26,ランスロットの計画
ヴェスター王国の国王には三人の息子と一人の姫がいた。
双子の兄が第一王子、弟が第二王子。その双子を産んだあと、王妃は病気で亡くなってしまった。
その後、戦後に結んだ同盟をさらに強固にするという名目で、友好の証という名の人質のように嫁いできていた隣国の姫を王妃に迎え、第三王子と第一皇女が産まれた。
第一王子・第二王子と10歳は年の離れた第三王子のランスロットは、自分の立場を弁えた、聡明な子供だった。大人しい妹の姫と共に、目立たず、表舞台に立とうとはしなかった。
城に引きこもって、剣術もそこそこ、勉学もそこそこに打ち込んでいたランスロットだったが、ある時、三大公爵の一つ、ペティベリー公爵家の長女・イヴリンと共にひと時、学ぶ機会があった。
イヴリンの家庭教師が急病で教鞭を取れないということで、一緒に講義を受けることになったのだ。日にちを分ければ良いと思うところだが、多方面で王族と関係を作っておきたいと考えた公爵の意向だった。幼く、後ろ盾も希薄なランスロットよりも、公爵のほうが立場が強く、ランスロット側は断れなかった。
ランスロットは、“公爵と親しくしている”と兄たちに勘繰られる可能性を考え、下手に波風を立てないよう、あまり親しくならないように、馴れ馴れしく話しかけられても、なるべくそっけなく対応しようと予定していた。しかし、ランスロットの危惧をよそに、イヴリンは最初の形式的な挨拶だけで、真面目に授業に臨み、無駄口はきかなかった。
イヴリンは元々頭が良かったが、それ以上に、面白い発想で課題を解く様が意外で、ランスロットは初めて自分から人に興味を持ってイヴリンを観察していた。
そして最初の授業が終わり、教師が部屋を出てすぐ、ランスロットはつい、イヴリンに話しかけてしまった。
『あのような発想はどういうところから出てくるのだ?』
ランスロットは単純にイヴリンの勉強方法を聞こうと思っただけだった。しかし、イヴリンの返事は意外なものだった。
『恐れ多くも殿下、もっと本気で課題に取り組んだらいかがでしょうか? 私のような者の回答より、殿下はもっと効率的な回答を持っていたはずです』
嫌みというより、純粋な疑問という顔でイヴリンがそう言った。
『真剣にやっている。馬鹿にしているのか』
ランスロットは、少し見直していたイヴリンに、そんなことを言われてカチンときた。ランスロットは自分の想像よりも強い言葉と口調で反論する。
『ご気分を害してしまったら申し訳ございません。ここでは教師と私しかおりませんから、手加減をしなくて良いという意味で申しました。…本当は全ての課題に対し、私より早く答えをお持ちのように感じましたので』
イヴリンは、教師さえも見抜けていなかったランスロットの実力を察していた。
『…なぜ?』
『課題を見てからすぐに周囲の観察をしたり、ペンを持つ手が迷ったり。時間を持て余している感じが致しましたので、既に解かれているのかな、と。…私も自分を偽ることがありますので、身に覚えがありました』
周囲の侍従に聞こえないように、いたずらっぽくランスロットの耳元に囁く。
『見ているのは私と教師だけです。外に漏らさないと約束します。
この時間だけはそのままで良いのではないでしょうか』
にっこりと微笑むイヴリン。
その笑みは、包容力をも感じる温かな笑みだった。
ランスロットは初めて存在を許されたような、解放されたような気分になった。
その後、一か月程度、一緒に学ぶ機会が得られ、ランスロットにとっては自分を偽らず交流できる、数少ない癒しの時間となった。
姉を慕うような気持ちでイヴリンを想うようになったが、自分の婚約者候補の話が出る機会が多くなり、イヴリンが婚約者だったら楽しいのに…と思うようになり、家族に対するような気持ではないと自覚した。
しかし、イヴリンには既に婚約者がいることは知っていた。
『イヴリンが婚約者になってくれれば良いのに』
ついそう漏らしてしまうことがあった。
『婚約破棄されたら、そうですねえ…』
一考するような思わせぶりなイヴリンのその言葉に、前のめりになるランスロット。
『イヴリンが婚約破棄されたら、俺の婚約者になってくれるか?』
『う~ん、その時に私が王都に居たら、なれるかもしれません』
この時イヴリンは、自身の今後の運命を知っていて、遂行することを決めていた。なので、ランスロットの婚約者になる未来はないことも知っていて、【できないもの】として曖昧に答え、そしてその後、思い出すこともなかった。
その内、何も得るものがないと悟った公爵によって共に学ぶ機会はなくなり、そのまま二人が再会する事はなかった。
ランスロットは、結婚できる年になるまでに、王族としての立場を確固たるものにし、味方を増やし、発言力を得て、イヴリンの婚約を破棄できる権限を持てるように頑張っていた矢先…であった。イヴリンはリオ・ベンデラークと婚約破棄し、そして王都を追放された。
(まさか…婚約破棄されたら王都を出ていくと元々決めていたのか…? 俺のことなど、少しも考えていなかったのか…?)
聡明なランスロットは、イヴリンが婚約破棄と、王都追放を予期していた事を察した。
ランスロットは怒りとも執着ともいえる感情を抱き、それを原動力に、イヴリンを王都に引き戻すための策を講じた。ロスグラン侯爵領に見張りを派遣し、イヴリンの同行を逐一報告させた。侯爵邸は管理者が少なすぎてランスロットの手の者が及ばない範囲であったが、もし侯爵に追い出されたら、すぐに自分の元に回収しようと見張らせていた。
イヴリンの毒殺未遂の事件を水面下で率先して明らかにしたのはランスロット王子であったし、アカデミーへの再入学の許可がスムーズに進んだのも、ランスロットの指示があった。
そうして思惑通り、イヴリンを王都に…アカデミーに戻すことができた。ロスグラン侯爵側からも王への働きかけがあったことも大きかった。
…しかし、ランスロットの母親に与えられている領地の名でイヴリンを戻す予定が、ロスグランの名で戻ってくることになったのはランスロットの想定外であった。それでも、イヴリンをアカデミーに入学させるためだけであるからか、式も催していない書類上の簡素な契約のような結婚関係だと知っている。だから、いつでも離縁させられると考えていた。
これで、イヴリンが言った、『婚約破棄しても、王都にいたら』の状況を作り出せた。
ランスロットはイヴリンが約束を覚えていないことも想定内だった。
じっくり落としていく予定でいた…が、元婚約者のリオがイヴリンに絡んでいたのを認めると、居てもたってもいられなくなってしまった。
そうして全く計画通りではなく、想定外に婚約宣言をしてしまったのだ。
しかし、ランスロットは燃えていた。
(逃がさない…今度は絶対に)




