■第11話「守るやつは、戦わない時間の方が長い」
守るというのは、戦っている瞬間だけのことを指す言葉じゃない。
本当に守っている時間は、その何倍も長い。
何も起きない時間を維持し続けること、それ自体がすでに“戦い”に近いのだ。
そして、その戦いは、だいたい誰にも評価されない。
⸻
昼過ぎ、街の門の前はいつものように穏やかな往来が続いていて、荷馬車が軋む音や行商人の声、子どもが走り回る足音が混ざり合う中で、その流れを遮ることなくただ静かに立っている男が一人いた。
「……やっぱり、こういうのって地味ですよね」
少し離れた場所で様子を見ていたリオがそう呟く。
「地味だな」
隣でガルドがあっさり答える。
「でも、一番重要だ」
「そうなんですか?」
「ここが崩れると全部崩れる」
ガルドの視線の先には、門番として立つドーガ・バルドの姿があった。
背筋を伸ばし、余計な動きは一切なく、ただそこに立っているだけなのに、なぜか“この場所は大丈夫だ”と思わせるだけの存在感がある。
「……あれが“守る”ってやつだ」
ガルドがぼそりと言う。
⸻
「おう、何しに来た」
ドーガが気づいて声をかける。
「暇つぶしだ」
「帰れ」
「ひでえな」
いつもの軽口だが、そこには気の抜けた空気はなく、ドーガの声はどこまでも安定していた。
「仕事中だろ」
「見りゃわかる」
「なら邪魔すんな」
「見てるだけだ」
「それが邪魔だ」
だが追い払うわけでもない。
ガルドもその場から動かない。
リオは少し戸惑いながら、その間に挟まれる形になった。
⸻
「……ドーガさんって、ずっとここにいるんですか?」
リオが聞く。
「基本はな」
ドーガは答える。
「交代はあるが、昼の時間帯はだいたい俺だ」
「大変じゃないですか」
「慣れだ」
短い言葉。
「戦う方が楽だ」
その一言に、リオは少し驚いた。
「え?」
「敵が来るなら、やることは決まってる」
ドーガは前を見たまま言う。
「だが、何も来ない時間は、ずっと気を張ってなきゃならん」
「……」
「それが一番疲れる」
静かな声だった。
⸻
「……家庭はどうなんだ」
ガルドがぽつりと聞く。
「普通だ」
ドーガが答える。
「嫁がいて、飯があって、帰る場所がある」
「いいな」
「お前も作れ」
「面倒だ」
「そうか」
会話は短い。
だが、そこに無駄はない。
⸻
「なあリオ」
「はい」
「見てみろ」
ガルドが顎で指す。
ちょうど門を通ろうとしていた一台の荷馬車、その後ろに続く二人組の男、さらにその後ろに荷物を抱えた老人――一見何の変哲もない流れだった。
「何がですか?」
「よく見ろ」
リオは目を凝らす。
だが、特に違和感はない。
「……わかりません」
「だろうな」
ガルドが言う。
「でもな」
一歩だけ、ドーガが前に出た。
「止まれ」
低い声。
荷馬車の御者が驚いて手綱を引く。
「……何か?」
「荷を見せろ」
「え?」
「確認だ」
淡々とした声。
「決まりだ」
御者は戸惑いながらも荷を開ける。
布の下。
そこにあったのは――不自然に隠された鉄製の箱。
「……これは」
御者が言葉に詰まる。
「申請にない荷だな」
ドーガの声は変わらない。
だが、空気が変わる。
後ろの二人組がわずかに動いた。
「リオ」
「はい!」
ガルドが短く言う。
リオが構える。
次の瞬間、二人組の男が同時に動いた。
だが――遅い。
ドーガが一歩踏み込む。
ただそれだけで、間合いが支配される。
腕を掴み、地面に叩きつける。
音が鈍く響く。
終わりだった。
⸻
「……なんでわかったんですか」
騒ぎが収まったあと、リオが聞く。
「違和感だ」
ドーガが言う。
「荷の揺れ方と、御者の手の動きが合ってなかった」
「そんなの見えるんですか」
「見ようとすればな」
淡々とした答え。
「……すごいですね」
「仕事だ」
それだけだった。
⸻
「な?」
ガルドがリオを見る。
「これが守るってやつだ」
「……はい」
リオは頷く。
さっきの動きは派手じゃなかった。
だが、確実に“止めていた”。
何かが起きる前に。
⸻
夕方。
交代の時間が近づく。
「今日はもう終わりだ」
ドーガが言う。
「帰るか」
「おう」
ガルドが答える。
「飯でも食ってくか?」
「家で食う」
「真面目だな」
「普通だ」
リオは少し考えてから言った。
「……お邪魔してもいいですか?」
ドーガが一瞬だけ止まる。
「……構わん」
「いいんですか?」
「大したもんは出ないぞ」
「それでもいいです」
ガルドが笑う。
「面白そうだな」
「お前は帰れ」
「なんでだ」
「荒らすからだ」
「否定できねえな」
⸻
ドーガの家は、街の端にあった。
大きくも小さくもない、普通の家。
扉を開けると、暖かい空気と、料理の匂いが流れてくる。
「おかえり」
出てきたのは、穏やかな女性だった。
「ただいま」
ドーガの声が少しだけ柔らかくなる。
「客だ」
「いらっしゃい」
自然な笑顔。
リオは少しだけ緊張しながら頭を下げた。
⸻
食卓。
湯気の立つ料理。
シンプルだが、温かい。
「……いいですね」
リオが思わず言う。
「普通だ」
ドーガが答える。
「これがいい」
奥さんが笑う。
「この人、外では怖い顔してるでしょ?」
「してるな」
ガルドが即答する。
「でも家だと普通なんですよ」
「余計なこと言うな」
「事実じゃないですか」
穏やかな空気。
外とは違う時間。
リオはそれを見て、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じていた。
⸻
「……なあリオ」
帰り道、ガルドが言う。
「はい」
「どうだった」
「……すごく、よかったです」
「だろ」
ガルドは空を見上げる。
「守るってのはな」
一拍。
「こういうのを守るってことだ」
リオは言葉に詰まる。
「……はい」
それしか言えなかった。
⸻
守るというのは、戦っている瞬間だけじゃない。
何も起きない時間を維持すること。
帰る場所を守ること。
誰かの普通を壊させないこと。
それができるやつは、たぶん強い。
⸻
「で」
ガルドが言う。
「飯食ったから飲むか」
「やっぱりそれですか」
「締めだ」
「締めなくていいです」
「必要だ」
「必要ありません」
いつものやり取り。
だが、その中にあるものは、少しだけ違っていた。
⸻
静かで、穏やかで、それでも確かに続いている日常は――
誰かが守っているから、今日もそこにあった。




