再開
グレンツェに到着したのは案外早く、翌夕方だった。
マテンロウだけなら朝にコンツを出て、急ぎ駆け抜けられると夕方まで間に合う。しかし、他の馬なら丸っと一日かかるだろうと思っていた。
しかし、ジョバンニさんの馬もなかなか豪快な脚質で、マテンロウが追いかけるくらい立派な働きをした。到着したときに見せた馬のドヤ顔が悔しい。
「グレンツェ……久しぶりだな」
ジョバンニさんは石垣と門を見てつぶやいた。80年生きてきて、戦前に付き合いがあっても拒否をする村。俺は良く踏み込むことができたもんだと思う。
「じゃあ、行きますか?」
思い出に更けているが、時間も遅くなりそうなので、申し訳ないが話を先に進めたい。俺も俺でバッケスホーフで包丁を取引したいという話がある。
門をリズミカルにノックした。これは前にゴトーさんがやっていたリズムである。ちゃんと覚えている。
問題はなかったようだ。閂が抜かれる音が聞こえ、門が開いて門番が顔を出した。
「タナカさん、早いお戻りでしたね」
「すぐにでも報告したくて、猛ダッシュでしたよ!」
俺が取引できる人物だと、組合だけじゃなく、門番も知ってくれてるのは、タルキさんかゴトーさんが伝えてくれているのだろう。ありがたい。
「ところで、そちらは?」
俺の後ろにいるジョバンニさんに気が付いた。80代のマッチョジジイがいると、嫌でも気が付くだろう。
「ゴトーさんと旧知の仲ということだったので、連れてきたのですが……」
俺のその言葉を聞いたが、怪しむ感じでジョバンニさんを見ている。関係者が連れてきた知人、とはいえ、俺もまだ関係者になって数日なので、信用はされていないのだろうか。
「自分じゃ判断できないので、ゴトーを呼んできますね。少々こちらで待っててください」
ゴトーさんの知人ということで、無碍にはできないのだろう。だけど、村に入れてしまうのも門番としての仕事がおろそかということになる。そうすると、ゴトーさんを呼んでくるのが手っ取り早い。
俺も、ゴトーさんが来てるくれるなら、すぐにでも報告ができるので助かる。
「お願いします~!!」
頭を下げたところで、一旦門は閉じられた。
「そういえば、ジョバンニさんはゴトーさんとはどういう関係だったのですか?」
「前の戦争で、戦禍を共にした……というにはおこがましいかもしれんが、ワシは戦友だと思っている」
「戦友ですか」
俺は幸いに戦争を経験したことがない。前の世界では冷戦とか湾岸戦争があったが、直接日本人の俺が戦いに出たわけではない。
ゴトーさんも江戸時代という平和な時代を過ごしていたので、こっちの世界に来て戦争を肌で知ったのだろう。
俺はこっちの世界でも、平和になってから来たので、幸せなのかもしれない。家が貧乏貴族とかどうでもよいことで悩むことができている。
ジョバンニさんはそれ以上語らなかった。戦争で何があったのか、それは俺が想像しても足りることは無いだろう。
ゴトーさんが呼ばれてくるまで、それほど時間がかからなかった。再び閂が抜く音が聞こえて門が開いた。
いの一番に報告をしたかった、俺は、門が開いてすぐに口を開いた。テンション高く。
「ゴトーさん、バッケスホーフで包丁も醤油も欲しいって話なんですが――」
ゴトーさんは、俺の声に反応をせず、後ろのジョバンニさんを見て表情を変えている。
「――どうしたんですか?」
旧知といっても、必ずしも良い物ではないのだろうか。ゴトーさんの表情がみるみる変わってきている。
俺はジョバンニさんに騙されたのか? 俺を口実にこの村と何か再開したいとか? 振り返り、ジョバンニさんを見た。
「お久しぶりです」
深々と頭を下げているジョバンニさん。礼を失する行動は無さそうだし、俺をだました感じもない。
しかし、ゴトーさんの表情は厳しいものになっている。そして、俺の方を一瞥した。
「タナカ……残念だが、話は無かったことにしてくれ」
そう一言良い、踵を返し戻っていった。
「え? ちょ、ちょっとゴトーさん!」
門の中に入ることも、引き留めることもできず、扉は閉じられた。
どういうことだ? ……俺じゃないよな。どう考えても、ジョバンニさんを見ての反応だろう。
ジョバンニさんは姿が見えなくなっても、まだ頭を下げている。
「ちょっと、ジョバンニさん! どうしたんですか?」
せっかく取引できるようになったこの状況。なにがなんだかわからない。
「すまん、ワシのせいだ」
ポツリと言われるが、あぁ、やっぱりそうなんだ、としか思うしかない。
「何かしたんですか? 俺をだましたんですか?」
戦争の時の戦友と思っているのはジョバンニさんだけで、相手からはそう思われていなかったとか。
「もしかして、戦争の時に、グレンツェの人たちを馬鹿にした人たちがいるって聞いたんですけど、あれって、ジョバンニさんなんですか?」
だとすると、合点がいく。いじめっ子はそう思っていないパターンだろう。
しかし、その問いかけにも反応がない。
「ジョバンニさん!」
肩を揺するが、俺程度ではびくともしない。まだお辞儀したままである。
「……」
まったく埒があきそうにない。門も開く気配がない。
スタートライン、というよりも、かなり後退したんじゃないだろうか……。一旦リセットするしかない。




