第5話 喚く女とハッズの幸運
ガランガランッッ――!!
大きな音が店の奥にいる俺達の耳にも届いた。
誰かが勢いよく入口から入ってきたようだ。
「これはこれは……」
グレイスさんは小さく言葉を零す。
「来てやったわよ! 例の装備はどこにあるのかしら!!」
声の方を見る。金髪ショートカットの女だ。恐らく三十代だと思う。
金ピカ意匠が施された豪華な鎧に腰には流線型の鍔を持つレイピアを差している。
そいつがこちらに向かってズカズカと歩いてくる。
「ほら、さっさと案内しなさい!」
グレイスさんの前に辿り着いた女は胸を聳やかすと命令した。
「私はお客様を案内中ですので。別の者を付けましょう」
そう言うとグレイスさんは別の店員を紹介しようとした。
「何よ、私より優先すべきものなんてないでしょうに!」
女は本気でそう思っているのだろう。全く引く様子がない。
「お客様に上も下もありませんよ」
「うるさいわね、このカレン=プランドラー様が買ってあげると言っているの!」
「まだご説明の途中ですから、少々お待ち下さい」
「後ろのそれが例の装備ね!?」
「そうですが、もう少々お待ち下さい」
「ならさっさと私に売りなさい!」
女はそう言うと地団太を踏む。その醜く歪んだ顔は見るに堪えない。
言葉は分かるのに話が通じない人間を初めて見た。
「あんた達は何? さっさそこをどきなさいよ!」
今度は側にいた俺達をどかそうと手を伸ばしてきた。
俺は咄嗟にマァを後ろに庇うとその手を払う。
「触るな」
俺は思っていた以上に低い声が出てしまう。
「チッ、小賢しいわね! いっちょ前に抵抗するんじゃないわよ!!」
女は吐き捨てるように言うと、今度は俺達をジロジロ見てくる。
「あんた達みたいな貧乏人には関係ない話だったわ」
女はグレイスさんへ向き直る。
「いいから早く売りなさい!」
女はショーケースから籠手を出すように迫った。
「ですから、まだお売りは出来ません」
グレイスさんも商売人としての矜持があるのだろう。全く引く様子を見せない。
俺はマァに視線を向ける。マァは首を横に振った。
それに頷くとグレイスさんに声を掛ける。
「すみませんが、今回は購入を見送ろうと思います」
最後まで引かなかったグレイスさんはすまなそうに、女は勝ち誇った表情になる。
「下民は黙って言う事聞いとけばいいのよ、先に目を付けたのは私なの!」
女は籠手を専用の箱に詰めさせると、代金をカウンターの上に叩き付ける。
そしてすぐに箱を持って店を出て行った。
「はぁ」
嵐はいきなり来ていきなり去っていった。
怒りよりも驚きの方が大きい。
「ありがとうメグル」
マァから声が掛けられる。思ったより穏やかな声だ。
「どういたしまして。それよりよかったの?」
購入に前向きだったのはマァの方だったはず。
「ええ、出来れば欲しかったし、金額も十分足りたけど……」
見間違いでなければ、あの女の叩き付けた代金の中には金色の板があったはずだ。
一度も見た事がないお金だったし相当高いのでは……。
「今回は縁がなかったという事よ。いちいち気にしていたらキリがないわ」
それに、とマァは続ける。
「何だか可哀想になっちゃって」
ほら、と店に入ってからずっと俺と繋いでいる手を見せてくる。
「……」
何でかは分からないがあの女が少し哀れに思えてきた。
「さ、私たちは買い物の続きをしましょ」
「ああ」
買い物の再開だ。嵐の事なんかさっさと忘れて、な。
♢
「申し訳ございません」
外で女を見送ったグレイスさんは、戻ってくるなり俺達に頭を下げた。
「先程の女性はさる名家の娘様でして。甘やかして育てられた為か時々ああやって癇癪を起こされるのです」
「なるほどなぁ」
「ずいぶん我が儘に育ったのねぇ」
マァは顎に手を添えつつ言った。
「他に気になる装備はございますか?」
グレイスさんはそう言ってくれるが、一通り見回って特に欲しいと思える装備はなかった。
