母を探して
首都・ビンデバルトの夕方は、学校や仕事を終えた者、これから仕事の者が道を行き来する。レンガ造りの高い建物もあり、さすが首都である。発展している街の様相だ。
首都への門をくぐると、すべて石畳で舗装されている。凸凹は少なく、とても平らな石で技術の高さも感心する。
前の世界との比較は難しいが、中世くらいとイメージすると、ここは池袋か難波くらいにあたると思われる人通りだ。ただ、首都というから正面に見える場所に城があると思ったが見当たらないのは気になるが……。
勤め人の憩いの場としてバルがあったり、学生たちが小腹を満たすような軽食の店や、女性たちが楽しめそうな商業施設も充実しているようだ。
街が全体キラキラとしていて、エルフリーデはその明るさに圧倒されている。きょろきょろと周りを見渡しているが、まずは宿泊場所を探して馬たちを停めておかなければならない。
「お母様を探すのは、それからで良いよね?」
俺の問いかけも少し上の空だったが、理解できたとみて宿探しをした。
発展している街ということもあり、空き部屋を探すのには苦労した。お祭りなどはないが、人や物の流通が多く宿もそうそうに埋まってしまうとのこと。特にシングルが早く埋まってしまうとのこおで、やっと見つけられた宿はダブルの部屋だった。
宿の店主も俺たちをちらちらと見ながら「大丈夫ですかぁ?」と卑猥な目で見つめていたが、そのあたりは安心してほしい。ダメそうな場合は俺が床で寝る。年齢的にも若いが、こういう時は王からもらった手形が相手を安心させる担保になる。
そもそもバッケスホーフで蕎麦を育ててた時も小屋で何日も過ごした仲である。俺からすると王様から預かっているお嬢様につらい思いをさせることもできない。大丈夫だ。
エルフリーデは少し遠慮していたようだが、宿探しにかかった時間を考えると、ここでさっさと切り上げて、お母様探しに充てたほうが良い。そう伝えると納得したので、今日の宿は決まった。
荷物を置いて、係留している愛馬たちがスヤスヤと休んでいるのを確認し、すぐに宿を出た。
「晩御飯は何か食べながらで良い?」
コンビニはなさそうだけど、テイクアウトにして片手で食べるファストフードはいくつもありそうだ。歩いている人を見ると、何人か食事をしながらだったりするので、ルール的にやって問題なさそうだ。
「そうね、食べながらが良いかもね」
エルフリーデはそれよりも先に母親を見つけたいという思いが強そうだ。周りを見渡す姿が少し怪しさがある。
「はやる気持ちはわかるけど、怪しくみえるので少し押さえてほしいんだけど……」
「あ……そうね」
自分の姿が下品に見えていたのかとエルフリーデは後悔した。落ち込ませるつもりはなかった。
「いや、ごめん。すごく気持ちはわかる。だから俺もしっかりと手伝うから、ね」
*
小麦粉を薄く伸ばして焼いた生地に野菜や肉をまいたトルティーヤというか、ラップサンドというか、分厚めのクレープのようなものがあったので、それを食べながら街中をぶらぶらしている。
「美味しいね」
「……」
俺が問いかけても反応が薄い。それだけ真剣なのだろうけど、やみ雲に記憶をたどり、姿を探してしまっている。
「ねぇ、何かヒントとか無い?」
俺が聞いたのはさっき見たという服装と髪型だけ。さすがにそれだけで見つけるのは難しい。
「う~ん、名前は……出て行ったときに変えてしまってる可能性があるかなぁと思うんだけど」
「たしかに……偽名とか使わないとオイレンブルクから追われる可能性があるしね」
国王の元妻とはいえ、勝手に国外に逃亡したはずなので、普通は罪人となる。それを考えると名前は変えている可能性が高い。
「だけど、一応それで聞き込みしてみない?」
「そうだね!」
王妃になり損ねた、エルフリーデの母親の名前はソフィア。昔から細身だったとのこと。あと、美人だったらしい。
街はお酒など入り、さらに盛り上がりを見せていた。そんな中、俺たちは「ソフィアという女性をご存じないですか?」と面倒なことを聞いている。当然店からはあまり相手にされない。
街ゆく人や、何店舗も回ったものの有益な情報は得られなかった。もちろん馬車乗り場にも行ったが、すでに営業時間が終了していて聞くことはできなかった。
「なかなか見つからないわね」
「そうだね……」
聞き方は間違えていない。しらみつぶしに回るしかない。乗り場のベンチに腰を掛けているが、少しはずれにあるのでひっそりとしている。
母親の情報は少ないが、いくつか探っていると、さすがに元は重要人物、誰かが何かを仕掛けてくると思った。そのために俺は覚悟を決めなければと考えていたので、警戒をしていた。
「君が、ソフィアさんを探しているって?」
その昔だとチーマーと言えばよいのか、ガラの悪そうな男が声をかけてきた。後ろに数人従えている。
俺は腰の剣に手をかけようとするが、相手も武器を持っている。多勢に無勢。少し様子を見るか。目くらまし用に持ち歩いている腰袋の位置を探り確認した。
「えぇ、探しているわ。でもあなたに関係あって?」
気高く、かつ美しく。気品を持ちながらエルフリーデはチンピラ風の男たちに振舞った。
「ふ、強い女は嫌いじゃねぇぜ」
「それはどうも」
見たところ、一触即発という感じなのだろうか。お互い次の動きを警戒しているようにも見える。
「名前は?」
チンピラ風の男が聞いてくる。エルフリーデの名前を出すと、隣国の王女と感づくやつがいるかもしれない。それはマズいと俺が答えた。
「た、タナカだよ!」
しかし、もちろんそれは正解ではなかった。
「お前ぇじゃねえよ!」
即、きれいなツッコミだった。でも迫力があり、怖ったので「ひぃ!」と漫画のようにひるんでしまった。
街から外れた停留所で、地元のヤンチャたちに絡まれて、まだどれだけ後ろに隠れているのかわからない。怖いわけない。気丈にふるまうつもりが、思わず声を出してしまった。
しかし、彼らは俺を気にすることもなくエルフリーデを見ている。
「……エルフリーデ。でもそれがあなたにとって何になるの?」
その名前を聞いて、彼らは顔を見合わせ頷いている。気づいてしまったのか……。
「そうか、わかった、それなら俺に付いてき――」
チンピラ風の男が言葉を言い終わる前に、俺は目くらましの袋を投げつけた。中身はなんてことはない、蕎麦粉だ。驚かせて時間稼ぎになればと思った。
「行くぞ、エルフリーデ!」
腕をつかみ、逃げようとしたが、投げつけた袋は、チンピラ風の男の剣により一刀両断され、むなしくも空に舞った。そして振った剣の圧により、粉は跡形もなく消え去った。
「余計なことをするんじゃねぇよ」
彼は強い。直感で感じられた。本当に強いと簡単に手の内は明かさない。初めに声をかけてきたと考えると、瞬間やり返されても対処できる自信があったからだろう。
エルフリーデと顔を見合わせて、彼の言うとおりと付いて行くことにした。




