醤油のプレゼン
皿に入れられた黒い液体を見て、「悪魔からの毒とか何かか?」そんなことを言い始める者もいた。
「いえいえ、これは調味料です」
そう言って俺は指につけてペロっと舐めて見せた。
驚く者もいたが、俺がケロっとしているので、興味を持ち始めた。
「これはどういう調味料なんですか?」
この村の領主に就任して日数も経ったからなのか、倹約だけじゃなく新しい物にも興味を持ち始めたようだ。気になったのか、領主は物欲しそうに目を凝らしている。
「醤油というものです。さっき話した麵切り包丁を作ってくれる工房のある村で、親切にしてくれた方が個人的に作ってまして……舐めてみます?」
そう言って、小皿に少し注いで渡した。俺と同様に、指につけて舐めると思ったので何も言わなかったら、そのままグイっと飲み干してしまった。
「グァァァ!」
初めての醤油体験、小さじ一杯くらいとはいえ、口に含むとしょっぱさ爆発だろう。領主は脇に置かれている水を一気飲みした。
「はぁはぁはぁ……」
水を飲み干し、頭を抱えている。まだ胃から辛さと醤油独特のにおいが口に戻ってきているようで苦しそう。
「大丈夫ですか?」
「タナカ殿! こ、これは本当に毒じゃないんでしょうね?」
「塩分が濃いという部分では、摂取のし過ぎは毒になってしまいますが、基本的に俺にとっては美味しい調味料で、蕎麦に必須の物です」
「これが、ですか?」
説明をするよりも、味わってもらう。食はそれですべて理解してもらえる。村民に出汁と蕎麦を用意できるか聞いて、あると言うので、いま集まっている領主の台所へ持ってきてもらった。
少し、沸騰しないくらいに温め、砂糖を小さじ1程度、醤油は、本当は大さじ1入れたいけど、それより少し少なめにして、塩を少々+少々入れて整えた。
「うん、大丈夫」
これは俺の知っている蕎麦つゆの味だ、と思ったが、そこは言葉を飲み込んだ。
「では、ご賞味ください」
茹でてた蕎麦を入れて、味見程度の量をコップに分けて皆さんに渡した。この場には領主含めて5人いる。半数が納得したら十分アリだと思う。
ズルズルズル。
蕎麦をかきこみ、鼻から息を吸い、香りを楽しむ。そういう食べ方をしている。
ゆっくりと口の中に残る出汁と醤油の味を感じている。
一人が二口目にいった。それに続き二人目、三人目、全員と。
さらに、さっき一気飲みして塩辛さに悶絶して苦しんでいた領主は、コップのつゆをゴクゴク飲み干している。他の人もそれに倣う。
喉を通るつゆをゴクっと流す音が聞こえる。
「ぷはぁ~」
「ふぅ~」
飲み干したということは、5人とも満足できたものなのだろうと、俺は確信した。この世界でも蕎麦には醤油と出汁が合う。
「タナカ、これは良い。塩だけでは引き出せなかった出汁のうま味が出てきている気がする」
「さっきの麵切り包丁と一緒にこれも欲しいって言ったら、手に入れることはできるのか?」
「でも個人的に作ってるとなると、量も少なく貴重なんじゃないのか?」
興味がわいてきたので、また色々と聞きたいことが出てきたようだ。俺は醤油というのは麹菌というものが必要で、それをビンデバルトのある一人が作り出して……というところから説明をして、この日は暮れて行った。
*
翌朝、俺は眠かった。
真夜中まで、この村をどうやってよくしていこうか、という話を領主を交えて村民と話していた。
楽しい時間だった。村民が領主と村の未来を話しできるという環境は、主従だけじゃなく、領主が村民がいるからこそ村として存在する価値を理解している、ということだろう。お互いに頼りにしているように見えた。この村の未来は明るいと信じたい。
俺がたまたま見つけた蕎麦の実だったが、何人もの人を救っていくことができるのだろう。それは少し驕り過ぎなのだろうか。でも、それくらい気分が晴れる昨晩の内容だった。
また、ビンデバルトのコンツまで戻るのに半日かかるので、ほぼとんぼ返り状態だけど、朝、このまま村をでて、コンツに向う。
「じゃあ、3日連続になるけど、今日もよろしくな」
久々に戻ってきていた元ねぐら・領主の馬房にいたマテンロウに声をかけ、跨った。




