この門、開かない
一応、グレンツェの入り口までは舗装されていたので、予定通り夕方までには到着できた。
しかし、静まり返っている。
目の前には3メートルくらいの石垣がある。門は、東京なら皇居、地方でも城へ行ったときに見たことがある。つまり、迫力がある構え。
ただ、茫然と見上げている。なぜなら「こんにちわ」いや「こんばんわ」と言ってみたが、何も反応がない。
「まさか、石垣だけでこの向こうに何もないとか!?」
と思ったが、律儀にしっかりと、「グレンツェ」の表示があるので間違いはなさそうだ。
そうすると、門の向こうはまだまだ先があって、誰にも聞こえないのだろうか。そっと門に耳を当てるが、人の息遣いはない。
「う~む。となると、誰かが来るまで待たないとダメなのだろうか」
行商の人が来た時に中が見えるかもしれない。ただ、もう日が暮れているのでこのままこの前に野宿して明日を待てばよいのだろうか。
地面を触ると、石畳なのでひんやりしている。石垣に背中を付けてもたれ掛かる。さらにひんやり。困った。
「……やっぱり誰も出てきそうにないなぁ」
冷たさを回避するために、立ってぶらぶら。疲れてひんやりを繰り返している。だが少し待っても人のいる気配がない。
何もしないのもつまらないので、せっかくだから石垣を眺めていた。
「日本ではよく見たんだよなぁ」
出版社という特性もあり、千代田区は良く訪問するところだった。皇居だけに限らず、飯田橋にもまだ門があった形跡として牛込門跡の石垣が残っていたりする。外堀内堀も石垣と言えばそうだ。結構見慣れている。
だけど、これは江戸城のような表面を加工した打込み切込みのような積み方ではない。それより前の野面積みだ。
自然の石を組み合わせてできる積み方なので、一見すると綺麗ではないが、石がそれぞれしっかりと噛み合って強固な作りである。
もちろん、今目の前にある石垣もしっかりとして、引っ張っても抜けるものではない。
「……念のため、引っ張ってみて、抜けたら向こうが見えたりしないかなぁ」
日本に石積みの技術があるなら、この異世界であってもおかしくない。どう文化が発展して同じようなものが誕生したのか。可能性はゼロではない。
ただ、技術的に甘かったりして、ヒョイっと抜けるかどうか、試してみたくなった。
「……むぅ」
やはり簡単には抜けそうにない。そして集中してしまっていたその俺の怪しい姿を、グレンツェの人に見つかってしまう。
「おい、貴様、何をしているんだ?」
「え?」
振り返ると、提灯を下げた髭もじゃのオヤジが俺に声をかけてきていた。
やっと会えた! と思ったのだが、俺は両手で石垣を持ち、右足をかけて、引っこ抜こうとしている。印象最悪である。
「あ、いや、これは!」
パっと手を放すが、ばっちりみられている。
背が低い。150センチくらいだろうか。これは追分だんご屋の店員が言っていたグレンツェの人だ、と一瞬で分かった。
「これは? だからなんだ?」
小さいが、腕の筋肉は隆々としている。ふとももくらいの太さがあるのだろうか。夜、提灯の光に照らされて、その凸凹がさらに強さを感じさせる。
さらに、しゃがれたドスの利いた声で、下から俺の顔を舐めるように見定めているのは、はっきり言って怖い。まず勝てない。そして背中は石垣、目の前には髭もじゃオヤジ。逃げられないだろう。
「いや、この野面積みを見てたら、一つ石が抜けないかなぁ……なんて」
本当のことを言って、ハハハハと愛想笑いしても、冗談は通じないようだ。むしろ怒らせてしまったのだろうか、手首をギュっと掴まれた。
「おい、なぜ知っている?」
腕の筋肉はダテではないみたいだ。掴まれた手首はガッチリ固まったように動かない。
「い、痛いです」
「そんなことはどうでも良い。なぜおまえはこの石垣を知っているんだ?」
かなり不快にしていることだけはわかる。血走った目が俺をギロっと見ている。
「え~っと、どうやってこんな感じで積めるのかなぁとか?」
「そうじゃない」
「え~っと、え~っと、首都で見た石垣を聞いたら――」
「そういうことじゃない!」
言い終わるよりも先に、否定されている。その間も、グイグイ俺の腕を持っていこうとする。このまま押し倒されてしまうのではないだろうか、と思うくらい強いので必死に抵抗する。
何を聞かれているのかわからない。俺がここを知っていて、いることがまずいのだろうか。
「この村に来た理由は、高い技術力があると聞い――」
「違う!」
静かなこの周囲に響き渡るくらい、怒鳴られてしまった。そして俺は硬直するばかり。学生時代のいたずらでも、こんな大声で怒鳴られることは無いだろう。
「チッ、もういい……来い!」
「え?」
さらに強く腕を引かれ、門の前に連れてこられた。
髭もじゃオヤジは門をリズミカルに叩いた。すると、中から閂が抜かれたような音があり、門が静かに開いた。
門番は俺の姿を見て、少し目を細めたが、髭もじゃオヤジが「かまわん」と言うと、頭を下げた。
そして、俺は髭もじゃオヤジに連れられて、グレンツェの中に入ることができた。
門の中は人がいた。たぶん俺が来て「こんばんわ」って言ってたのも聞いていたはず。でも開けてはくれなかった。さっきのリズミカルなノックが合図なのだろう。
でもなぜ俺は連れてこられたのだろうか……不安になってきた。




