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様子はいかが?

 首都に戻り、宿部屋ではなくそのまま武家屋敷の小道を抜け、ソフィアさんの家の方へ向かった。


 エルフリーデと別れて、まだ1カ月経っていない。短いのだけど、ただ思った以上にやることが多かった。


 グレンツェの人と交渉して、商業ギルドで扱わせてもらえるものを増やそう、という目的だったはずなのだが、村に残っていた遺恨的なものを、元国王を連れて行って、なんとなく解決できそうな望みを作るまでやっていた。どちらかというと、それが結構ヘビーだった気がするが……。


 ここんところ雨が降ってなかったせいもあるが、土の道にぬかるみは無かった。だからというわけではないと思うのだけど、周辺の人たちが清掃しているので、嫌な臭いも消えている。


 エルフリーデは親孝行できたのだろうか。気が強いとは思うが、人に対しての優しさは溢れていて、自然と周りに好かれるタイプだから大丈夫と思っているけど。


「久々に会ったから、元気に親子喧嘩と化してたらどうしようとか思ってしまうよな……ふぅ」


 玄関ドアに着いて、一息入れた。俺が「一緒にいなよ」と言ったために騒動が起きてても怖いなぁと思ったりしている。


「たぶん、大丈夫だろう」


 ノックをしようとしたとき、後ろから声をかけられた。


「タナカ? どうしたの?」


「え?」


 びっくりして振り返ると、エルフリーデだった。しかし、声はエルフリーデだったのだが、服装がオイレンブルクから出てきたときの白い衣装ではなく、少し色あせたワンピース……腰元が緩めなのでシフトドレスのようなものを着ている。


「エルフリーデ?」


「? そりゃそうでしょ? まさか、3週間ほどで私の顔を忘れたとか言わないでよ?」


 どう見てもエルフリーデなんだけど、その服装で、さっきは普通に掃除をしている地元の人と思っていた。


 そっか、周辺が少し綺麗になったのはエルフリーデが何か影響していたのだろうか。王女が率先して掃除をする。それを見て地元のフィンが何か協力して、地元民がやる――みたいな流れがあったというのは俺の予想。


「結構しっくりしてるなぁと思ったから」


「良いでしょこの服。お母さんのお下がりなんだけど、私にぴったりだったの」


 そう言ってクルっと一回転してくれるのだけど、スカートがヒラっとするのを見るのは照れ臭いし、長い年月来ていたのか、記事が少し薄くなっているせいもなり、下着が透けて見えている。


 ここ数週間、年上のオッサンばかり見ていたので、刺激が強い。話題を変えよう。


「と、ところで、ソフィアさんの様子はどう?」


「相変わらず寝ていることが多いけど、私といるときはしっかり話してくれてるよ!」


「そっか、良かった」


 前に見たときは結構しんどそうだったので、少し安心した。やはり娘が近くにいるっていうのは気持ちの部分で病に抵抗できるのかもしれない。


「入る、よね?」


「もちろん」


「じゃあ、行こう!」


 エルフリーデはもう一つの実家くらいの勢いで、普通に入っていっている。「お母さん、タナカが来てくれたよ」と言いながらノックもせずに入って行っている。



 ソフィアさんは疲れているように見えた。前はもう少し早くベッドから起き上がたのだけど、今日は無理して体を起こしているように見えた。


 ソフィアさんは「今日はたまたま調子が悪くてね」と言っているのだけど、フィンの表情を見るところ、あまり良い状況ではないように見える。


 体のことを聞くと、前とそんなに変わりはないということだった。心配したが、「悪化してないだけ良いと思っているわ」と前向きな発言だったので、俺の心配は今のところ不要なのだろう。


「それよりも、タナカさんが経験したことを教えて貰えるかしら? 私は外に行けないから、人の話を聞くのが楽しみなの。エルフィからは学校の話もたくさん聞いたけど、最近の話はタナカさんのことばかりだったので、私も興味を持ってしまったのよ」


 ふふふ、と笑みを浮かべるソフィアさんだったが、エルフリーデは「ちょっと、そんなにタナカのことを言ってないって」と照れて遮る。


 俺がもたらしたリゾットやタピオカミルクティー、二人で作った蕎麦の話を何度もしたんだろう。想像がつく……って俺も照れ臭くなってしまう。


「え~っと、それじゃあ」


 グレンツェ、包丁、醤油あたりの話をした。元国王との講和については、今は庶民になっているソフィアさんに聞かせることでもないので言わなかった。それでも十分楽しんでくれた。


