ゴトーさんの話
加賀藩穴生生まれ。石垣は粗く積むがしっかりとしている、いわゆる穴太積みの後藤家の人。
穴太積みは俺がいた平成では知られているが、元々は野面積みということ。その積み方を知ってて言ってしまったので、俺が転生者とバレたのだけど。
金沢城の石垣の修築の時に転落して、「死んだ」と思ったら、この世界に来ていたらしい。
生まれたばかりの時は記憶がないらしいが、徐々に成長するにつれて思い出してきた。自分が日本にいて石工だったということ。
俺とは少し違うが、思いだしたら成長が一気に進む。当たり前だが、他の子供違って1周分知っているので、人生ショートカットできる。ゴトーさんもそうだったようだ。
育つにつれて、背が低いずんぐりむっくりに育っていくので、両親は本当に自分の子なのかと疑い始め、だんだんと愛情をもらえなくなっていた。
だが、そこは転生者。さらにゴトーさんは技術職だったので生きていく術、つまり稼ぎ方は身に着けていた。
ただ、どうせなら同じ石工ではなく、他の仕事もしたかった。前の世界で見ていた刀剣など、鉄を扱うことを勉強し始め会得した。
成人し、奉公に出るという体裁で、そのまま実家を離れた。
初めは雇ってくれた工房での仕事を真面目にこなしていた。現国王の話を聞いても思っていたが、当時から少しイタリアン気質が多いビンデバルトで、ただ真面目に仕事をするだけで誉められ、気づけば出世していた。
ゴトーさんに頼めば何とかしてくれる。そんな声が響き渡っていた。包丁やお皿など基本的に生活必需品を作っていたが、頼まれたら石関係も手伝った。
その真面目さが当時の王の耳にも入った。「この地に首都を築きたい。石垣製作を手伝ってほしい」と連絡があった。
嫌ではなかった。なぜなら稼ぎが良かった。その時、工房で弟子みたいなものが幾人かいた。それらを食わせなければならなかった。
ゴトーさんの組は、本人も弟子もずんぐりむっくりが多かった。容姿で誉められたことがない弟子が多かった。立派に名のあるゴトーさんだったので、「自分の頑張れば尊敬される存在になれる」という者もいた。それゆえに、組の結束力は公私ともに高かった。
気がかりなのは、城ということは軍事に関わることであり、できればやりたくなかった。
転生する前は1800年あたりだったので、世の中で戦はあまりなかった時代だった。その時代に野面積みを所望されるのは、ある意味好きにさせてもらえることもあった。
ただ、今回はまだこれから大きくなっていくだろうビンデバルトの城。争いの拠点となるのは目に見えていた。
ゴトーさんは悩んだけど、やはり背に腹は代えられない。弟子を養うため、渋々石垣製作に加わった。
石の確保、弟子を使い、指示系統をしっかりすることで、数年もあれば完成した。その頃、すでに50代。転生前を超えていた。
この城の完成に寄与したことで、国王から恩賞を賜った。それが、この村・グレンツェ一帯である。
過分であると初めは断ったが、当時の国王が譲らなかった。というか、意図は別のところにあった。
開発もされていない土地だったので、ゴトーさんの力で人が住めるようにしてほしいということだった。その本心を聞き、それならば、と受け取ることにした。
すでに家庭を持っていたので、自分の土地が持てることはありがたかった。弟子たちにも報酬として土地を分け与えることができた。
そこから道具を作り、開墾し、自給自足ができるまで発展させることができた。10年ほどかかった。
不毛の土地の開墾に成功したということで、作っていた道具を欲しいという依頼も舞い込んできて、グレンツェの工房も盛り上がっていた。
ゴトーさんは包丁製作の技術を磨いていった。美味しい魚が食べたい。刺身が食べたいという一心だった。能登の魚を思い出していた。
弟子たちも家庭を持ち、弟子、ゴトーさんにとって孫弟子もでき、鉄製の水槽など新しい商品も増えてきて、グレンツェは順風満帆かに思えた。実際、村は問題なかった。
気が付けば、ゴトーさんは己の老いの速度が落ちているのに気が付いた。初めは鏡に映る姿。10年以上変化がないのではないかと。それから、弟子たちに貫禄が出てきて、自分と変わらなくなってきていた。気が付けば、息子たちは家庭を持ち孫も生まれた。「親父って昔から変わんないよね」ふと言った息子の一言は、いつまでも若々しい、という冗談ではなく、本当に変わっていないことへの畏怖だった。
いずれ人の目や醜聞が怖くなり、村から少し離れたところに引きこもるようになった。
初めは呼び掛けてきていた妻や息子たちも、考えを変えないゴトーさんに愛想をつかした。そして何度か季節を繰り返したころ、妻が亡くなったと噂で聞き、弟子も息子たちも亡くなっていた。それでも自分は年の取り方を忘れたように、見た目も中身も衰えてこなかった。




