バラックにて
俺たちもその小屋に入っても良いのだろうか。エルフリーデと二人驚いた顔を見合わせた。
近づくと中から声が聞こえてきた。
「会いたいって言っている人がいるんだけど、入れても良いかな?」
そう聞こえた。「会いたい人」ってことは、おそらくその相手はソフィアさんだろう。返事は聞こえてこない。俺たちは固唾を飲む。窓もないので様子がうかがえない。
ジョバンニが言ってたけど、この国はまだ回復途上とみるべきだと思った。コンツは町として良かったが、首都は発展しているところとそうじゃないところの差が激しそうだ。それに職業の差もあるのかもしれない。街や店を見る限り、職業差別的なものが見られなかったのは良かったが、環境は問題ありそうだ。
もう少し周りを見たほうが良いのかもしれないが、キョロキョロしていると何があるかわからない。どうしようか……と思っていたら、案外早くドアが開いた。
ゴツンっ
我々二人、開けられたドアに頭をぶつけた。
「……入って良いよ」
フィンは、頭を撫でる俺たちに構わず、ただ必要な言葉だけ伝えて中に入っていった。
「ドアが壊れなくて良かったね」
重苦しい空気を和ませようと伝えたら、エルフリーデは少しだけ笑顔を見せてくれた。
*
部屋は1つしかなかった。俺たちがバッケスホーフで泊まらせてもらっていた小屋に比べると良いと感じられる。だが、貧しかったバッケスホーフの人たちの家よりは環境が良く見えない。そして、先ほど通ってきた住宅街に比べるとかなり質が下がる。
1部屋とはいえ、広さはある。真ん中にテーブルとイス、周囲にベッドが2つ、台所用品やチェストなどもあることを考えると、30~40平方メートルというところか。外見からすると中身はしっかりと生活できる様子だ。
年配の女性が一人、ベッドに腰を掛けている。かなり痩せているように見える。俺たちが部屋に入ってきたのは気付いているようで、優し笑みを向けてくれている。ただ、俺たちが会釈して見せたが反応がない。
俺がキョロキョロ見ているとフィンが「んんっ」と咳払いした。確かに、かなり失礼なことをしてしまったと、頭を下げ詫びた。
エルフリーデが俺の袖をつかんできた。
「……」
その表情は硬い。手は震えている。無理してなんとか立っている様子だ。俺はエルフリーデが倒れないように、腰手を当て引き寄せた。
その様子から、この年配の女性がエルフリーデがサービスエリアの乗り合いの馬車で見た人なのだろう。
そして、おそらく、エルフリーデの記憶にある母親ということだと、わかった。
「お母さん……」
エルフリーデのその声に、その女性がガタっと体を動かし、立ち上がろうとした。しかし、手を付こうとした場所に支えがなく、少しバランスを崩し、体を倒しそうになったが、寸でのところでフィンが支えることができた。
その様子を見て、この女性は目が見えなくなっているのではないかと思った。だから、俺たちが会釈しても見えていなかったのだろう。
エルフリーデは確信を持っているようだが、まだその女性はわかっていない。7年経ってようが、自分の娘ならわかるだろう。それが見えていないようだ。
フィンが耳元でささやく。すると、女性はフィンの肩に力強く手をかけて立ち上がった。そして、唇を震わせながら、「エルフィ……」と名前を口にした。
その呼び方、紛れもない。
それにより確証を得たエルフリーデは、母の元にかけより、抱き着き叫んだ。
「お母ぁさん!!」
細い母親の体を傷つけないよう、優しく、でも7年の思いを込めた強さで抱きしめた。
「エルフィ? エルフィなのね?」
自分が知っている娘の大きさではない人に抱かれているので、戸惑っているが、それでも母親は娘を間違えない。声と匂いでそれとわかっている。
二人はお互い名前を呼び合い、抱きしめ合い、泣いている。
俺は眺めて、少し涙腺が緩くなっている。フィンもそれを眺める。思いはどうかわからないが、会わせようとしてくれいたのだろうか。
フィンとエルフリーデの母・ソフィアはどういう関係でここにいるのだろうか。この7年間何があったのだろうか。
俺は他人だけど、オイレンブルクに住むものとして、王と知り合いになってしまったり、その娘・エルフリーデと友人になってしまったゆえに、知りたいと思ってしまうし、知っておかなければならないと思う。
二人はまだ抱きしめ合っているが、それを見つめるフィンの表情に変化はない。




