなくて、“今何を見てたんですか”って聞け」
「……何を見てたか」
「そっちの方がまだ答えやすいはずだ」
リオはその言葉を頭の中で繰り返した。
たしかに、ガルドは“どうやったらできますか”と聞かれるとだいたい雑になるが、“何を見たんですか”系の質問には、時々具体的に返すことがある。
「ありがとうございます」
「礼はまだ早い」
バッシュは笑った。
「実際やってみて、使えたら礼にしろ」
⸻
その時だった。
少し離れた通りから、甲高い悲鳴が上がった。
「――っ!」
全員の視線が一斉にそちらへ向く。
荷車が一台、石畳の段差に片輪を取られて傾き、積み上げていた木箱が崩れかけていた。その近くでは小さな子どもが立ちすくんでいる。
考えるより先に、ガルドが動いていた。
串を投げ捨て、一歩で距離を詰める。
傾いた荷車を肩で支え、崩れ落ちる箱を片手で受け止め、そのまま子どもの前にいた女性を引っ張って下がらせる。
速い、とリオが認識した時にはすでに終わっていた。
「ぼーっとすんな、危ねえだろ」
子どもの頭を軽く叩く。
泣きそうな顔で固まっていた子どもは、ようやく声を上げて母親にしがみついた。
荷車の主らしい男が顔を真っ青にして駆け寄る。
「す、すみません! ありがとうございます!」
「礼はいい、先に車輪見ろ」
ガルドは短く言う。
「軸が歪んでる、無理に引くと逆側もいくぞ」
「え、あ、はい!」
指示が飛ぶ。
その声は、さっきまで串焼きを食っていただらけたおっさんのものとは思えないくらい迷いがない。
バッシュが横で、少しだけ目を細めていた。
「……変わんねえな」
小さく、誰に聞かせるでもなく言う。
⸻
片付けが済むまでの数分、ガルドは荷車の主に簡単な補強の仕方を教え、子どもが完全に落ち着くのを確認し、最後に「次からは積みすぎんな」とだけ言って元いた場所に戻ってきた。
「ほらな」
バッシュが言う。
「何がだ」
「動く時は動く」
「当たり前だ」
「それを当たり前って顔でやるのが、お前の良くないとこだ」
「褒めてねえな」
「褒めてねえよ」
きっぱり返された。
⸻
「……さっきの」
リオが言う。
「何を見てたんですか」
バッシュの助言を思い出して、そのまま聞く。
ガルドは一瞬だけこちらを見た。
「荷の傾きと、子どもの足」
「足?」
「逃げる向きが逆だった」
短い答え。
「母親が先に動いて、子どもが置いてかれる形になってた」
リオは息を呑む。
自分は悲鳴しか聞いていなかった。
そこまで見えていなかった。
「だから荷より先に人の位置を切った」
「……」
「荷は重いが、人より遅い」
言い終えてから、ガルドは少しだけ眉をひそめた。
「なんだその顔」
「いえ」
リオは少しだけ笑った。
「聞き方、合ってたんだなと思って」
「……誰に言われた」
バッシュが口笛を吹く。
「いやあ、俺は何も」
「お前か」
「正解だろ?」
ガルドは露骨に嫌そうな顔をしたが、否定はしなかった。
⸻
その後、もう少しだけ街を歩き、バッシュは「俺はこのまま南に抜ける」と言ってそこで別れることになった。
「また来るのか」
ガルドが聞く。
「気が向いたらな」
バッシュが答える。
「お前がまだその辺でだらけてるなら顔くらい見に来てやる」
「来なくていい」
「そう言うな」
バッシュは笑う。
「お前がちゃんと“今”にいるか、たまには確認しねえと」
その一言に、ほんの少しだけ沈黙が落ちる。
だが、ガルドは結局、肩をすくめるだけだった。
「勝手にしろ」
「おう、勝手にする」
それがたぶん、この二人なりの別れ方だった。
⸻
「……不思議な人でしたね」
リオがぽつりと言う。
「そうか?」
「はい。軽いのに、重いこと言うというか……」
「面倒なやつだろ」
「それはそうですけど」
ガルドは少しだけ笑う。
「昔からだ」
「長い付き合いなんですね」
「まあな」
そこでガルドは一度言葉を切った。
「何回か、死にかけたことがある」
「……一緒に?」
「向こうが勝手にだ」
「絶対違いますよね」
だが、それ以上は深く言わなかった。
それで十分なのだろう。
⸻
昔いた場所に戻ると、人は変わったものを探そうとする。
でも、本当に刺さるのは変わっていないものの方だ。
今でもそこにいて、今でも同じように笑って、今でも勝手なことを言ってくる相手がいると、自分がちゃんと今まで生き延びてきたのだと、嫌でも実感させられる。
それは少し鬱陶しくて、少しだけありがたい。
たぶん、そういうものだ。
⸻
「で」
しばらく歩いたあと、ガルドが言う。
「飲むか」
「やっぱりそうなりますよね」
「串だけじゃ足りねえ」
「普通にお昼食べましょうよ」
「酒場でいいだろ」
「結局戻るんですか」
「戻る」
「一周してるだけじゃないですか」
