包丁のプレゼン
先日泊まっていた宿屋に戻った。そこは、俺やエルフリーデはすでにいないのだが、マテンロウとキャラメルはまだ泊めてもらっている。この場合は停めるなのか?
2週間ぶりの対面だが、両方とも元気の様子だ。「素直で良い子たちだったよ」とはここの主人の談。
宿屋へは前金で2頭分の2000ベルを前金で払っている。「迷惑かけないし、まだまだ泊めてても大丈夫だよ」とのこと。お言葉に甘えよう。
とはいえ、ヤンチャなのはマテンロウ。ゴロンゴロン寝転んでいるんだろう、おがくずがたくさんついている。俺に「ブラッシングをしろ」と求めてきている。
宿屋の主人にお願いしたところ、「今朝もやったんだけどなぁ」ということだった。ありがとうございます。でも足らなさそうなのでブラシを借りた。
根ブラシは表面を掃除するような、少し長く硬めのブラシだ。皮膚に当たらないように、慎重にやる。元が良いので、ゴミが取れるだけで男前になる。そのあと短めの柔らかい毛ブラシで艶を出してあげる。
今日俺が乗っていくのは自分のマテンロウだけだが、となりでキャラメルが「私は?」とこちらを見ていたので、結局2頭にブラッシングをした。気持ちよさそうにしていたので、俺も満足した。
「しかし、この体験は異世界じゃないと……いや、異世界でもこんな良い馬を持っているって、なかなかできない経験だな」
自動車の無い時代だから、馬はまだ貴重な存在だ。言ってしまえばフェラーリに乗ってるようなものだろう。これまたありがたい。
マテンロウに跨り、宿屋の主人に数日乗っていくことを告げて出て行った。キャラメルは寂しそうに見送ってくれた。
「そういえば、この子たちも離れ離れになるのは久々か……」
そんなことを思うと、少しでも早く帰ってきてあげようと思った。
*
一度通ったことのある道中は、気分的に案外楽である。「いつ着くのだろう」という不安がない。
コンツで1泊して、翌日バッケスホーフへ行こうと考えたので、ジョバンニのところへ立ち寄った。
しかし、この日は不在だった。「明日帰る」という札があった。
「城や首都の感想を伝える名目で、泊めてもらおうと思ったのに……」
目論見は外れた。仕方がないので普通に宿屋に泊まった。晩御飯は先日と同じ定食屋で刺身定食を食べた。白身魚と青魚。どちらも美味く満足だった。というか「明日帰る」って札、いつ出したのだろうか?
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翌日早朝に出発した。途中に積んである石を改めて見ると、ここが戦場で、グレンツェの戦士たちがいたことを感じることになった。
「手の合わせて祈ったことは間違いじゃなかったんだな」
マテンロウから降り、改めて、前よりもゆっくりと時間をかけて手を合わせて、冥福を祈った。
そこから食事も乗りながらだったこともあり、前より早く夕方より前にバッケスホーフへ到着した。
しっかりとした馬なので、戻ってくるだけで村民たちの注目の的になる。そのオマケのような感じで俺は発見された。
「あれ? タナカ一人なの? お姉ちゃんは? やっぱ一人? 離婚したの?」
どうしてこうも女の子はオマセなのか、そしてなぜいつもこの辺りを遊び場にしているのか。門番の自慢の娘・ミアが出迎えてくれた。
俺はマテンロウから降りて、彼を労った。結構早足だったのに、まったく疲れを見せていない。乗っていただけの俺の方がつらい。特にお尻と腰。あとふとももも。
「ミア……俺は俺、エルフリーデはエルフリーデで行動することもあるんだよ?」
諭すように言ってみたが、効果はない。
「お姉ちゃんは一人でも大丈夫だろうけど、タナカって半人前だから保護者が必要じゃん?」
そう見られていたのか。俺としては保護者気分だったんだけど。でもまぁ、一言の強さとか、気品とか考えると、エルフリーデの方が格が上に見えるよな。仕方がないか。
そのあたりの説明は諦めて、ミアに別れを告げ、俺は領主の元へ伺った。
*
「麵切り包丁ですか」
領主に呼ばれて、蕎麦打ちができる村人たちも同席している。図面で見せている包丁は、彼らが知っているの包丁とは変わった形をしている。
「これは、柄の部分を持って、ストンと下にバランス良く落とすことができる形なんですよ」
ジェスチャーを交えながら、麵切り包丁の良さを伝えた。
「確かに、今あるものでは均等に力が入らなかったんだよな」
「使ってみて良いなら俺は欲しいと思うけど」
「けっこう値段するんじゃねぇのか?」
色々と意見が出てくる。その都度俺は答える。
「この包丁は蕎麦を切るため専用だから、均等に切れることになるし、太さも一緒にした方が味が統一されるので、お客さんも喜ぶと思います」
「そんなに生産数が無いと思うので、まずは1本をみんなで試して使うってのはどうでしょうか?」
「値段はこれから交渉します。最終的には購入できる範囲になるようにします」
俺の誠意も伝わっている。元々この村を立て直したいという気持ちを理解してもらっていて、利益を貪ろうというのが無いというのが伝わってるのも話が早い。
「でも、これはビンデバルトの技術だけど、大丈夫なのですか?」
領主から当たり前の疑問が投げかけられた。変わった形の包丁ということで、みんな盛り上がっていたが、少し不安を覚えたように見える。
「そこは大丈夫です。タナカが専売にさせてもらっていますが、商業ギルドで扱わせていただく商品なので、国を超えても大丈夫です」
ようは闇取引ではないってことだ。
「ただし、購入できるのはタナカが購入者をチェックして、職人さんの了承を得てから生産することになります」
「ということは、俺たちは売ってもらえないかもしれないってことかい?」
さらにみんなが不安になりざわつく。
「いえいえ、そういうことではなく、バッケスホーフの蕎麦ありきなので、そのあたりが大丈夫です。この村を貧困から救いたい、という思いは先方に伝わっています。ただ単に、刃物は使い方によっては人を傷つけることもあるので、俺が管理してほしい、ということです」
皆さんのため、ということを説明できたようで、安心してもらえたようだ。
「とにかく、今後サンプルを1本作ってもらい、領主さんに預けて、みんなで使って、注文するか決める、というのはどうでしょうか?」
その提案に、皆さんは異議なかった。領主の元で管理すれば、作ってくれるタルキさんや工房組合も納得してくれるだろう。
「ついでの話ですが、あともう一つありまして」
俺はそう言って、醤油の入っている筒を取り出した。




