17,告白
「私がロスグラン侯爵ですから」
そうヴィンセントから告げられたイヴリンは、固まった。
「あれ、お気づきではなかったですか? キースや…マリーもおそらく、なんとなく察してますよ。まあ、察しても口にしない人材を雇っておりますが」
世間話をするような自然さで、ヴィンセントはイヴリンに追い打ちをかける。イヴリンは言葉を選ぶように口を開く。
「……全然気づきませんでしたが、よく考えればそうですよね。食事も、二人分にしては少ないと思ってましたし、たまに漏れ聞こえるシャワーを使う水音もほぼ一人分しか聞こえなかった。委任されてるだけかと思ってましたが、実際的には侯爵の仕事はほぼ全てヴィンセントさんがやってらっしゃってましたし…」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやくイヴリンを値踏みするように目を細め、足を組み直したヴィンセントは、すっと表情を消して、「イヴリン」と、初めて名前を呼んだ。
初めて名前で呼ばれたイヴリンはびくっと肩を揺らす。
「はい、侯爵様…」
イヴリンは緊張感を感じ取り、ごくっと唾を呑み込む。
(やばい、今思い返すと、いろいろ失礼を働いていたかもしれない…。それか、一緒に住んでいて察してすらいなかった私の愚鈍さに呆れてるのかも…)
イヴリンは目を泳がしうろたえる。
「王都へ行きなさい。アカデミーで、後悔のないよう勉強してきなさい。
ロスグラン侯爵の夫人として名を貸すために婚姻して入学させますが、卒業したら、離婚手配しますので、好きなところに行って良いですよ。私の妻にするつもりはありません」
(妻に…するつもりはない…)
ヴィンセントの言葉にショックを受けるイヴリン。
(そうだよね、そもそも妻として受け入れてもらえると思ってここに来てないし…自分が生きていければ良いって自分の事しか考えてなかったし…
それなのに、侯爵様の後ろ盾で学び直しまでさせてくれるって…本当に私のために…)
そう思う心とは裏腹に、イヴリンの目にはうっすら涙の膜が貼る。
(もともと…ヴィンセントさんの事は諦めるって決めてたんだもの。平気)
一度諦めようとしたヴィンセントへの想いを、諦めなくて良いのかも、と希望を得たのも一瞬。ヴィンセントであっても、侯爵であっても、イヴリンの気持ちが叶うことはないと突き付けられ、心を押し殺すイヴリン。
(…でも傍に居られなくなるならせめて、悔いのないようにしたい。ダメ元でも…)
涙を堪え、一つの決意をする。
動かなくなったイヴリンを心配するような視線を向けるヴィンセント。
「…入学の時期までに、王都にあるロスグラン邸を使えるように手配するので、そこで過ごしなさい。…分かりましたね?」
いつもの表情に戻ったイヴリンは、真っすぐヴィンセントを見据え、その問いかけに答える。
「はい、ありがとうございます。分かりました。
…でも、王都に行く前に、最後に侯爵様にひとつお願いがあります」
「なんでしょう?私にできることであれば」
「王都に行く前の最後の日に…一緒の部屋で一夜を共に過ごさせてください。
私は侯爵様…ヴィンセントさんが好きです。私の好意には応えていただかなくて良いので、王都に行く前に諦められるきっかけをください」
「は?」
今後はヴィンセントのほうが気の抜けた声を出すのだった。
◆
「ヴィンセントさん? この間もいらっしゃいましたよね? どうしたんですか?」
ロスグラン領の商工会本部の応接室、予定になかったヴィンセントの訪問に驚くオーネスト。
「もう新しい奥様の情報はないですよ!?」
調査を命じられていたイヴリンに対する調査書はつい先日引き渡したばかりだ。
「イヴリンは春に王都に行かせることにした」
ふてぶてしい態度でソファに腰かけ、そう報告するヴィンセント。
「良かったですね。奥様の商才や能力の高さをもったいなく思ってましたもんね。領地で奥様にお世話になっている者たちも応援すると思います。奥様も、王都の悪評も跳ねのけてますます活躍しますよ」
「私が侯爵であることも教えた」
「ああ、そうなんですね、ついに。さすがにこれだけ一緒に暮らしていて気づかないのも、奥様、素直というか…」
不用意な発言をしそうになったオーネストをヴィンセントは睨む。
「…申し訳ございませんっ! 褒め言葉です。見た目のクールさとギャップがある奥様の親しみやすさは、皆大好きな奥様の長所ですからっ。…しかし、その表情だと、奥様は受け入れてくれなかった…てことはないですよね?」
「普通に理解した」
「ああ、ですよね。侯爵様も、いろいろな面倒を回避するために身分を隠しているだけですし、奥様の事はだいぶ前から信頼してましたもんね。口外される心配もありません。
…では、他に何か問題でも?」
「…王都に行く前に一夜を共に過ごしたいと言われた」
憮然とした表情で告げるヴィンセント。
オークリーは一瞬、驚きの表情を浮かべるも、すぐに平静を装う。
「へえ…意外と積極的なんですね。良いじゃないですか。あんな美人。しかもロスグラン夫人にするんですよね?」
「名前は学園に在籍している時だけ貸して、卒業したら好きにするように言った。妻にするつもりもない、と」
「……」
絶句するオーネスト。ヴィンセントは、イヴリンから告白を受けた事実は隠したが、なんとなく察する。
(奥様、おそらくヴィンセント様の時から頼りにしているというか…懐いている感じがあったし…。それは辛いだろうなあ…)
オーネストは、内心そう推察した。
「? どうした?」
黙ったオーネストを不審に思うヴィンセント。
「侯爵様、本当に王都でイヴリン様に良いお相手ができても良いと思っているんですか?」
「? ああ、そう思っている。若いし、当然だろう。政治的意味ないのに、私みたいな初老と結婚する必要はない」
「いやいや、まだ壮齢でしょう? それに、貴族社会じゃこのくらいの年の差結婚はよくある話です。
…でもまあ、言いたい事は分かりますが。しっかり想像しましたか? そうすると、ロスグラン領には戻ってこないかもしれないんですよ? もしまた会えたとしても、イヴリン様の横には、別の男がいるんですよ?」
「……」
再び憮然とした表情になり、黙り込むヴィンセント。
「少なくとも、私や領地の皆はイヴリン様が戻って来られなくなると、寂しいですけどね」
「……その時に考える」
絞り出したような声に、オーネストはため息をつく。
「イヴリン様も寂しく思っているから、侯爵様に同衾をお願いしたんじゃないかと思います。
もし奥様の今後を考えるのであれば、侯爵様が手を出さなければ良いだけの話ですし、せめて、その願いを叶えてあげて欲しいですよ」
「…………考えておく」
なんだかんだイヴリンに甘いヴィンセントは、その願いを叶えてあげるんだろうなあ…と思いながら、ヴィンセントに雑念を与えてしまったかもしれない、と少し後悔するオーネストだった。




