23,王子との再会
イヴリンの再入学初日は、晴れやかに澄み渡った快晴となった。
ベルベット生地の深い緑の制服を身にまとったイヴリンの髪は、肩につくかつかないかくらいの長さに切り揃えられている。
(ボブにするの、前世ぶりだわ。やっぱり動きやすい。暖かくなってきたからちょうど良い)
昨日サラに頼んだのはヘアーカットだった。軍人上がりの自分ではなく、慣れている使用人を見つけてくるから待って欲しいと主張するサラに、『短くなれば良い』と無理に頼んだのだった。
(ペティベリー家の長女が戻って来たんだってなるべく気づかれたくないってのが本音なんだけどね…。黒のロングは意外と目立つから。
いずれバレるとしてもそれまではコソコソひっそりと学校で過ごしたい、勉強に集中したいのよ…)
万が一バレて騒がれたり、あまつさえ上流貴族のパーティーなどに招かれたら面倒。イヴリンは、放課後は仕事のほうに専念しなければならないのだった。衣服の事業に関係する流行の収集は、中流階級の気軽なパーティーに潜入できれば良いので、アップスタイルができなくても良い。
「よし!サラ、行ってきます」
サラの用意してくれた朝食を食べ、バッグを持ってエントランスの扉から出る。馬車などの送迎はない。
ロスグラン侯爵の援助で学校に通うため、なるべく無駄な出費を減らしたいというイヴリンの意向だ。また、アカデミーのある区画からもそこまで離れていないので、徒歩でも行ける距離であった。
15分程度歩くと、校門が見えてきた。
(半年前、逃げ出してきた以来だわ…。ずっと昔の事のよう…。
でも、今は小説のイヴリンとしてではなく『私』として入学するから…好きにさせてもらいますっ)
よしっと気合いを入れ直して門をくぐるイヴリン。侯爵の推薦で入るため、入学試験などもなかった。そのため、入学したらそのまま授業に出られることになっている。
イヴリンは目立たないように下を向きながら、校舎に向かって歩く。
「おい」
声をかけられたことにも気づかず進んでいく。
「おい!」
次第に大きくなる声にも気づかない。
「おい!!」
「わぶっ」
ついに、イヴリンの前に立ちはだかった人物にぶつかる。
「ちょっと…」
道を塞がれた事に文句を言おうとイヴリンが顔を上げると、そこには、少年…から青年に成長しようかという美しい男性がいた。薄い金髪に褐色の肌、明るい緑の瞳、既に170cm後半はあろうかという長身だが、まだ伸びそうな、成長の過渡であるようだ。
「……どなた?」
イヴリンはきょとんとして問いかける。
(金髪に緑の瞳…どこかで見たような…)
記憶を探るも、思い出せない。
「無視しただけでは飽き足らず、覚えていないとは、王族への不敬罪だぞ」
金髪のイケメンが怒りを抑えながら不敵に笑って言う。
(王族!?)
イヴリンが彼の後ろに目線を移すと、少し距離を置いて、護衛だと見られる騎士と執事が一人ずつ控えているのが見える。それと同時に記憶が蘇る。
「しっ…失礼しました。ランスロット殿下におかれましてはご機嫌麗しく…」
慌ててカーテシーをとったイヴリンだが、嬉しさを抑えきれないようにすぐ顔を上げる。
「格好良くなられて…!」
(ランスロット第三王子。
王宮で一緒に勉強した以来だわ…あんなに可愛かったのにイケメンになって!)
親戚の子供の成長を見たように満面の笑みになるイヴリン。
「かっ…!? 無礼だぞ! せっかくお前が入学すると聞いてわざわざ待っていてやったのに無視するし!」
「そういう乱暴な言いざまも変わっておりませんね~」
小動物を見るように目を細めるイヴリン。体は10代でも、中身は成人済のイヴリンにとって、ランスロットは、だいぶ年の離れた可愛い弟に見えている。
「いい加減にしろよ。何故前にもまして馴れ馴れしくなった。…それに、髪はどうした」
ピキピキと青筋を立てながら、ランスロット王子はずっと気になっていたイヴリンの髪型について問う。イヴリンを見間違うことはないが、性格も以前と印象が違う。美しかった長い黒髪も、雑に切りそろえられてしまっている。
「殿下におかれましては、私の事を覚えていただき嬉しく存じます。ですが、ペティベリー家のイヴリンは死にました。今はロスグラン侯爵家の者…別人として入学しております。
いたずらに昔の知り合いからご心配をいただくことが本意ではないので、このような髪にして身をやつしております。
殿下のお心に掛かる事ではございませんので、これにて失礼させていただければと」
(意訳すると、放っておいて欲しいということなんだけど、伝わったかな?)
畏まったイヴリンの説明を聞いて、ランスロットはすっと表情をなくす。
「…俺との昔の約束も反故にするという事か?」
(約束…?)
ランスロットの言葉に心当たりがないイヴリン。
その雰囲気を感じたのか、ランスロットは険しい表情になる。
「もう良い。お前など」
ランスロットは、興味をなくしたようにイヴリンの前から去っていった。
「嵐のようだったな…」
イヴリンは、予想外の出会いに、面食らっていた。




