24,穏やかな(?)アカデミー生活
「殿下!」
後ろから自分を追いかけてくる声に一瞬期待したランスロットだったが、すぐに声の主は自分の世話役の執事・ダグラスであると分かる。ダグラスは、幼少期からランスロットの傍で成長を見守っていた人物だ。
「殿下、誰を待っていたかと思ったらイヴリン・ペティベリーだったのですか。あの者に関わるのはおやめください…」
「……」
黙ったままのランスロットに、ダグラスは不安な面持ちになる。ランスロットは王子の中で唯一婚約者を持っていない王子。もちろん今までも候補は数多いたが、婚姻が結べる16歳までは放っておいて欲しいとの王子からの申し出があり、まだ空席のままだった。その代わり、王の言う通りに、大人しく勉学や剣術に邁進してきた優秀な王子だった。
ついに期限である16歳を迎えようとしている年に、アカデミーに入学するとあって、学校で良い婚約者を自分の力で見つけたいのだとダグラスは思っていたのだが――
(もしかして、何やらこそこそ動いていたのはイヴリン元公爵令嬢の…いや…)と、ダグラスは自分のとある危惧を振り払うかのように首を振り、スタスタと教室に向かっていくランスロットを追いかけるのだった。
◆
入学してから数日、イヴリンは順調な学生生活を送っていた。
今日も穏やかに歴史の講義を受けている。
(シーアは2年、リオは3年に進級したから、1年からやり直してる私と同じクラスにならないのが功を奏したのね。見た目も地味にしたし…)
そう述懐しながら、少し離れた席に鎮座するランスロットをちらっと見る。ランスロットは護衛が守りやすい特別席に座り、真剣な表情で授業を受けている。
(ただ、ランスロット王子と取ってる講義が結構被ってるんだよね…。
教師のほうが城に来てくれる立場なのに、国王の方針とはいえ、わざわざアカデミーに入学するなんて、殿下って律儀ね、ほんと。
でも、あの時言っていた約束ってなんだろう…身に覚えがないというか、私が忘れてるだけだと思うけど、思い出せないのが気持ち悪いのよね。自分から突き放した手前、聞きにいけないし、そもそも…)
イヴリンは更にランスロットの周囲に目を向ける。授業ではなく、ランスロットをチラチラ見ている女生徒が何人も見つけられる。
(さすが王子、しかもまだ伸び盛りとはいえ既に精悍なイケメンに成長してて、女生徒が放っておかないし。
一応、この学校、王族の婚約者になっても良いような家柄の女子が多いしね。殿下は何故か婚約者もいないらしいし。
…でも、王族にはこちらから話しかけると不敬だから、皆、遠くから見つめてるだけだけど…。万が一また殿下と会話でもしたら、抜け駆けしたって絞められそう。嫌だ。そんなことになったら目立っちゃう…)
初日のランスロットとの会話は、イヴリンが地味に装っていたのが功を奏して、特定されずに済み、難を逃れていた。
イヴリンはランスロットの言葉の真意が気になっているものの、平穏な日々を崩したくないので、現状維持を決め込むことに結論して、再び授業に集中するのだった。
一方、ランスロットは、授業に意識を戻したイヴリンを、人知れず睨んでいた。
◆
しかし、そんなイヴリンの穏やかな日常は長くは続かなかった。
イヴリンが教室を移動するために廊下を歩いていた時だった。
「イヴリン!」
後ろからぐいっと腕を強く掴まれる。
「痛った…」
振り返ると、リオが眉間に皺を刻んだ厳しい顔で立っていた。
「! …リオ」
(ついに見つかってしまった…)
予想していたように諦めた表情になるイヴリン。
「何故 戻って来た。見つけられないように長い髪まで切って、後ろめたい気持ちがあるからだろう。
恥知らずにも、シーアにした事を忘れたのか」
「…シーアにしたことは、本当に申し訳ないと思ってる。罪を償えたと思ってるわけじゃないけど、迷惑をかけないと誓うから。本当に、シーアやペティベリー家の前に現れるつもりもないの」
リオの目を真っすぐ見つめ返して、訴えかけるイヴリン。
何かを逡巡している様子のリオは、黙ったままだ。
「もう婚約者でもない奴がこいつになんの用だ?」
突如、イヴリンを掴んでいるリオの手をぐっと掴み、割り込んだのはランスロットの手だった。




