13,師弟関係成立?
イヴリンがヴィンセントに和食を振舞ったその日から、その後も度々、ヴィンセントが夕食に同席するようになった。
(和食、気に入ってくれたのかな…? 珍しかったのかな? 大豆に似た豆がこの世界にもあったから、なんとか再現できたけど、独学での調味料だし心配だったんだけど。もし今後も美味しくできそうな料理があったらまた振舞おう。…嬉しいな)
夕食の席では、イヴリンの庭づくりの途中経過の報告や、イヴリンが進めている領地での事業についても報告したり、ヴィンセントの意見をもらったりしていた。
その日もイヴリンが用意した料理をヴィンセントと食べながら、事業の報告をしていた。
「本当に、自由にさせていただいてありがとうございます」
頬を紅潮させ、柔らかな微笑みをヴィンセントに向けるイヴリン。
「…こちらこそ、領地の利益の事を考えてくださってありがとうございます。
…それと、こちらを商工会より、奥様へと預かっております」
ヴィンセントは、まとまった金額の入った封筒を、机を滑らすようにイヴリンに差し出す。
金銭であると察したイヴリンは、困ったように微笑を浮かべながら眉を八の字にする。
「…いらないと言ったのですが…まさかヴィンセントさんを通して渡してくれるなんて」
イヴリンは、洋服の事業など、自分がプロデュースやアドバイス、卸先の紹介をした案件は全て無償で行っていて、それらの監修料などはもらっていなかった。資金面もロスグラン領地の公的なお金や、侯爵の投資に甘えていたかたちのため、イヴリンは収益をもらう気がなかった。何度か監修料などの名目で支払いの打診はあったのだが、妻としての役目だと言って全て断っていた。
しかし、ヴィンセントも、差し出した封筒を下げるそぶりを見せないので、イヴリンは観念した。
「…分かりました。ありがたく頂戴しますが、こちらはお屋敷に入れてください。私の生活費を出していただいておりますし、侯爵様に事業に投資いただいた分もまだお返しできておりませんし」
イヴリンは一度自分の前に差し出された封筒を再びヴィンセントのほうに滑らす。
「いえ、奥様が言う『奥様の生活費』は庭師代と相殺してますから、受け取れません。投資のほうは事業として取り組んでいることですので、奥様のポケットマネーからいただいては、帳簿上、不都合が生じますので」
イヴリンの申し出に、ヴィンセントは即座に断る。
ヴィンセントは封筒を持って立ち上がりイヴリンの傍に行くと、直接イヴリンの手に封筒を握らせ、そのまま両手でイヴリンの手を包み込む。
「ヴィンセントさん…。これを元手に独り立ちして、屋敷を出ていけってことではないですよね…?」
包まれた手を見つめ、イヴリンが ぽそっと疑問を口にする。
「いえ、今はまだ、奥様に出て行かれると、やはり婚約が解消されたと思われてしまって、抑止力意味がなくなるので、それはないです」
すかさずヴィンセントが否定する。
その言葉を聞いてぱっと表情を明るくするイヴリン。
「まだ…ですよね! 嬉しいです。
分かりました。ではこちらのお金は、領地のためにまた使うことにしますね」
そんなイヴリンの言葉に、ため息をつくヴィンセント。
「奥様は本当に頑固ですね」
ヴィンセントは、やれやれ…とでも言いたげに肩を竦める。
「…そうでしょうか? でも、領地経営の勉強は公爵家で満足にはできておりませんでしたので。実地で勉強できて、こちらもありがたいんです」
イヴリンは、そう言って満面の笑みをヴィンセントに向ける。
「領地経営について…ご興味があるのですか?」
イヴリンの言葉にひっかかったヴィンセントは、疑問を口にする。
「うーん…。アカデミーにいた時、授業自体は楽しく受けてまして、中でも経営学は興味深かったです。王都や公爵家を追放された身で、今更、勉強しても意味はないかもしれないのですが…侯爵様の書庫にある本も様々な経営の本があって興味深かったです」
(前世ではSNSが主の広告宣伝が本職で、この世界では実際的にはあまり役に立たないし。事業アイディアを出す時だけ、前世の経験がちょっと生きるくらいで…。会社の数字関係は会計士さんにお願いしてたし、目の前の仕事にいっぱいいっぱいで、経営関係に疎いのは本当なんだよね…。ましてや領地経営なんて政治要素も入ってくるし)
イヴリンは言葉を続ける。
「領地の方の生活が見える今は特に、アカデミーにいた時に、もっと勉強しておけば良かった、とは思います。ロスグラン領の皆様には良くしていただいてますし、もっと力になれればなあ…なんて、差し出がましくも思うんです」
(前世でも高校には通えなかったし、アカデミーの授業を受けられなくなったことは、少し心残りなんだよね…)
イヴリンは少し照れたように笑いながら、自分の思いを語る。
その様子をじっと観察するヴィンセント。
「私で宜しければロスグラン領の領地経営についてお教えしましょうか?」
イヴリンの拙いながらも嘘のなさそうな気持ちを聞いて、ヴィンセントは以前から考えていた提案をする。
「ぜひ!」
その申し出に、イヴリンは目を輝かせ、うわずる声で返事をする。
「あ、でも…ヴィンセントさんのお邪魔にならない範囲で」
不意に我に返って遠慮がちに上目遣いでヴィンセントを見つめるイヴリン。
そんなイヴリンを見て、ヴィンセントは思わず ぷっと噴き出してしまう。
「はい。お教えする代わりにこき使わせていただきますから、覚悟していてください」
顎を少し上げ、ニヤッと悪い顔で笑うヴィンセントに、顔を赤らめるイヴリンだった。




