■第99話「勇者達の休暇」
その日のギルドは、珍しく平和だった。
大きな討伐依頼もない。
緊急依頼もない。
怪我人も少ない。
掲示板の依頼も、若手達だけで十分回せる量だった。
つまり。
「暇だな」
ガルドが言った。
「珍しいですね」
リオが答える。
「お前らが回せるようになったからだろ」
その言葉に、リオは少しだけ驚いた。
ガルドがそういうことを口にするのは珍しい。
ベルクが笑う。
「確かにな! 最近、若いのだけでも何とかなること増えた!」
「何とかなる、じゃ困る」
ミレナが即座に言った。
「ちゃんとやってください」
「やってるだろ!」
「ベルクさんはたまに怪しいです」
「否定できねえ!」
酒場に笑いが広がる。
アルは奥の机で書類を閉じた。
「今日は大きな案件もない」
短く言う。
「若手だけで十分だ」
エインの顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ俺達だけで依頼行くんですか!?」
「ああ」
「やった!」
「調子に乗るな」
ガルドが言う。
「はい!」
元気が良すぎる。
だが、前ほど危なっかしくはない。
返事の後、ちゃんと依頼票を確認している。
荷物の確認もしている。
レオンに「水は?」と言われる前に水袋も見ていた。
「成長したな」
ベルクが笑う。
「昔は鞄忘れてたのに!」
「うっ」
エインが止まる。
「その話、まだ続くんですか!?」
「一生言われる」
ナナが笑った。
「ギルドってそういう場所」
「そんな!」
「安心しろ」
ガルドが酒を飲みながら言う。
「ベルクなんか二十年前の話まだ言われてる」
「やめろ!」
「何したんですか?」
リオが聞く。
ガルドは即答した。
「毒茸食った」
「また!?」
「しかも自分で採ったやつ」
「確認したって言ってたんだぞ!」
ベルクが叫ぶ。
「色似てたんだ!」
「初心者」
マルクの声が後ろからした。
いつの間にかいた。
「うわっ!?」
エインが飛び上がる。
「マルクさん、また気配ない!」
「普通だ」
「普通じゃないです!」
今日は珍しく、マルクもいた。
ふらっと戻ってきて、ふらっと椅子に座っている。
ユリも昼から酒場にいた。
昼なのに酒を飲んでいる。
「昼酒は背徳感あってうまい」
「駄目な大人だ」
メイナが小声で言う。
「でも強いんだよなぁ……」
ユリはエインを見る。
「で、今日は若手だけ?」
「はい!」
「死なないでね」
「怖いこと言わないでください!」
「冗談」
「顔が冗談じゃない!」
ユリは笑う。
その横で、セリアがお茶を飲みながら穏やかに言った。
「皆さん、ちゃんと育ってますよ」
「そうか?」
ガルドが聞く。
「はい」
セリアはリオ達を見る。
「前より、周囲が見えるようになっています」
「……」
リオは少し照れた。
「エインくんも、ちゃんと確認するようになりましたし」
「はい!」
「レオンさんは少し柔らかくなりました」
「努力しています」
「メイナさんは元々しっかりしていますね」
「ありがとうございます」
「リオくんは」
セリアは少しだけ笑った。
「いつの間にか、皆を見る側になってます」
リオは言葉に詰まった。
「そんなこと……」
「ある」
ガルドが言った。
短かった。
でも、否定ではない。
「最近、お前、エイン止める側だろ」
「それはまあ……」
「前は一緒に慌ててた」
「……否定できないです」
ナナが笑う。
「最初の頃なんて、二人で同じ方向に転びそうだったもんね」
「そんなにですか」
「そんなに」
メイナも頷いた。
「でも今は、リオがちゃんとブレーキかけてる」
「メイナさんまで」
「まあ、たまに一緒に暴走しかけるけど」
「それは……」
「否定しないんだ」
リオは苦笑した。
否定できなかった。
実際、まだ未熟だ。
迷うし、焦る。
怖い時もある。
でも、少し前とは違う。
後ろを見る余裕ができた。
エインを止める。
ユーンを止める。
