風呂上がりの効果
さすがに二頭の馬たちの能力は高い。日が暮れてから到着になると思ったが、疾風のように走ってくれて、夕方前には到着できた。
グレンツェに着いて、門をリズミカルにノックした。パスワードも大丈夫で、無事に開けてもらえた。
門番は、また俺が一人ではないことに驚き、ゴトーさんを連れてきたが、今回は彼も会いたいと思っていたエルフリーデだったので、歓迎してくれた。
ゴトーさんの屋敷に通され、エルフリーデは服を洗ってもらうということで別の部屋に通された。
俺は拾った来たクロチョウガイを、戻ってきたゴトーさんに渡した。ゴトーさんは袋から一つ取り出して眺めた。
「これはなかなかいい物を拾ってきたな」
「海岸の清掃で探しやすかったんですよ」
光り方といい、ボタンにすると映えそうなのはよくわかる。
「くりぬいて、やすりをかけて、穴をあけて……になるから――」
ゴトーさんは工程を考えてくれている。拾ってきた質は合格のようだ。しかし工程を考えると完成まで何日かかるのだろうか?
「――明日昼にはできるかな」
「え? そんなに早いんですか?」
「そりゃそうだろ。サンプルで作るだけだから一晩あればこれくらい」
ますますこの村の技術力に驚く。サンプルでってことなので、10個程度らしいが、それにしても早い。
「いや、一人で作るんじゃなくて、工程ごとに職人を分ければ良いだろうと」
現在は貝ボタンを作る工房はないらしいが、くりぬく、やすり、穴あけを流用できる所はあるとのこと。分担してやってもらえるらしい。さすが村のドンである。
「実際に流通させる場合なのですが、その時はまたご協力お願いできますか?」
俺は改めて商業ギルドで扱いたいと話をした。国や海岸で集めてくれる人を考えないとダメだが、グレンツェの工房が加工してくれると、自動的に品質保証されるようなものだ。かならずみんな欲しいと思えるものができるだろう。
ゴトーさんは俺のプランを聞き、「悪くない。その時は工房を立てる検討をしてほしいとタルキに伝えよう」と了解してくれた。
二人で話がまとまったくらいに、エルフリーデが戻ってきた。
「……」
エルフリーデが懐かしい服装に包まれている。
いや、懐かしいというのは俺的に、の話で、エルフリーデは初めて着る服だろう。
「タナカ、どうかな?」
その着なれない服に戸惑っている。合っているのかどうかもわかっていないので、俺に助けを求めてきている。
「あ……うん」
エルフリーデが着ているのは、紛れもなく浴衣だった。どうしてあるのだろう。驚いて言葉が出ない。
「ゴトーさんが、これを着て行けばタナカが喜ぶとかって……」
おそらく湯あみをしてきただろう、ほんのりとしっとりさせた姿に、結われた綺麗な金髪のエルフリーデ。頬が赤いのは湯あみのせいだけではないだろう。
「そ、そうだね……」
なかなか良い言葉が思いつかない。それを見て呆れているゴトーさんが言った。
「タナカよ、思ったことを伝えたら良いんだよ……ったく」
そうだろう。でもこんな時、決まる言葉が思いつかない。ただ出てくるのは
「綺麗だ……」
とそれだけだった。何の芸も無い。
だが、それでよかった。
エルフリーデは自分の姿が俺にどう映っているかが気になっていたようだ。安心したのか、照れて緊張していた表情が崩れ、笑顔になった。
「良かったぁ~。こんな服初めてだから」
袖口を掴み上下し、着ている様子や柄を確認してる。
「エルフリーデさんよ。言った通りだろ? タナカが驚くって」
「はい!」
俺を驚かせたことが嬉しかったのか、二人で楽しそうにしている。でも確かにこれはとても良いサプライズだ。俺が元々日本人であることを知ったからこそできる、ゴトーさんのいたずらだな。
「晩御飯の準備ができるまで、少し外を歩いてきな」
ゴトーさんの計らいで、俺たちは村を散策することにした。
*
暖かいけど、風は爽やかに吹いている、そんな季節だ。浴衣で歩くにはちょうど良い。
半歩前を進むエルフリーデは、並んでいる工房を窓の外から見ている。初めて見る工房の作業は新鮮だったようではしゃいでいる。
何を作っているの? と無邪気に職人に聞いている。職人もわくわくとして女の子が興味を持ってくれていることは久々だったのか、喜んで答えてくれている。もちろん、俺たちがゴトーさんのゲストであるということは理解してくれているのもあるけど。
工房見学も一段落し、和風建築の茶屋があったので、少し休ませてもらった。注文はしてなかったが、店主が俺の事情、また外と交流ができそうだということを知ってくれていたので、飲み物を1杯出してくれた。
「こ、これは!」
甘い、そしてショウガ! つまり、ひやしあめ! 関西の夏の定番の味だ。しかしどうして?
