審査待ち
板の間ということもあり、少し体が痛いが、疲れはそこそこ取れた。
朝、ゴトーさんがおかゆを出してくれた。つけ合わせは味噌と漬物。こういう食は。ホッとする。ありがとうゴトーさん。ありがとう麹。
*
館を出て、しっかりと表情を見ると、すごく懐かしい、馴染みのある顔のような気もする。
何代か代替わりしているとうこともあるのだろうけど、ここのはじめを作ったのは日本人であるゴトーさんの影響があるのだとわかる。
追分だんご屋の店員が言っていたが、基本的に皆さん背が低いのが特徴だ。高くても160センチほどだろうか。この世界にすると低めで、たしかに目立つだろう。
村の中心にある公民館のような建物まで、ゴトーさんに連れられて来たものの、前で待たされている。すでに2時間くらいたっているだろうか。
新規の話というのはなかなか通らなかったりする。ましてや、戦後の新規取引の件数はほぼ0だと思うし。長期戦になるんだろうか。
公民館の前で待ちぼうけ食らっている俺の姿を、村民たちがチラチラ見てくる。目を合わせて手を振ると、目をそらしてそそくさと去っていく。
「この世界の俺、見た目は結構好青年だと思ってるんだけどな」
ちょっとショックだけど、戦前から交流していた商人以外の部外者が入ってくることが珍しいので、仕方がないか。
さらにそこから1時間ほど経ってゴトーさんと、若い衆っぽい人たち何人か出てきた。
若い衆と言っても、30代働き盛りで職人やってます。というちょっと筋肉質なお兄さん方である。その中の一人が声をかけてきた。
「あなたがタナカさんですか?」
「は、はい」
「ゴトーより話を聞きました。ただ、すぐには結論が出せません。あなたとの交流で村がどうなるか、良し悪しを吟味させていただきたいのです」
閉鎖的な村と聞いていたので、もう少しコミュ力が低いと思っていたら、すごく丁寧な人だ。
「えぇ、大丈夫です。特にあと急ぎで用事があるわけでもないですし」
「それはありがたい。我々も仕事の合間に集まって検討させていただきます」
ということを言われ、若い衆は去っていった。……ん? このあとさらに検討って、今日じゃないってことなのか?
その会合は2週間続き、俺はその間、ゴトーさんの屋敷に泊めてもらっていた。3食付き。ほぼ和食だった。最高!
*
2週間もすると、敬われているゴトーさんと仲良く話をしている俺に対して、村民は身近に感じてくれるようになっていた。
「タナカ、今日はうち寄っていくのかい?」
ゴトーさんがいつも野菜をもらっている家に、俺がお遣いに出ることもあったので、声をかけてくれたりしていた。
「あとで取りに伺います」
気軽に話もするようになったが、外の話をするのはできるだけ控えてほしいと、ゴトーさんから止められていた。
まだ積極的に交流する時期ではない、ということだった。それはその土地の文化や営みを壊してしまうことになるので守った。
そして今日は若い衆の結論が出るということで公民館へ来た。そこにはすでに、ゴトーさんと若い衆の一人が待っていた。
「お待たせしました」
「いえ、時間前なので大丈夫ですよ」
「さっき結論が出たところだ」
2週間。思ったよりも長かった審査期間、結果は……。若い衆が口を開いた。
「タナカさんが扱いたいと言ってる麺切り包丁という商品。一つの工房が作ることになりました」
ということは、つまり。
「ですので、正式に商品を扱っていただいて大丈夫です」
「あ、ありがとうございます!」
ゴトーさんの顔を見た。ゆっくりと頷いてくれている。本当に取引ができるみたいだ。
「この2週間、村の人とどういった感じで交流されるかを見ていました。お聞きになっているとのことですが、先の戦争で、我々グレンツェは地位を低く見られたという歴史があります。ですが、タナカさんは同等か、それ以上に気遣って交流してくれていました。だから、我々としても是非という考えになりました」
これはうれしいことだ。特に相手を敬うとかそんなことを考えずに普通に接してただけだったのだけど、それが良かったんだろう。心を掴めてたようだった。
ただ、条件が付いた。
「商業ギルトを通していただく理由もゴトーから聞きました。それも問題ありません。ギルドに所属しているから通さなければならないというのも別の理由があるでしょう。ただし、購入される方はタナカさんの眼鏡に叶った方だけにしていただきたいです」
「といますと? どういうことですか?」
「まず、あまり数を作れません。それに刃物は扱い方で人を傷つけることもあります。グレンツェの包丁が殺めたとなると、我々もやるせないです。購入希望者にはタナカさんが会って、その人を知り、発注していただく、ということです」
つまり、売買できる数は、俺の目の届く範囲ってこと。数はあまり出ないので、儲けという部分では薄いが、グレンツェの工房で作ったというブランドは大きくなるだろう。
ただし、この村との取引を新規に開始できたというのは、何よりも信頼を得る証拠となるのではないか。俺にとってメリットもある。断る理由はない。
「了解しました。ご検討いただきありがとうございます」
俺は深々とお辞儀をした。そして小さくガッツポーズをとった。
「タナカ、窓口はこの若い衆、タルキがやるから、よろしくな」
「あぁ、すみません、名乗るのを忘れていました。タルキです。工房組合の組合長をしています」
「俺も、自己紹介遅れてすみません。タナカです。ビンデバルト出身の商人になります」
「ご年齢は?」
「17歳です」
「17? ゴトーさんとの古い知人と聞いたのですが……お若いですね」
ゴトーさんを確認すると、くすくす笑っている。俺がどうやってごまかすのか、楽しみにしているような意地悪さだ。
「そ、そうですね。何と言いますか、前の“世代”からの知人という感じになっています」
「あ、なるほど、ご先祖様ということですね。ゴトーさんはなぜだか長寿なので、お知り合いも多いみたいですし」
世代、というのを強調して見たら、タルキさんは自己完結してくれた。ふぅ~。
「よくぞ乗り切った。ハッタリも商人には必要だからな」
コソっとゴトーさんは俺にだけ聞こえるように言ってきた。
「バレて困るのはあなたもでしょ?」
俺も小突いて小声で言い返した。
「ははは、お二人は仲が良いのですね」
これもタルキさんの勘違いで助かった。
*
それからすぐに、俺はバッケスホーフの人たちが欲するかどうか、確認のために戻らなければならなくなった。
3週間ほどなので、結構出戻りな感じもするが。




