あれから7年、
俺はエルフリーデの言葉に耳を疑った。お母さんと言ったのか? エルフリーデの視線の先を追うと、乗り合いの馬車が見える。
「お母さん!」
やはり聞き間違えではなかった。視線の先、あの馬車の荷台にエルフリーデは母親の影を見たようだ。たまらず走って追いかけていく。
「エルフリーデ!」
乗り合いとはいえ、相手は馬車。走って追いつくものではない。俺は制止しようとしたが、間に合わず。
「お母さん! お母さん!!」
追いかけながら、息を切らせている声は、悲痛な叫びにも聞こえる。俺も走って追いかけるが、荷物があるのでエルフリーデからも置いて行かれる。
そして、サービスエリアの出口につく頃、乗り合い馬車は姿が見えなくなり、エルフリーデもそこで立ち尽くした。
「はぁ、はぁ……大丈夫かい?」
俺は何とか追いついたが、その場に座り込んだ。そしてエルフリーデの顔を見上げると、不安な表情を浮かべていた。
「……お母さん」
よく見ると握りしめている拳が震えている。急激な状況の変化に体が付いて行っていないように思える。俺はエルフリーデの両腕を力強く握りしめた。
「しっかりしろ!」
正面に入り、しっかりと目を見て大きな声で、意識を今に戻した。ピントが合っていなかったエルフリーデの視点が、ちゃんと俺の目に集中できた。
「タナカ……いま、お母さんがいたの」
冷静になったようだが、まだ少し体が震えている。
「幻ではなく?」
疑っているわけではない。念のため確認をした。すると、エルフリーデは何度も「うん」「うん」と頷いた。ここまでしっかりと言うのであれば間違いないだろう。
「わかった」
俺は、近くのベンチに座らせて、息を整えさせた。ふとももに乗せられた震えている手。俺はその左手に、軽く上から手を添えた。少しでも静まることができるならと。
エルフリーデは俯いて早くなっていた呼吸を少しずつ少しずつ整えている。それに合わせて震えも収まってきた。
突然の状況でも、パニックにならず、なってもすぐに自分を取り戻せるというのは、どれだけ鍛錬しているのかわからない。この子は本当に驚かさせる。
「うん……大丈夫」
何度か頷き、俺の方を向き、自らの気持ちが整ったことを目で教えてくれた。
「タナカ、ありがとう」
そう言い、添えている俺の手に、エルフリーデの手を重ねてきた。「もう大丈夫だから」という意味で。
普通にお礼を言いたかった、自然なことなのだろうと思う。だが、俺はすごく照れ臭くなった。女の子のふとももにある手に自分の手を添えて、さらに、それを手で挟まれるとか。かなり恥ずかしい。
「れ、礼を言われるようなことはしてないよ」
動揺を隠せず、慌てて隙間から手を引っこ抜いた。バレずに決められると良いのだが、そういうのは向いてない、と思う。
エルフリーデもわかったのか、同じように照れ臭そうに手を引っ込めた。
*
そしてその見えた姿について話をした。
「もう会わなくなって何年も経つんだろう?」
「うん、私が8歳の時に出て行ったから……7年前かな」
8歳といえば、さすがに母親の姿は覚えているということか。大人になるとそのくらいの期間では姿もあまり変化はないと思うから、エルフリーデが認識しているのは間違いないだろう。
「記憶よりも少しやせてた気もするけど、私の子供の時からお母さんは痩せ気味だったから……」
「そうか」
俺がこの前聞いた話によると、若い貴族――俺のイメージではアイドル的な存在? に熱を上げてしまって、そのまま隣国に付いて行ってしまったということだった。エルフリーデはそれをあまり良く思っていなかったと。王籍に戻った時に連絡があり、財産を狙っていると思って、気分が良くなかったとエルフリーデは言っていた。
それでも母親の姿を見ると声をかけずにはいられないのだろうか。
「それで、エルフリーデは大丈夫なのか?」
「……うん、そうね。姿を見たとき、追いかけて行って、今思うと、恨みとかよりも、会いたいという思いが勝ってたわ。そしてまたやっぱり今も会いたいって思いが強い」
幼少期から大人になって、また別に思うところがあったのだろうか。表情に怒りはなく冷静に分析しているように見えた。
「それじゃあ、追いかける?」
「もちろん。行先は同じだろうから」
エルフリーデは看板を指さした。俺たちが座っているベンチは、乗り合いの馬車が出発した馬車の停留所。そこには首都・ビンデバルト行の看板がかけられている。
すぐにマテンロウとキャラメルの元に戻り、やや速歩より早め、駈足で彼らが疲れない程度に街道を飛ばした。
*
そして日が暮れる前に首都・ビンデバルトに着くことができた。