「これ美味しいね!」
エルフリーデの口には合ったようだ……というかこの子は基本的になんでも美味しいと言いそうだけど……。
「店主さん、これはどうやって作ってるのですか?」
「だいたいこの村での基本はゴトーさんが作ってくれたのさ」
たしかに、材料としては水とショウガと砂糖なので難しくないし、冷たい物を置いておくのは技術だろうから、元を辿れはそうなのかもしれないけど。
「タナカ、飲まないの?」
喉が渇いていたのか美味しかったからなのか、すでに飲み干しているエルフリーデは、また俺の方を狙っている。
だが、これは俺も一口ではなくもっと味わいたい。
「飲みます~!」
大人げなく、ゴクゴクっと一気に飲み干した。
「う~」
もらい物なのでお代わりもしづらい。唸り声を上げつつもエルフリーデは諦めたようだ。
「しかし、これといい、浴衣といい、全体的な雰囲気が、どことなく懐かしいんだよな」
俺はいつもと同じく、エルフリーデの前では余計なことをポツりとつぶやいてしまう。
エルフリーデは何も言わず俺の方を見ている。また聞いても、どうせ何も言わないだろうと思っているのか。正面を向いた。
「タナカが懐かしいと感じるこの雰囲気、私も好きになれたらいいなぁって思うよ」
そう言ってくれたエルフリーデを見た。すでに日が暮れていて、周囲も薄暗く、どういう表情だったのかは見ることができなかった。
*
翌日昼頃にはエルフリーデの服も乾いてて、浴衣タイムは終わりを告げた。
ゴトーさんからは完成した貝ボタンをいただき、エルフリーデも喜んだ。
「これ、お母さんも喜んでくれると思う。女はいくつになってもキラキラが好きなんだから」
貝ボタンは嬉しがるエルフリーデに預けて、お世話になった人たちへ配る役目をさせることにしよう。
「それじゃあ」
と首都に戻ろうとしたところ、ゴトーさんに呼び止められ、別の物を手渡された。
「タナカ、受け取れ」
「何ですか?」
よく見ると、黒真珠のネックレスだ。
「ど、どうしたんですか?」
黒真珠は安くない……というか、天然なんてめっちゃ高い。……いや、それは前の世界のことだからなのか?
「昨日もらったクロチョウガイの中に一つ、偶然できていた天然ものだ。安心しろ、この世界でも貴重中の貴重なものだ」
「……どうして?」
「どうしてもなにも、お前からエルフリーデに渡せばよいだろう」
「え?」
「だから、かっこよく見せたいときもあるだろう?」
「しかし、俺は保護者的な存在で……」
「まだそんなことを言ってるのか……まぁ良い、必要な時に渡せばよい。それまではお前が持っておけばよいだろう。そもそもお前が拾ってきたものだし」
「でもネックレスに加工してもらったら……」
ただで受け取るのも良いのかどうか。悩んでいると、ゴトーさんは俺を突き放す。
「お礼をしたいって言ってた俺の気持ちを無にするつもりが無ければ、さっさと行け! ほら、エルフリーデが待ってるだろ?」
キャラメルに乗ったエルフリーデが、俺とゴトーさんのやり取りを見て待っている。
「それじゃあ……遠慮、しつつも、いただいて行きますね」
「おう、それで良い」
ここでの出会いは、この世界での俺の生き方を変えることになるだろう。寂しくて、誰にも相談できなかったことができる理解者がいた。この世界での不安が軽減できる。そんな出会いだった。
俺とエルフリーデはソフィアさんが待つ首都のはずれまで足早に戻った。早く貝ボタンを見せて喜んでもらおうと。




