できれば包丁をお願いします
俺が商品を扱いたいというと、蕎麦で笑顔になっていたゴトーさんだったが、一気に真顔になった。
そして深くため息をついて答えてくれた。
「俺は、ここで頭首をさせてもらっているが、それはあくまで年配者を敬ってくれているだけと思っている。今起きていることは、今の若いやつらに判断させたい」
髭を触りながら話を続ける。
「俺個人としては、タナカに協力してあげたい。しかしタダというわけにはいかん。若いやつらに言うにも、何か理由が無いと説明できん」
ギロリと俺の方を見つめる。何か扱いたいなら、対価……おそらくお金ではない何かということだろう。メリットを聞かれている。
俺が持っている手札から、何を出せばよいだろうか……。タピオカや蕎麦と言っても、たぶんそれは普通にギルドから購入すればよいだろう。
蕎麦がきじゃなく、麺ってところはどうだろうか。
「少し小さい話になるのかもしれませんが、ゴトーさんが気に入ってくれた、この蕎麦打ちを、グレンツェの方が学びに来れるってのはどうでしょうか?」
このグレンツェは技術で育った村だと思う。となると、何か外から学べるというのはメリットではないだろうか。
体験型みたいなものがあっても良いかもしれない。お金よりも経験というものにどれだけ価値を感じてくれるだろうか。
「なるほど……面白いかもしれんな。村人の新しい技術の会得か」
ゴトーさんは村で麺状の蕎麦を食えるかもしれない、という個人的なものもあるだろうが、やはりメリットを感じてくれた。
麹づくりもそうだけど、何か新しい物を自らの手で作ってしまえ、という考えを持っているのであれば、学べるということはメリットにつながるようだ。
「ありがとうございます。とはいえ、俺も、グレンツェからの体験を受け入れてくれるかどうか、バッケスホーフの人たちに聞かないといけないので、すぐに決定とはできないんですが」
「もちろんだ。そんなに急ぐ話じゃない。まずはここの若者に意見を聞いて、大丈夫ならタナカの方の確認を取ればよい」
これで新たな、また俺だけ扱えるものが商材が手に入れられるかもしれない。
「ところで、タナカはグレンツェの何を扱いたいんだ?」
「そうですね――」
そう、この村の物は魅力的なものが多い。保冷が効く鉄の水槽とか、包丁とか、醤油とか……。
「――包丁っていかがでしょうか?」
「包丁? 包丁か……」
よく切れる包丁。使い方によっては人を殺めることもできてしまう。戦を嫌っているゴトーさんなので、そこは懸念されると思っていた。
「どんな包丁が欲しいのだ?」
「できれば、麵切り包丁を作っていただけないでしょうか」
「麺切り? あぁ、あの四角くて細長いやつか。江戸で見たな……なるほど、それは良いかもな」
蕎麦に使う麺切り包丁は長方形で、柄の部分の下にも刃の部分がある。独特の形だった。説明に困ると思ったが、前の世界で食べたときに見ていたらしい。
「そのバッケスホーフという村のためか?」
「はい、そうです。少しでも貧困から脱却するためにお店とか、できれば将来的に名物にしたいので、良い道具があれば助かると思いまして」
「他人を思ってか……それを聞くと、うちの若いやつを説得せんとな」
「ゴトーさん……」
前向き、超前向きに反応してくれている。心強い。
「でもそれなら数はいらないんじゃないのか? わざわざ商業ギルトで扱わなくても」
「たしかにそうなんですが、どちらかというと、その部分は俺の実績作りと申しますか……」
取引どころか交流を持たないと言われている、グレンツェの人が作ったものを扱っているタナカって誰だ? とギルド内で話題になれば、今後色々と商売をしやすくなるかもしれない。という打算がある。
それを説明すると、ゴトーさんも納得してくれた。「商人っぽさがあって良いと思う」と褒めてくれた。
「あともう一つ……」
「まだあるのか?」
「えぇ、その醤油ですが、バッケスホーフの人たちが美味しいと言えば、融通つけられませんか?」
「蕎麦に醤油は欲しいだろうけど、ビンデバルトと同じで口に合わないと思うぞ?」
「試しに少しもらって、美味しいってなれば検討してもらえないですか?」
「まぁうちの若いやつらについでに聞いておくとするよ……タナカだけ交流するのに追加されるだけだから、そんなに手間は増えんと思うが……」
「何か心配でもありますか?」
「閉鎖的にしてしまったのは俺の責任だけど、いろいろ提案に興味を持つかどうか」
そりゃそうか。彼らからすると得体の知れない俺か。ゴトーさんも同じ日本からの転生者とわかったから打ち解けてくれただけで、そうじゃなかったら、もしかしたら生きてなかったのかもしれないし……ちょっとゾワっとする。
「まずは、明日だな。今日は暗くなってるし、この部屋……は広いけど、貸してやるから、泊まっていきな」
応接間ということもあり、広い。かなり持て余しそうだが、せっかくなので、寝て待つことにさせてもらおう。
「ありがとうございます。では明日、よろしくお願いします」




