ふりむけば白い砂
翌朝、俺とエルフリーデは、マテンロウとキャラメルに跨り、西の海岸に向かった。
「こっちに行けばグレンツェなんだ」
追分だんご屋で腹ごしらえをして、目の前の交差点を指さした。
「ホント、言ってたようにあっちは人通りが少ないのね。それに比べて、西は結構人通りが多いわね」
海産物などの運搬もあり、西行きの街道は相変わらず人の行き来がある。
「でも、この人気のない方に、よく行こうと思ったわね」
「でもまぁ、刺身の包丁とか、運搬の機械とか、そういうのを作ってる人たちって会ってみたいじゃない?」
「そうね、美味しいものを食べるために必要な技術ってなると、私も見たいかも」
「貝殻を拾ったら、グレンツェに行ってみる? 海岸まで半日、戻って夜になるかもだけど」
「そのゴトーさんのところに泊まれる感じ?」
「たぶん大丈夫だと思う」
見た目若者、年齢的にもゴトーさんに比べたら小童の俺と、実年齢も若い女性のエルフリーデに「外で寝ろ」とは言わないだろう。そこそこに恩を売れたと思っている。そもそもゴトーさんがエルフリーデに会いたいって言ってたし。
「じゃあ行かないとね!」
エルフリーデは、串に刺さった最後のだんごを口に含み、「さっさと海岸に行こう!」と立ち上がった。
「せっかちにしなくても、誰も貝殻を拾ってないと思うんだけどなぁ」
この国の人は、綺麗な貝殻という認識はあるようだが、それを加工して何か作ろう、という発想はまだないみたいだ。だから俺がやろうとしている貝ボタンの流通に夢を持てる。つまり、今すぐ海岸からなくなることは無いだろう。
「そうじゃなく、早く行きたいだけ!」
そうか、海岸の砂浜ってのも見たいことはないからか。じゃあ仕方がない。急ぐとしよう。
*
「ほら、タナカ! 波が足元を、サラサラ~って!」
太陽光を極限まで跳ね返すくらいの白砂で、サラッサラのパウダー状。ゴミも何もないので肌触りがたまらない海岸の砂だった。
こんなの上質なのは、日本でも見た事がなかったな……。俺は座り、手からこぼれる砂を見ている。
「タナカも来なよ!」
若い! そして眩しい! ビンデバルトの学校には修学旅行とかは無かったのだろうか……あったとしても海岸は無いか。エルフリーデのはしゃぎっぷりが俺にはアオハル過ぎる。
「そうだね~」
子供のはしゃぐ姿を眺めている、荷物の留守番をしているお父さん方の気持ちがわかる。眺めているだけで十分楽しめる。
エルフリーデはいつものおしゃれ着である。上半身は上質な白のブラウス。下は真紅でベルベット調のスカート。どれも高そうなのに、汚れるとか考えずに楽しんでいる。
靴と靴下を脱ぎ棄て、スカートの裾を上げて、打ち寄せて引く波の感触を、白くて艶のあるふくらはぎに当てて楽しんでいる。
あのゾワっとする感覚、わかるなぁ。子供のころ、顔が波で被らない程度に寝転んで、背中から全身に当たる感覚で楽しんでたなぁ……。
少しボケ~っとしてたら、目の前にエルフリーデがのぞき込んできた。
「ねぇタナカ、ちょっとスカートが濡れちゃった」
手で押さえていたスカートを放してしまった時に少し濡れたみたいだ。どれだけはしゃいでいたのだろうか。初めての砂浜ってそんなもんと言えば、そうだろうな。
「楽しそうだったもんね」
「そうね! タナカは、楽しくない?」
一人だけはしゃいでしまったことを恥じているのだろうか? 「迷惑だった?」と言わんばかりに寂しそうに俺を見てくる。余計な心配をかけているのなら、俺も楽しいということを伝えて誤解を解かねば。
「いやいや、俺も十分楽しいよ! エルフリーデが楽しそうにしているのを見ているだけで、なんかほっこりしてるから」
「……なんだかオジサンっぽいね」
「……はい」
日光浴を楽しむオジサンみたいな感じだったのは否めない。その通りです。はい。
幸い天気が良いので、貝殻を探すので歩いているとスカートは乾いていきそうだった。
「タナカ、これは?」
「その貝殻は光らないから違うかなぁ」
「でも可愛いよね?」
「そうだね、記念に持って帰っちゃおう」
くるくる撒いているような形なのでオウム貝の一種だろう。異世界でも海の生物は同じよう進化なのかもしれない。刺身やリゾットでも同じ魚がいたし。
「じゃあこれは?」
「お! それはシーグラスだね」
「シーグラス?」
「ガラスの瓶とかが割れて、流されて、波や砂利で角が取れたものだね」
「へ~、ガラスがこんなに丸くなるんだ」
「時間がかかれば角が取れていくもんなんだよ」
人間もそうなんだろうなぁ、と250年生きているゴトーさんのことを思い出してしまった。俺はあそこまで人の面倒を見たり優しくなれるのだろうか。
「やっぱりタナカって物知りだね?」
「う~ん、そうなのかなぁ」
「だってオイレンブルクって海岸無いのに」
たしかにそうだ! それなのに当然のように海の出来事を知ってるというのもどうなのか。このリゾート感でまた気が緩んでいる。
「……ま、良いわ。私が知らないだけかもしれないし、タナカは本も読んだり私より経験あるわけだし」
「そうそう、そういうことで」
またいつもと同じように誤魔化すしかない。毎度心が痛い。なんなら仲良くなるにつれて隠しているのが辛くなってくる。ゴトーさんのように転生者なら話しても良いんだけど。
少しビーチコーミング……というとかっこつけてるが、要は海岸にあるものを拾っては二人でしゃべっている。
途中で地元らしき人がいたので聞くと、清掃の時に海岸の端へ貝殻を盛っているということだった。
海岸の端に来てみると、貝殻がたくさん積まれていて、ヤコウガイとクロチョウガイも盛られて寄せられていた。
「タナカ、宝の山じゃない?」
「これは、良いかも……」
さっきの地元の人曰く、この貝殻は廃物利用で道路に使われるくらいで、持っていっても問題ないということだった。
勝手に使って商売するわけにもいかないだろうから、ビンデバルト国に断って、集めてくれる人、選別してもらう人、運んでもらう人などへの対価を考えないとダメかも。簡単ではないかもしれないが、また産業として面白いものができるかもしれない。……ひとまずあとでゴトーさんに相談しよう。
「トゲトゲしているヤコウガイより、加工しやすそうなクロチョウガイをいくつか持って帰ろうか」
食べるとしたらヤコウガイは悪くないんだが、積まれているのはどれも中身がない状態。貝殻だけ。
「こっちがクロチョウガイね?」
「そうそう。それを持って帰ろう」
ポケットに入るだけ、なんて大量じゃなく、エルフリーデのブラウスと、ソフィアさんとフィン、あとお世話になった人たちにプレゼントできるくらいのボタンが作れるだけの量で良い。
海岸での目的、貝殻拾いはあっさりと済ませ、我々はグレンツェに向かった。