メイナと確認する。
レオンの言葉を依頼人向けに噛み砕く。
そういうことが自然にできるようになっている。
「いいことだ」
アルが静かに言った。
全員が少し止まる。
アルは滅多に褒めない。
「お前達は、ちゃんと前へ進んでいる」
それだけ。
それだけなのに、重かった。
エインが固まる。
「……えっ」
「どうした」
ガルドが聞く。
「アルさんに褒められた」
「珍しいからな」
マルクが言う。
「今日は雪かも」
「降りません!」
「分からんぞ」
ユリが酒を飲みながら笑う。
若手達は依頼へ出ていった。
今日は小規模依頼中心。
荷運び。
倉庫整理。
街道見回り。
全部、今の彼らなら問題なく回せる。
それを見送りながら、酒場に残った勇者パーティ側は、妙に静かだった。
「……なんか」
ベルクが呟く。
「本当に育ったな」
「今さらか」
ガルドが言う。
「いや、最近特にな」
ベルクは窓の外を見る。
「昔は、見てねえと危なかったのによ」
「今も危ない時はある」
マルクが言う。
「でも減った」
「減ったな」
ガルドも頷く。
セリアは少し嬉しそうだった。
「皆さん、優しいですよね」
「誰がだ」
「今の若い子達を見る時です」
セリアは笑う。
「昔の皆さんより、ずっと優しいです」
「俺達そんな酷かったか?」
ベルクが聞く。
ユリが即答した。
「酷かった」
「即答!?」
「ガルドなんか昔、“死ななきゃ覚える”って言ってた」
「言ってたな」
ガルドが普通に頷く。
「怖い」
ナナが笑う。
「でも、今は違うよね」
「まあな」
ガルドは酒を飲む。
「死ぬ前に止める」
「成長」
マルクが小さく言った。
アルは静かに窓を見る。
「……時代だ」
「お」
ユリがにやにやする。
「アルがそれっぽいこと言った」
「うるさい」
「でも分かる」
セリアが頷く。
「昔と今では、ギルドの形も違いますから」
昔は、生き残るだけで精一杯だった。
依頼は命懸け。
失敗すれば終わり。
戦争もあった。
誰かが帰ってこない夜もあった。
だから、強くなるしかなかった。
無茶もした。
間違いもした。
死にかけた。
今の若手達には、そこまで無理をさせたくない。
それが、自然と今の空気になっている。
「でもよ」
ベルクが笑う。
「最近の若いの、結構頼もしいぞ」
「どの辺がですか?」
ナナが聞く。
「エイン」
「意外」
「ちゃんと確認するようになった」
「それは大きいですね」
セリアが頷く。
「前は勢いだけだったからな」
ガルドが言う。
「今も勢いはある」
「あります!」
エインの声が外から聞こえた。
全員が吹き出す。
「戻ってきたのかよ!」
ベルクが笑う。
扉が開く。
エインだった。
息を切らしている。
「どうした」
リオが聞く。
「依頼書忘れました!」
沈黙。
勇者パーティ全員が同時にため息を吐いた。
「成長してなかった」
マルク。
「いや、前よりはしてる!」
リオが慌てる。
「鞄じゃなくて依頼書だから!」
「比較対象が低い」
ユリが笑う。
ガルドが低い声で言う。
「確認しろ」
「はい……」
エインはしょんぼりしながら依頼書を取り、また走り出そうとする。
「走るな」
ガルド。
「はい!」
今度は歩いて出ていった。
酒場が静かになる。
そして。
「……でも」
ベルクが笑った。
「ちゃんと戻ってきたな」
「前なら、そのまま行ってた」
ガルドが言う。
「確かに」
セリアも笑う。
「成長してますね」
「少しずつだがな」
アルが言う。
その後も、勇者パーティ側は珍しくゆっくりしていた。
昼から酒を飲み。
昔話をして。
若手を眺め。
ナナに料理を追加され。
ユリが爆発事故を蒸し返され。
マルクがいつの間にか屋根の上にいて怒られ。
ベルクが肉を食いすぎてセリアに止められ。
ガルドが「うるせえ」と言いながら一番長く居座り。
アルが静かに全部見ている。
どこか、平和だった。
「なあ」
ベルクがふと聞く。
「俺達、昔こんな日あったか?」
