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11.シーア・ペティベリー(前編・転換点)

建国から国を支えてきた三大公爵家・ペティベリー家の次女、シーア・ペティベリーは今、上機嫌でいた。目障りだった姉・イヴリンを公爵家と王都から追い出せたからだ。


シーアには生まれた時から前世の記憶があった。

日本という国で病弱な体に生まれた少女。過保護な家族に守られ、金銭面の不自由はなく、我儘に育った。しかし、自分の体だけはどうにもできず、資産家の両親が高度な医療を受けさせるも、苦痛を伴う医療行為は拒み、ひたすら入退院を繰り返す日々だった。そのため、彼女の世界は本の中にあった。ロマンス小説や漫画を好んで読んでいた。健康な体になったらこんな恋愛をしてみたい、冒険をしてみたい…そうした夢想を抱いたまま、風邪をこじらせた病弱な体は、その病魔に耐え切れず、病室の中でその生涯を閉じた。

…と思ったら、目覚めた時には、ペティベリー家の次女、シーアという少女に生まれ変わっていたのだ。

(まさか…一番ハマってた…「公爵令嬢の恋愛結婚」のヒロインに転生できるなんて…)

「公爵令嬢の恋愛結婚」は、決められた婚約者と結婚するのが当たり前の貴族社会で、ヒロインのシーアが、自力で好きな相手を見つけたり、生き方を見つけたりしながら奮闘する、逆ハーレム恋愛小説だ。

彼女が病魔に冒される直前まで、続刊を楽しみにしてた作品だった。もともとティーンに人気のシリーズだったが、20代30代のファンも獲得するために出版社も力を入れ始めていて、いろいろ展開が予定されているとSNSで目にし、楽しみにしていたところだった。

(公爵家に生まれて、将来的には公爵家の利益になる家に嫁に出されるはずだったシーアが、自らの力で領地で事業を始めたり、他の貴族や騎士、王子にも求愛されながら自分の道や結婚相手を決めていく…すごく羨ましい生き方だった。…というか、シーアに転生したなら、モテモテで勝ち確定な人生だわ…!)

…そう思っていた彼女だったが、シーアとして生きるうちに、次第に何か違和感を感じるようになっていった。

ペティベリー公爵家の長女・イヴリンについてだ。イヴリンは、いじわるな姉役の、悪役令嬢ポジションのはずだ。イヴリンの婚約者である公爵令息の真面目なイケメン・リオとの許されない恋を演出し、盛り上げるための脇役で、シーアに訪れる最初の試練だ。

しかし、シーアにある小説の記憶だと、一貫して人を寄せ付けず、厳しく周囲にも接するはずのイヴリンの態度が、柔らかく、生ぬるく感じるのだ。

父親は小説通り、当初は跡取りとして教育していたイヴリンには厳しく、シーアには放任主義(原作のシーアは、自分は期待されていないからだと思っていたけれど、本当は母親に生き写しのシーアには甘かっただけということが分かる)、というところは変わらなかった。

しかし、屋敷の使用人たちは、多少、イヴリンと距離を取ってはいるものの、いとっている様子はない。疑問に思って、メイドにイヴリンを怖いと思わないのか聞いてみても、『それとなくミスを指摘してくれた』『表情は冷たいが、声は優しい』など、遠巻きながらも親しみを感じているまであった。

確かに、シーアに対しても、厳しい態度はごくまれだった。例えば、パーティーでのマナーを知らず、ちょっとしたミスをしてしまった時に、イヴリンはその場でさりげなくフォローし、人が見ていないところでシーアを叱責しっせきするなど、気遣いを感じた。叱られても、声色こわいろに怖さは感じなかった。

(まあ、原作通りに厳しい態度をとられたり、いじめられたりするよりは良いかな)

その違和感に対して、シーアは楽観的に放置していた。


しかし、シーアが10歳になろうかという頃、シーアの考えを変える出来事が起こった。

その日、イヴリンの婚約者のリオが、青い薔薇の花束を持ってペティベリー邸を訪ねてきた。

シーアは、自分に対しての花束かと喜んだら、それはイヴリンに対してのものだった。

『イヴリンがこの前、青い薔薇は貴重で、見たことがないと言っていたから』と、この世界ではかなり高級で、入手困難な青薔薇をわざわざ探して届けてきたのだ。三大公爵家の中だと一番お金に厳しいベンデラーク家のリオが入手するには特に苦労しただろう。

リオは、イヴリンが不在だということを知って、シーアに花束を託して帰っていった。

シーアは、驚愕と嫉妬が入り混じった感情を覚えた。リオは今はイヴリンの婚約者だが、数年後、アカデミー進学後に起こる事件で、婚約を破棄する。そしてリオは、シーアの恋愛相手の対象の一人になる。そういう運命なのだ。

この時点でも、イヴリンよりもシーアに対して恋情を抱いているはずだった。リオにも厳しくあたるイヴリンよりも、天真爛漫で可愛いシーアに癒しを感じているはずだった。

(ストーリーが変わってしまうわ。リオは『私』を好きでなければいけないのに。

このままでは、イヴリンは公爵家に居座って、『私』を邪魔するかもしれない……

………………ひとまず、青薔薇これは不要ね。ストーリーにないもの)

シーアは表情を消すと、人知れず青薔薇を屋敷の暖炉の中に放り込んだ。

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