野武士
背の低い髭もじゃオヤジに、腕掴まれ引かれて連れていかれている。
それを村の人たちは、異物が入ってきたような目で俺を見ている。と感じている。何も言わずに見られている様子が、そう思わせた。
招かざる客ということであろう。閉鎖的な村だということは、肌に触れる空気でも感じ取れそうだ。
しかし、黙々と俺を連れて行くこの髭もじゃオヤジはなんだ。見た目は60歳くらいだろうか、髭に隠れているが、見えているところを確認すると、前の世界の俺よりも老けた感じがする。しわの数はそれなりにある。
そして、すれ違う人たちが、一度動きを止めて会釈してくる。年功序列的な秩序があるのかと思ったが、このオヤジよりも高齢であろうヨボヨボな人も止まって頭を下げている。
頭領とかそういう存在なのだろうか。だとすると、俺はこれからどうなるのだろう。腕の掴まれ具合から、良い方向へ向かうとも感じられない。腕が痛い。
村のどのあたりになるのかわからないが、10分くらいだろうか、歩いたところに、白壁の屋敷があった。立派な武家屋敷門の前には警備のものがいる。その横の出番所というか潜り戸から中に入った。俺は結構屈まないとキツイくらいの高さだった。
「うわ……」
思わず声が出てしまった。そのため少しオヤジは振り向いたが、それでも気にせずに先に進む。
門の中は日本庭園が見えたり、枯山水がある。大きな石の周りは波紋が綺麗に描かれている。
玄関にたどり着くと、一段上がった板の間がある。
「脱げ」
オヤジは俺に向かって脱げという。ただ、これはおそらく「靴を脱げ」ということは理解できる。
「え~っと」
理解できたが、腕を掴まれていたので、目で訴えたら、やっと放してくれた。握られていたところには赤く模様が入っていた。
靴を脱いでいると、俺がもう逃げないとわかったからなのか、出迎えに出てきたお手伝いさんみたいな人に何か話をしている。
「脱いだ靴は……」
「そのままでいい。来い」
これ、俺が元々日本人じゃないと伝わらないんじゃないか? 寡黙というか不愛想というか、はっきりといって不親切で、怖い状況かもしれない。
純和風のしっかりした屋敷で、「うちは田舎の元豪族なんです」と言われると、そうだろうと思えるくらい立派。というか、俺にとってかなり違和感ないくらいの和風建築だ。
奥の部屋に通された。
「さすがに無いか」
襖が開けられたとき、畳があるのでは? と期待してしまったが、さすがにそこまでではなかった。
「おい!」
掛け声とともに、藁で編まれた座布団を放り投げてきた。その方向へ振り向いたときには、俺の脛に直撃していた。
「いっ……てぇ!」
そのまま膝をついて、しゃがみこんだ。上座の一段高いところに腰を下ろしたオヤジを睨んだが、それどころじゃなく痛い。
「それに座れ」
座れと言われても、脛の痛さで正座はできないし、さすがにこの世界で必要は無いだろう……痛いけど我慢して座った。怖いし。
髭もじゃオヤジは、鬱陶しくかぶさっていた前髪を掻きあげ、髪の毛を後ろで束ねた。それによって顔を見ることができた。
それは、ザ・野武士、という感じの和の顔であった。
「?」
どういうことだろうか。あまりに俺の知っている日本に似ている。いや少し古めだけど。田舎に行けばまだこういう屋敷もあるだろう。
「え~っと」
俺の思考は混乱している。それを見て、息を整えた野武士が言った。
「人払いはさせている。好きにして良いぞ」
何を見透かされているのだろうか。俺が今混乱しているのがどうしてだかバレているのだろうか。
「どうした? 何も気にせず話して良いぞ」
話して良いと言われても、何を? 「いやぁ、元いた世界に似てるんです」と自ら言うと、それはそれで痛いし、何か実験材料にされかねない。
あれこれ何か考えてしまって何も言い出せない俺に哀れみを感じたのか、野武士から話し始めた。
「お前は何者だ?」
石垣を抜こうとしていた俺だ。そりゃまぁ怪しいだろう。まずは自己紹介をしろということか。そこからどう料理するか判断ってところだろうか。
「俺は、タナカと言って、商人をしてます。国は隣のオイレンブルク出身です」
商人として発行してもらった通行手形を見せた。一応背景に王様がいるということで、出自の信用はされるだろう。
「ふむぅ、そういうことはまたあとで聞こう」
あれ? こういう自己紹介じゃないってことなのか? どういうことだろうか……。
「え~っと、何を聞かれていますか?」
わからないので、素直に聞いてみた。が、野武士の顔には「自分で考えろ」と書いているようだ。
そんなことを言われても、何を聞きたいのか見当がつかない。たしかに、石を抜こうとしたことが良くなかったのだろうか。興味を持つことは悪いことではないと思うが……。
「石垣を壊そうとしたわけでは無くですね――」
「違う」
そういうことでもないのか。頑固オヤジって感じで、本当に面倒な種族なんだろうか……。
「じゃあ聞くが、お前の年齢は? 今何歳だ?」
「え? 17ですけど」
何を聞きたいのか。俺の年齢は17歳だ。だからそのまま答えたんだけど、さらに表情が不機嫌を増している。
「17なわけないだろう。本当はどうなんだ?」
この世界の17歳には見えないのだろうか。いや、たぶんそういうことではない。この野武士、何か俺を見透かす能力でもあるのか。本当の年齢を求めてきているのだろうか。
思案の時間が長かったのか、野武士はしびれを切らした。
「じゃあ聞くが、俺はいくつに見える?」
昔の女子のセリフかよ。「いくつに見える?」「19?」「ブー」「20?」「ピンポーン」じゃない。どう考えても乙女には見えない。若く言われて喜ぶ人にも見えないので、素直に答えることにした。
「60歳くらいですか?」
「いや」
「それじゃあ65歳?」
「違う」
思ったより若作りなのだろうか。
「思い切って70歳とか?」
たいして思い切らなかった。野武士の眼力に日和ってしまった。でもそれでも首を横に振る。
本当にドワーフなのだろうか。そうなると見た目と年齢なんてのは俺にはわからない。
「わからないです」
素直に降参するしかなかった。
「だろうな」
そういって、野武士は大きなため息をつく。そして立ち上がり、俺の前まで来て、顔を突き出して言った。
「俺はな、こう見えて、250年を超えてるんだ」
ちょっと、何を言っているのか理解が追いつかない。




