螺鈿細工
会談終了後、宴会をするわけでもなく、ジョバンニさんは足早に城の方へ駆けて行った。「早速やらんと、ゴトーさんとタナカに悪いからな」と。
去り際に「本当にありがとよ、タナカ。関係を戻すきっかけをくれて」と礼を言ってくれた。元国王なのに、偉ぶることがない。ほんとにどうしてオイレンブルクと戦争が起きてしまったのか、ベン=オイレンも温和なのに……不思議だ。
ゴトーさんと二人で、去っていった方向を目で追っている。ゴトーさんがボソっとつぶやいた。
「相変わらず、動きが早いな……」
「昔からそうなのですか?」
「勘違いってのも含めて、せわしなく動くやつだ。だから戦後も補償など頑張ったんだろうけどな」
それは良し悪しなのだろう。戦争を始めたきっかけも、ってことなのだろう。
「ところでタナカ、お前は一緒に旅をしている子がいるって言ってたよな?」
「あぁ、そうですね、確かに言ってました」
この世界に来てのことを言ってた時に伝えてたっけ……ジョバンニさんとの話し合いで何かあったとか? 身分的にあまりこちらから深く話できないんだけど……。
「首都の母のところにいるってことだけど、会ってるのか?」
「いえ、俺はグレンツェとのやり取りが終わるまでは別行動かなと思ってたので」
「ふぅ、お前、前の世界でもモテなかっただろう?」
「え? 突然なんですか!?」
「ちょいちょい大事にせんと、愛想つかされても知らんぞ?」
「いやいや、愛想とかじゃないですし。一緒に旅をしている仲間ですし……。変な誤解をされているようですが、感覚的には親子的な感じですよ?」
「でも、この世界ではお前は17歳の男だろ?」
「えぇ、まぁそうですが」
「じゃあ、そういう関係になっても、倫理的に問題なかろう?」
ゴトーさんは俺とエルフリーデを、そういう関係にしたいようだし、俺に甲斐性を持てと言っているのだろう。
「いやいやいや、相手の親御さんに叱られますよ。無事に帰りまで送り届けないと」
全力で否定するしかない。親は誰とは言えないのだけど、現職の国王である。その娘に手を付けたとなると、俺はオイレンブルクに居場所がなくなるかもしれないし。
「……じゃあ聞くが、タナカはこの世界で生きていく覚悟ってのはどうなんだ?」
否定していた俺に、ゴトーさんは真剣な顔で問いかけた。
「覚悟ですか……」
ゴトーさんは元に戻る術を見つけられなかったと言っていた。俺も多分無理だろう、そんな気持ちも無くはない。
「考えるのはまだ先でも良い、と言ったが、ここで生きるということに変わりはない。一生懸命生きないと、この世界の物に対して失礼と思わんか?」
「……」
戻れるかどうかを考えるのは先延ばしでも良いが、この世界で生きる覚悟、ということか。それは、ちゃんと考えたことが無かったかもしれない。
まずこの世界で生きていくために考えていただけで、この世界の今後を考えなければならないということか。
ゴトーさんも技術を活かすということで、生きていくためにできることをやり、回りが変化していき、それを支えることになり、という人生を歩まれてきている。
「俺も、ちゃんと考えることにします。この世界の人に対して真剣に」
「よく言った。じゃあ、この後はその子に会いに行けば良い」
「いや、それとこれは違うのでは?」
「何を言ってるんだ! 今お前の身近な人を考えなくてどうする?」
「ま、まぁそうですけど……照れ臭いじゃないですか?」
「照れ臭いと思ってて、何もしないことの方が問題だから――そうだな、俺がいうことをやらないと、村との取引を停める、って言ったらやるだろ?」
「ずるい!」
「だろ? だけど、お前が後悔しないために老婆心で言っていることだから、やるように!」
たぶん、250年でゴトーさんはいくつもの後悔があったんだろう。40年でさえ「あの時、こうすれば」っていくつもあったし。
「そうですね……女の子に優しくすることに理由は無いですよね」
「そうだ」
やっと納得したか、と大きく頷くゴトーさんは、ポケットからキラっと光る何かを取り出して見せてくれた。
「これは?」
「螺鈿、って知ってるか?」
「らでん……漆器とかの装飾に使われるあれですか?」
「そう、その螺鈿だ。この国には海岸があって、そこで見つけた貝が使えそうだと思って作ったんだ」
ゴトーさんの話によると、首都のさらに西側へ行くと海岸があり、砂浜に落ちている貝殻が、ヤコウガイやクロチョウガイのよう輝きがあり、磨くと虹色に光る上質なものだったとのこと。
「グレンツェへ来る方向とは違う西は海岸って聞いてましたが、そんな綺麗な貝があるんですね」
「あぁ、面白いだろ?」
「そうですね……でも、それがどうしたんですか?」
「あのな、女の子はいつでもキラキラしたものが好き……なことが多いんだよ」
「はぁ」
俺の気の抜けた態度がお気に召さないらしい。結構声が大きくなってきている。
「はぁじゃなくて! これを加工とかして女の子にプレゼント! って話だよ」
「!」
なるほど、エルフリーデへのプレゼンとか……たしかに、いままで出会ってから、したことがなかったな。蕎麦とか何か食べさせたことはあるけど、あれはプレゼントじゃないよな。
この世界で思った以上に楽しく過ごせてるのはエルフリーデのおかげかもしれないし、ゴトーさんのアイデアに乗らせてもらうのが良いかも。
「それ、俺は拾ってきたら、ボタンとかに加工してくれますか?」
おそらくこの世界に漆を使った技術はないので、身に着けられるもので邪魔にならないボタンなら、エルフリーデも喜んでくれるのではないかと思う。
「当然、やらせてもらうよ。俺なりの感謝ってのを技術で返させてもらう、良いじゃないか?」
そういうことなら、さっさとその結論を言ってくれても良いんだけど……。なにせ人生の大先輩のゴトーさん、一応俺がたどり着いたとさせたかったんだろう。愛だと思っておこう。
「早速、戻って彼女に会ってきな。俺は待ってるよ」
「彼女……ではないけど、行ってきます!」
エルフリーデに会うのに口実は不要だろうけど、何か一つやり遂げたってのもあるので、会いに行きやすい。
一緒に海岸へ行って貝殻を探して、ここに戻ってゴトーさんにも紹介して、ボタン作りを見たらまたエルフリーデは興味を示すだろう。何せ新しいことには熱心だから。