 フィンが「タナカ、グレンツェに入れただけじゃなく、取引できたのか?」とまるで幻の村に潜入した英雄みたいに讃えてくれた。


 やっぱり、かなりのレア案件だったのか……。グレンツェとは難しいって、一般の人にも知れ渡っているんだな。


「グレンツェで良くしてくれたゴトーさんに話したら、エルフリーデに会いたがってたよ」


 そう伝えると、エルフリーデも喜んでいるが、フィンが「招待されてるの、羨ましいなぁ」と言っている。


 フィンの態度が少し、会ったころより硬さが摂れているのは、この数週でエルフリーデとも打ち解けてきたんだろうというのが分かる。


「あ、そうそう、そのゴトーさんからこういうのをもらったんだよ」


 キラキラした貝殻をポケットから取り出して見せた。


「「綺麗……」」


 エルフリーデだけなく、ソフィアさんも少し身を乗り出しただろうか、不思議に光る貝殻に見とれている。


「タナカ、海岸まで行ったのか?」


 フィンは遠目で眺めながらも、それがこの国の西の海岸で取れる貝殻だとわかったようだ。


「いや、行っては無くて、ゴトーさんがくれただけなんだ。海岸にあるから拾ってくれば加工するよって」


「え? 私も拾いに行きたい!」


 エルフリーデを誘うまでもなく、興味を持ってくれたようだ。


 オイレンブルクにも海に接する場所があるとはいえ、海岸線がない。岩場や崖があり、船はそこに接岸して魚を取引している。砂浜でバーベキュー、花火、夜の海を見て……なんて青春は送ることができないのだ。……この世界の人がやるかどうか知らないが。


「じゃあ行ってきなさいよ。ここに来てから私の世話ばかりだったじゃない」


「それは私がやりたくてやっていることだから、お母さんが気にすることじゃないよ」


 ソフィアさんの言葉に、エルフリーデは気軽に「行きたい」と言ったことに少し後悔した様子だ。


 母親といることが楽しかったのだが、同世代……じゃないけど、この世界的に同世代の俺が外で経験してきたことを聞き、羨ましく、持っている好奇心が抑えきれなかったのだろう。


「私は大丈夫だから、フィンもいるし」


 ソフィアさんは「ね?」とフィンに首を向ける。


「そ、そうだよ。エルフリーデのやっていることを見てたから、俺もできるし」


 フィンのその言葉と包丁をトントンと動かすようなジェスチャーから、ちゃんと食事はできていた様子がうかがえた。


「う~ん、でも……」


 自分だけ楽しんでも良いのか、という迷いがあるようだ。ソフィアさんと一緒にいて世話をしていた日を思い出すと、自分がいなきゃという使命感を持ったということだろうか。


 しかし、そんな娘にソフィアさんは叱る。


「エルフィ? あなたはどうしてオイレンブルクから出てきたの?」


「……」


「もっと外の世界を見たいからじゃないの? タナカさんとの旅は始まったばかりでしょ? まだあなたは何も経験してないのよ?」


 その問いかけは当たり前のことで、エルフリーデは反論ができない。それは娘の成長を望む母親の言葉というのを理解できた。


「私はベンの元を離れてから何年も経って後悔していた。けど、こうしてエルフィと会うことができ、この数週間かけがえのない日々を過ごさせてもらった。もちろん欲を言えばきりが無いけど、でも十分してもらったわ。これからエルフィが旅に出て、またその話を私に聞かせてもらいたい、ってことなら納得かしら?」


「うん……ありがとうお母さん」


 エルフリーデが成長した姿をまた見せに来れば良いのだ。……いや、まだ俺的にはもう少しこの国にいなければならないので、「いま出発します」は困るんだよ。


「すみません、真剣な話のところ申し訳ないんですが、俺はもう少しやることがあるので、海岸に行ったあとも、また戻ってくるつもりなんですが……」


 緊張した空気だったが、ズバっと切り裂いてしまった。「え? そうなの?」という雰囲気。


「貝殻をグレンツェの職人さんにボタンに加工してもらって、それがまた商業ギルドで流通できないかって思ってますので」


「あら、タナカさんは仕事熱心なのね?」


 そのソフィアさんの言葉は褒めてくれているのだろうか。それとも、もっと娘にかまってあげてと言っているのだろうか。


「今日のところ、俺は一旦宿に帰って準備しますので、明日の朝から海岸方向に向かおうと思います。エルフリーデをお借りしても良いですか?」


「えぇ、楽しんできてください」


 体は細くなってきている感じがあるが、言葉に強さがあるので大丈夫なのだろう。そのソフィアさんの強さは国王の妻としてよりも、母親としてなのだろう。エルフリーデだけじゃなく、俺も母として感じる部分があった。


「じゃあ明日の朝、ここに迎えに来てくれる?」


 宿から荷物をここに運び入れているエルフリーデはここに泊まる。 


「了解しました、姫」


 俺は片膝をついてうやうやしく頭を下げる。


「またそれを言う~!」


 冗談と分かっているのだけど、ここまでが形式美のようにして、みんなが笑ってくれる。

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