マァを見れば彼女も同じ考えのようで、軽く首を横に振った。
「良ければまだ店頭に並べていないダンジョン装備がいくつかございます」
俺達の反応に一つ頷いたグレイスさんは、店の奥へ入り大きめの箱を持って戻ってきた。
「もし気に入った物がございましたら、お詫びに差し上げます」
そう言って丁寧に一つずつ箱の中から装備を取り出していく。
俺は恐縮しつつも好奇心には勝てずにそれらを鑑定していく。
特に覚醒しそうな装備はなかったが、マァに似合いそうな装備は見つけた。
《水晶のナイフ》クラス:Ⅱ 品質:優
・水晶で作られたナイフ。【自己修復】を発動出来る。
【自己修復】クラス:Ⅱ
・装備スキル。装備が自然に修復される。
グレイスさんに断りを入れると手に取り鞘から引き抜く。
刃先から柄まで透き通っていて綺麗だ。それにスキルもいい。切れ味や頑丈さは分からないが、修復されるなら長く使える。
今持っているナイフは普通の物だし、こっちに変えてもいいかもしれない。鞘も鑑定してみたが、こちらはスキルが付いていない普通の物だった。
「うん、いい装備ね」
それとなく勧めてみるとマァの受けもよさそうだ。手に持って細部まで眺めたり、軽く振って使い心地を確かめている。
マァの笑顔と水晶の煌めきはセットにすると一枚の絵画のようだ。
「どうかした?」
視線に気付いたマァはこちらを向くと首を傾げる。
「いや、何でも」
俺も自分の装備を決めなければ……。
急いで装備を選んでいると、端に置かれた木箱の中に何かが入っているのを見つけた。
《古の籠手》クラス:Ⅰ 品質:劣
・金属で作られた籠手だったもの。状態が悪く籠手としては使用出来ない。ただし、適性のある者の手に渡ればその限りではない。
俺の視線に気付いたグレイスさんが苦笑いをしながら言う。
「こちらは纏めて仕入れた商品の中に紛れ込んでいまして。状態も酷いのでお出ししていなかったのです」
グレイスさんはそれを箱から出すとカウンターの上に置く。
「そうなんですね」
「あの……こちらが気になるのですか?」
俺が籠手から視線を外さないのを見て、心配気な顔で訊いてくる。
「はい」
古の文字は俺の星辰の短剣の元になった短剣にもついていた。
これも条件を満たせば覚醒してクラスⅤになる可能性がある。
「決めました。俺は――」
♢
「ありがとうごさいました」
「いえいえ、ご迷惑をお掛けしたのはこちらですから」
俺達とグレイスさんは店の外で話している。
グレイスさんはあの後、籠手とナイフをそれぞれ丁寧に布で包むと渡してくれた。
本当にいいのか何度も確認されたが、結局俺の意思は変わらなかった。ダンジョン装備とはいえ使えない物をお詫びとして渡すのには抵抗があるらしい。
「大丈夫よ。こちらは得しかしてないわ」
「はい、分かりましたお嬢様」
実際に迷惑を掛けたのはあの女だし、本来グレイスさんも被害者側だ。装備をくれたのはグレイスさんの厚意に他ならない。
「お渡しした装備がお役に立つよう祈っております」
最後に優雅に礼をしてグレイスさんは見送ってくれた。
♢
「変な事もあったけど結果としてはよかったわね」
「そうだな」
俺達は店を離れると話し合う。
装備はお互いの鞄にそれぞれ入れていた。
「さっきは訊けなかったけど、メグルの籠手ってもしかして……」
「その通り。ちなみに鑑定結果は俺の短剣と一緒だな」
「……」
マァはちょっと呆れ顔だ。でも俺のせいじゃないから許して欲しい。
いや待て、俺のせいなのか。結局選んだのは俺自身なんだし。
「運がよかったんだよ」
店に行ったら未覚醒装備を無料でもらえた。
怪我の功名とはいえ出来過ぎだな。
運と言えば、ハッズの【幸運】の効果もあるのかもしれない。
俺は理由を考えつつ、マァとハッズと共に次の店へと向かうのだった。
♢
【幸運】クラス:Ⅴ
・通常スキル。指定した対象者の運命が良い方向へ変わる。