「人生だいたいそういうもんだ」
「急にそれっぽいこと言わないでください」
リオが呆れていると、ちょうど前方からミレナが早足でこちらに向かってくるのが見えた。
「あっ、いた!」
開口一番、嫌な予感しかしない声だった。
「何やってるんですか二人とも! ちょっと目を離したら見知らぬおじさんと一緒に街歩いてるってどういうことですか!」
「見知らぬじゃねえ」
ガルドが言う。
「知り合いだ」
「それならなおさら説明してください!」
ミレナは一気に詰め寄ってくる。
「しかもカインさんが来てるんですけど!」
「なんでだよ」
「なんでじゃありません! セリアさんが薬材運搬の手伝い頼んだら、自分も行くって言って、でも人手足りないから追加で何人か欲しいって話になって!」
「じゃあリオ行け」
「なんで僕だけなんですか」
「お前若いだろ」
「その理屈便利すぎません?」
「ガルドさんも来てください!」
ミレナが叫ぶ。
「嫌です」
「嫌じゃありません!」
「今日はもう昔なじみに疲れた」
「知りません!」
「心が弱ってる」
「さっきまで元気に串焼き食べてたでしょうが!」
完璧に見られていたらしい。
⸻
結局、そのまま薬材運搬の手伝いに引っ張られることになった。
ギルドに戻る途中、ガルドは何度も「俺じゃなくてもいいだろ」とぶつぶつ言い続け、ミレナはそのたびに「よくありません!」と即座に切り返し、リオは半ば笑いを堪えながらその後ろを歩いていた。
少し前まで、ガルドの過去の断片に触れて、言葉にしづらい重みを感じていたはずなのに、こうして数分後にはまた借り出されて運搬要員にされているのだから、この人の人生は本当に落差でできているのだと思う。
⸻
ギルド前に戻ると、セリアが困ったような笑顔で待っていて、その隣には案の定カインが立っていた。
「……遅い」
開口一番それだった。
「うるせえな」
ガルドが返す。
「お前が早すぎるんだよ」
「普通だ」
「お前は真面目すぎる」
「そっちがだらけすぎなんだ」
もう会話が始まっている。
リオはため息をつきながらも、少しだけ安心していた。
ああ、いつもの日常にちゃんと戻ってきたんだな、と。
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「ガルドさん」
セリアが少し心配そうに聞く。
「大丈夫ですか?」
「何が」
「なんだか、今日は少し変だったってミレナさんが」
「余計なこと言うな」
ガルドが睨むと、ミレナは「事実です!」と胸を張った。
セリアは少しだけ困ったように笑って、それから静かに言う。
「無理はしないでくださいね」
その言葉に、ガルドは一瞬だけ目を逸らす。
そして、いつもの軽い調子で肩をすくめた。
「してねえよ」
「ならいいです」
セリアはそれ以上追及しなかった。
たぶん、そういうところも彼女の優しさなのだろう。
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「よし、運ぶぞ」
ミレナが手を叩く。
「薬材倉庫から治療棟まで、箱を六つ。割れ物注意、順番厳守、勝手に積み替え禁止です!」
「急に面倒だな」
「最初から面倒なんです!」
「でかいのはカイン」
「構わん」
「軽いのはリオ」
「はい」
「俺は?」
「全部です!」
「理不尽だ!」
「理不尽なのはあなたです!」
いつもの調子だ。
いつものやり取りだ。
ついさっきまで、昔を知る人間と過去の欠片みたいな話をしていたはずなのに、それでもちゃんと今が上書きしてくる。
それがきっと、この日常の強さなのだろう。
⸻
昔を知ってるやつは、だいたい余計なことを言わない。
でも、たまに会って、たまに笑って、たまに雑に過去を突いてきて、そのたびに少しだけ自分の立ち位置を確かめさせてくる。
鬱陶しいが、たぶん必要なものだ。
今の自分が、ちゃんと今にいるかどうかを、見失わないために。
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「なあリオ」
「はい」
箱を抱えながらガルドが言う。
「さっきの聞き方」
「何がですか」
「悪くなかった」
短い一言だった。
だが、リオは少しだけ驚いて、それから素直に笑った。
「ありがとうございます」
「調子に乗るなよ」
「そこは素直に褒めてくださいよ」
「面倒だ」
「やっぱりそこに戻るんですね」
ガルドは笑う。
ミレナは前から「私語してないで運んでください!」と怒鳴る。
カインは黙々と箱を持ち、セリアは小走りで扉を開ける。
騒がしくて、少しだけ重くて、それでも最後には必ず日常へ戻ってくるこの時間は――今日もちゃんと、続いていた。