少し静かになる。
ガルドは酒を見る。
マルクは目を細める。
ユリは椅子へ深く座る。
アルは少しだけ考えた。
「……少なかったな」
「だよな」
ベルクは笑う。
「昔は、次の依頼とか、次の戦場とか、そんな話ばっかだった」
「平和じゃなかったから」
セリアが静かに言う。
「余裕もありませんでしたし」
「今は平和なのかね」
ユリが酒を揺らす。
「完全ではない」
アルが答える。
「だが、昔よりはずっといい」
その言葉に、皆少し黙った。
昔より、ずっといい。
それは、簡単に言える言葉じゃない。
いろんなものを失って。
いろんなものを守って。
ようやく辿り着いた言葉だ。
「だから」
ガルドが言う。
「若いのには、ちゃんと育ってもらわねえとな」
「お」
ナナが笑う。
「珍しく先輩っぽい」
「うるせえ」
「でも、そうだね」
ナナは窓の外を見る。
依頼から戻ってきた若手達が見える。
エインが何か話している。
リオが聞いている。
メイナが呆れている。
レオンが説明している。
ユーンが紙を広げている。
カイルが「声が大きい」と言っている。
全部、賑やかだ。
「いい感じに育ってるじゃん」
ナナが言う。
「……ああ」
アルが頷いた。
夕方。
若手達が戻ってくる。
依頼は全部問題なし。
小さなミスはあった。
でも、自分達で修正して戻ってきた。
それが大きい。
「おかえり」
セリアが笑う。
「ただいま戻りました!」
エインが元気よく言う。
「今日は依頼書忘れたくらいです!」
「十分駄目」
メイナが即答した。
「でも途中で気づいて戻った」
リオが補足する。
「前なら気づかなかった」
「そこまで!?」
エインが衝撃を受ける。
「成長してるだろ」
ガルドが言う。
「はい!」
エインの顔が明るくなる。
単純だ。
でも、その単純さがいい方向へ向いている。
「リオ」
アルが呼ぶ。
「はい」
「今日はどうだった」
リオは少し考えた。
依頼そのものは難しくなかった。
でも、前とは違った。
自分達だけで動いた。
確認して。
相談して。
修正して。
戻ってきた。
「……ちゃんと、回せました」
リオは言った。
「そうか」
アルは短く頷く。
「なら、それでいい」
その言葉だけで、十分だった。
夜。
酒場は賑やかだった。
珍しく、かつての戦友六人が揃っている。
若手達もいる。
ナナが笑っている。
セリアがお茶を淹れている。
ベルクが肉を焼いている。
ユリが昼から飲み続けている。
マルクがいつの間にか梁の上にいる。
ガルドが「降りろ」と言っている。
アルが静かに酒を飲んでいる。
そして、リオ達若手は、その輪の中にいた。
完全に同じ場所ではない。
まだ少し距離がある。
でも、前より近い。
それが分かった。
「リオさん!」
エインが笑う。
「俺達、ちょっと冒険者っぽくなってきましたね!」
リオは少し考えてから、笑った。
「うん」
「なってきた」
ガルドが酒を飲みながら言う。
「まあ、まだ半人前だがな」
「はい!」
エインは元気よく頷く。
「でも、半人前くらいにはなれてますか!?」
少し静かになる。
ガルド達、元勇者パーティが若手を見る。
リオ。
エイン。
メイナ。
レオン。
ユーン。
カイル。
皆、それぞれ不器用で、未熟で、でも前へ進んでいる。
アルが静かに言った。
「……もう、半分以上だ」
その瞬間。
エインが完全に固まった。
「えっ」
ベルクが大笑いする。
「アルがそんなこと言うから!」
「雪だ!」
ユリが笑う。
「今日は吹雪く!」
「降りません!」
エインが叫ぶ。
酒場中が笑った。
その笑いの中で、リオは少しだけ思った。
この場所は、ちゃんと続いていくのかもしれない。
昔の勇者達がいて。
今の若手達がいて。
失敗して。
怒られて。
笑って。
少しずつ育っていく。
そういう場所として。
酒場の灯りは暖かかった。
外は夜。
でも、ギルドの中は明るい。
誰かが笑っている限り、きっと大丈夫だ。




