19,過去と未来
ロスグラン邸がある山を馬車で登っていくと、小高い高台に小さな公園がある。登山する人の休憩所になっているような場所だ。
(邸宅から街や農地のあるほうに下りることが多いから、この山を登るのは初めてだな…)
馬車を降りたイヴリンは、もの珍し気に辺りをきょろきょろと見回す。
「ここからだと、ロスグラン領をおおよそ一望できるんです」
そう言うヴィンセントの視線を追うと、一面に領地が広がっていた。
「本当ですね。綺麗な領地です」
イヴリンは目を細め、ヴィンセントの横に並ぶ。
ヴィンセントは、真面目な表情になり、領地を見渡せる方向と逆の方向をすっと指さす。
「あちらの山を越えると隣国の領地です。この地は数十年前に、戦地でした。――それも最前線の。
私はその時、平民に等しい貧乏貴族の出身で、家のために、食べるために戦地で戦って、気づけば軍を率いる存在としてこの地にいました。あらゆる手を尽くして、被害を最小にしつつ勝利する道を見つけましたが、このロスグランの地だけは、相当の被害を受けました。住宅地も農地も戦火を免れず…ほとんど更地になりました」
ヴィンセントのその言葉を聞いて、イヴリンは眉を寄せる。
(…だから街も綺麗で農地も若いんだ。灰や泥や血にまみれた地を復興させるなんて、途方のない…)
イヴリンが知る限りだと、それでも非戦闘員は避難させ、人的被害を最小限にできたのも侯爵の功績だということ。
無表情で語るヴィンセントの表情からは何も読み取ることはできなかったが、イヴリンもこの半年、領地と向き合ってきたつもりだ。
「侯爵様と、領民の皆さんが…ここまで生き返らせたんですね」
「…贖罪にもならないが、国王にこの地を任せて欲しいと頼んだ。この地を蘇らせるためと…、隣国との協定は強固だが、有事には動けるように。
実は国境警備の人間の他にも元軍の人間を街に住まわせている。そもそもは、復興作業の為にこの地に残った者たちだったから、今は地元や王都に戻っている者もいるが」
(隣国と境界を接する辺境にしては警備が少ないと思ったけど、住人の中にいたんだ…。もしかして、侯爵の素顔を知っている数少ない人ってその方たちかな?)
ヴィンセントの言葉に、イヴリンは一人納得する。
「…だが国王も、罪悪感を感じているのか、その代わりに若い娘ばかり送ってきたが。…私にここを放り投げる事に後ろめたさを感じているとしても、やる事が的外れなんだ。それよりこの地には必要なものがまだあるというのに…」
ヴィンセントは素が出てきていることに気づかない。
イヴリンは、隣のヴィンセントの手を取ると、顔を下から覗き込むように目を合わせる。
「私にもお手伝いさせてください。この地の為に働かせてください。
アカデミーを卒業しても、必ずここに、戻ってきますから」
(また国王から侯爵様に新しいお嬢さんが送り込まれるのは嫌だし…望みはなくても、できるだけ長く侯爵様の妻でいたい。あわよくば、妻をクビにできないくらい、領地の役にも立てれば…という下心はあるけど、この地の役に立ちたいのは本当だし!)
自分の野望に燃えていたイヴリンは気づかなかったが、ヴィンセントは、イヴリンの晴れやかな美しい笑顔に、しばし目を奪われていた。




