18,初デート?
「ヴィンセントさん、好きです」
イヴリンの王都行きが決まったあの日から、イヴリンは、ヴィンセントと二人きりになると、度々、好意を伝えるようになった。恋愛の駆け引きに慣れていないイヴリンの、単純な戦法だった。
(どうせ無理なら、ダメ元でアプローチしてみよう。1%でも、離婚せずに結婚したままで、妻でいさせてくれるかもしれないし。私に残されたチャンスは王都に行くまでしかないんだから。…まあ、敗色濃厚なので、最終日に侯爵様といられるようお願いしたんだけど…。もし願い通り一緒に夜を過ごせたとして、手を出されなかったら諦められるし、思い出にできるから)
それがイヴリンがあの日決意した事だった。
毎日のように伝えられるイヴリンの告白に、ヴィンセントは、「勘違いです」「恩に感じているだけです」などと否定して逃げる。困らせたいわけではないので、イヴリンは、逃げるヴィンセントを追うまではしない。
そんなやりとりが追加されたが、王都行きの準備で慌ただしく、月日はあっという間に過ぎていった。
イヴリンは、進めていた事業をそれぞれ領地の皆に引き継いだ。王都に行ってからも、定期的に連絡を取り、イヴリンも事業を監督するつもりだが、最悪、イヴリンと連絡が取れなくなっても円滑に回るように整えた。
イヴリンの一番大事な仕事、ロスグラン邸の庭も、ひとまずキースとマリーにたまに水やりや手入れをしてもらえれば維持できるように整えた。
(アカデミーの夏季休暇には帰ってこられると良いんだけど…)
半年を過ごして、イヴリンにとってロスグラン邸や領地は地元のような存在になっていた。
王都への出立を翌日に控えたその日、イヴリンは食堂でキースと朝食を共にしていた。
「キースさん、庭の手入れとか、仕事を増やしてごめんなさい」
「…いえ、奥様には、いろいろ教えていただきましたから、その代わりです」
イヴリンはキースに、庭の手伝いのお礼に、和食など前世の記憶でヴィンセントに振舞っていた料理を教えていた。
「それを言うなら、キースさんも私にロスグランの名物料理をたくさん教えてくれたじゃないですか」
困ったような表情でイヴリンが言う。手伝いのお礼の代わりにレシピを教えていたのに、イヴリンもキースから教えてもらっていたのだった。
「…王都に行って、領地が恋しくなったら作ってください」
「そうですね。でもやっぱりキースさんの料理のほうが美味しいですから」
珍しく弱音を吐くイヴリンに、キースは少し心配する。
「…たまに作りに行きましょうか。…本当は王都の邸宅についていっても良いのですが…」
ぼそぼそと話すキースの言葉の全ては聞き取れず、イヴリンが聞き返そうとすると、
「王都で雇った使用人はウチの領地の出身の者なので、ここの名物も作れると思いますよ」
キースの言葉が聞こえていたのか、ヴィンセントが二人の会話に割り込む。
「そうなんですね! それは楽しみです。何から何までありがとうございます」
イヴリンは、ヴィンセントに向けて振り返り、嬉しそうな笑みを向ける。
ヴィンセントは、イヴリンが気を遣わず快適に過ごせるよう、王都の屋敷に、通いの使用人と夜間だけの警備の人間を手配していた。
「奥様、本日のご予定は?」
「昨日のうちに事業の引継ぎや庭の手入れは終えているので、今日はのんびり過ごす予定です」
「では、私にお時間ください」
ヴィンセントはにっこり微笑み、イヴリンの耳元に口を寄せる。
「夜まで…ね」
そう囁くと、朝食を取りにキッチンへと消えてしまった。
(えっ!? もしかして今日…一緒に寝たいって願い…叶えてくれるの!?)
耳を真っ赤にして黙り込んでしまったイヴリンを見て、キースはヴィンセントが消えた方向に、何かもの言いたげな視線を向けていた。
◆
朝食を終えたヴィンセントに、“連れて行きたい所がある”と外出に誘われたイヴリンは、一人自室で服を選んでいた。
(仕事で一緒に外出はしていたけど、完全なプライベートは初めて…デートってことだよね)
夜の事を考えると興奮してしまうので頭の外に置き、目の前のデートへのドキドキを抱えながらイヴリンは支度を急ぐ。手にとったのは、初めてロスグラン邸を訪れた時に来ていた、シンプルな若草色のワンピース。長い黒髪を一つ結びの三つ編みに編み込み、白い花があしらわれた髪止めで結ぶ。
エントランスに向かうと、既にヴィンセントが待っていた。
「…ここに来た時と同じ装いですね。行きましょう」
ヴィンセントはイヴリンの姿を見て、目を細める。
「はい!」
すっと出されたヴィンセントの手を取りエスコートを受けると、イヴリンは頬を紅潮させ、晴れやかな笑みを浮かべた。




