会合250と80
宿屋に戻ってきたとき、ジョバンニさんは俺の両肩を掴み「どうだった?」と掛かり気味に迫ってきた。
待っている間、自分で何もできない状況にヤキモキしていたのだろう。80歳と言ってもこういうときは落ち着きが無いようだ。
「大丈夫です。話、まとまりましたよ」
俺の一言で、脱力したのか「はぁ」と大きな緊張して貯めていた息を吐き出して、抱きしめられた。
「ありがとう、タナカ! ありがとう」
結構強く抱きしめられる。50年分後悔と感謝と入り混じったらこういう強さなのか。まだ詳しい内容を伝えていないのに……。
「内容、聞かなくても良いんですか?」
「大丈夫なんだろう、ワシはタナカを信じている。ゴトーさんが信じているタナカは信用できる男だ」
なるほど、ゴトーさんと交流できたっていうだけで、信用されるのか……ってか、どれだけ近寄りがたい存在だったんだよ。
ある程度の抱擁のあと、条件を一通り話した。ジョバンニさんは問題ないというよりも、感謝しきりだった。
「タナカは何か望むものは無いのか?」
「そうですね、ビンデバルトに出入りを自由にできるようにしていただけるとありがたいです」
他に考えてなくはないのだけど、商業ギルドを通じると、基本的に流通の乗せられるし、入国に関しては特に不自由はないんだけど、商売以外でまたゴトーさんに会いたくなるかもしれないし、そういう意味では自由に出入りしたかった。
「そんなことで良いのか?」
「えぇ……あ、エルフリーデの分もお願いしても良いですか?」
俺と同じように、エルフリーデも自由に行き来できれば、いつでもソフィアさんに会いにこれるだろう。
それに関しては、少し悩みつつもジョバンニさんは了解してくれた。
「まぁ、あのお嬢ちゃんなら問題ないだろう。バルトロに伝えておくよ」
「バルトロ……さん?」
「あぁ、バルトロは息子だよ」
「ということは、今の国王ってことですか?」
「あぁ、そうだ。国民が政治に不安だと言っている愚息だな」
その人をこれからジョバンニさんがサポートして、この国を良くしていくということか。
「良い国にしてくださいね」
「そうだな、しっかり支えないと、またゴトーさんに愛想をつかされることになるからな」
この首都に移動して来て以来、ビンデバルトを築いてきたビオッティ家は250年生きているゴトーさんにお世話になってきたのだろう。
その切れた縁を戻したのが俺ということであれば、少し誇らしい気持ちになる。
翌日、再びジョバンニさんとグレンツェに訪れたときは、無事に門が開いた。
*
「ゴトーさん、ご無沙汰しております」
見た目はゴトーさんの方が若く見えるが、実際は250歳超と80代のジョバンニお爺ちゃん。
ゴトーさんの屋敷に通されて、板の間でずっと正座をしていたジョバンニさんは、ゴトーさんが入ってきてから、手をつき頭を下げている。許しが出るまで下げているつもりだろう。
「カミッロ……いやジョバンニか。タナカに免じて、ここは堅苦しいのはやめよう。顔を上げてくれ」
その言葉を聞き、息を吐き出し恐る恐る顔を上げ、ジョバンニさんはゴトーさんと目を合わせる。
「ワシは許されないことをした。戦争に関しては当然ですが、ゴトーさんやこの村の者たちが、いわれなき差別を受けたりしてしまいました。これはワシの不徳の致すところが招いた結果です。国が、兵が感謝を忘れてしまった。償い――」
「もう良いから、お前が思ってることは理解している」
ジョバンニさんが懺悔をしているところだったが、今日は責めるためにセッティングした場ではない、ということをゴトーさんは示し、中断した。
「お前が後悔して、全国行脚しているのも知っているし、オイレンブルクとの街道に整備も、グレンツェの者たちを見つけ、伝えるためにしてくれたこともわかっている。供養してくれていることも聞いている。だから、それ以上自分を責めるな」
赦された、言葉をそう理解したジョバンニさんは、隠すことなく涙を流し、鼻水を啜り、「ありがとう、ありがとう」と感謝を伝えた。
泣き止み落ち着くまで5分くらいかかっただろうか。
「それじゃあ少し前向きに話をしようか」
ゴトーさんは、ビンデバルトの将来的な話をし始めた。現国王・バルトロが独り立ちできるまでサポートをすることもしかり、ついでに250年見てきて良かったこと悪かったことを一個人として伝えていった。
*
国政となると、俺は参加して話しを聞いておく必要も無かったので、表に出て、工房でタルキさんと話をしていた。
「サンプルを作ってみたのだけど、こういうので良いのか?」
「ばっちりですよ!」
イメージを描いて渡したものを、そのまま形にしてくれていた。これから研いでいくとのことだったので切れ味の確認はできなかったが、おそらく問題は無いだろう。
「タルキさん、これから忙しくなると思いますよ」
グレンツェの職人の技術は、結構興味を持つものが多い。交流が増えると忙しくなるだろう。
「タナカさんは誤解をしています」
「どういうことですか?」
「我々は注文が増えても品質を落とすことはしません」
「つまり?」
「注文が増えようが、できないことはできないんですよ」
すでにゴトーさんから聞いているのか、タルキさんは状況を知っているようだった。
だが、職人を増やすわけでもなく、交流が解放されても、我が道を行くということか。ということは、市場で価値が上がってしまうってことではないのか?
「蕎麦切りの包丁は……」
「その心配は不要です。すでに発注してもらっているようなものですし、バッケスホーフの分は自分が責任もって作りますし、メンテナンスもやります」
一安心した。
「でも、生産数を限定すると、市場で価格が高騰してしまう可能性があるんですけど?」
この村の人は技術力があるということをわかっていないのであれば、安く買いたたかれたり、知らないところで高値で取引されてしまって、価値が混乱することになるかもしれない。
「それも大丈夫ですよ。交流が増えてもすでに取引いただいているところ優先ですし、タナカさんのように信用している売り先にしか卸さないです」
「ん? どういうことですか?」
「顧客の管理もしているってことですよ。だからアフターケアもできるんですよ」
「なんと!」
数が限られているとはいえ、そこまでやっていたのか。解放されても新規に商売できる人はいなさそうだな……。それも時間が経てば何か変わってくるんだろうし、俺としてはやれることはやった感じだろうし、ま、良いか。
*
屋敷に戻ると、偉い人たちの話し合いは終わっていた。
「「タナカ、ありがとう」」
ゴトーさんとジョバンニさん、二人からお礼を言われた。
無事に解決できたようだった。良かった。




