まるでサービスエリア
翌朝、日が昇り始めたころ、マヅメ時。俺とエルフリーデはジョバンニの家を出た。
酒を枕元に置いていたので、寝る前に一杯ひっかけたのだろう。ジョバンニは起きる気配がなかったので、一筆書いて失礼した。
マテンロウは準備万端で「早く乗れ」と俺に首を振ってくる。こういう時は素直に言うことを聞いてあげると馬も期限が良くなってくれる……と思っている。多分気持ちは通じるはず。
コンツから首都側の街道の近くにある家だったので、すぐに門についた。門番は交代制だと思うが、早番なのか遅番なのかわからない。どっちにせよ早朝なので眠そうにしている。
俺たちの書類に不備はなく、すんなりと通してもらえる。「またおいで」と言われたのだが、何かあればジョバンニへ報告に来ないと怒られると思うと、また来ることになるのだろう。
「ねぇ、タナカ! 見て!」
門を出て振り返ったエルフリーデが、はしゃいだ声で俺を呼び止めた。
振り向くと、町の門の上のある王冠の飾りの上に、ちょうど朝日が昇っていて、輝いているように見えた。
「……荘厳だな」
小さな国境の町にしては偉そうな演出にも見える。ただ、送り出される側からすると気持ちが良い演出に感じる。元領主がかっこつけだったのか、それとも国への忠誠心を見せただけか。
「綺麗ね……」
「あぁ」
エルフリーデが感動しているなら水を差すことではない。朝日に透けるエルフリーデの金髪も、その美しさを増す要因にも感じる。素直に俺も受け入れて感じておこう。
*
街道は非常に整備されている。町を出てから少しの間は石畳で舗装されていた。側道も土ではなく砂利が敷き詰められ、多少の雨なら水も大丈夫そうである。
少し先まで歩いても、砂利で舗装されている。平坦な道が続き、マテンロウたちにとっても負担がなさそうに見える。
これであれば、生きているままで魚を運ぶというのも理解できる。これは移動時間が読める。
そしてさらに少し歩いたところにいくつか休憩できそうなお店が出ていた。時間はお昼くらいになるだろうか。ちょうどよい距離に店があるのも、かなり利便性の良い街道であることがわかる。
「タナカ、寄ってくよね?」
距離的には首都まで中間地点で、マテンロウを見ても俺も、そのまま休まずに直行することも可能だと思われる。
しかし、エルフリーデにとって、魅力的なゾーンだったのだろう。よく見ると、この世界では見た事が無い物ばかりだった。
馬を停める柵の向こうに見えるのは、いくつもの出店。蕎麦がきは、オイレンブルク国王・ベン=オイレンが言っていた他国で食べた蕎麦のことだろう。コンツでもあったのでここでも刺身や焼き魚はあるようだ。干物まである。あとはパスタやムニエル。俺の知る洋風なものもある。いくつかスイーツも見える。小麦粉とバターと塩、牛乳、卵からできるものはありそうだ。
これはエルフリーデにとっては遊園地みたいなものだろう。
「寄りましょう」
一応彼女の名誉のために断っておくが、エルフリーデは食いしん坊というわけではないとのこと。ごく一般の15歳の女子並みだと、本人の談である。俺もそれを信じている。ただ、ここではあえて何も言わずお嬢様に従うというのが紳士の態度だと思った。
*
サービスエリアのフードコートみたいな感じと言えば良いだろう。テーブルもあるし、芝生もある。注文したものを好きなところで食べればよい感じだ。
地べたで食べるより、慣れたテーブルが良かったのだろうけど、料理で埋め尽くされ、一瞬で消えた。7割くらいエルフリーデのお腹に。
いったいどこに入るのかわからないが、見た目的にスタイルに変化がない。本人的にもまだイケそうと。
「私が一番おいしいと思ったのは、だし巻き卵ってやつね」
「うん、絶品だったね」
魚がしっかりあって、食文化に溶け込んでいるということもあり、出汁というものがあった。しっかりと使われてて、仕上がりもふわふわのだし巻き卵だった。前の世界でもそうそう食えなかったくらい美味しかった。
俺はこの食をオイレンブルクに持って帰れたら、もう少し良い生活をしてもらえるだろうと思うんだが、街道の整備までは俺の力では何ともできない。
「もう一切れだけでも食べたいんだけどなぁ……」
姫とはいえ、旅の資金が潤沢にあるわけではない。俺は、商業ギルドに立ち寄れば多少困らない程度に入金されていると思うが、それでも派手にせず、ある程度質素に進みたい。
「う~ん、う~ん」
エルフリーデが店舗の方に向かってみているのだが、その方向には他のお客さんもいる。そして、「だし巻き卵、美味しかったなぁ」というのは隣の席に人にも聞こえている。
その隣の席の人は、あと一切れという状態のだし巻き卵がテーブルに残されている。
「……」
ちゃんとナプキンを使い、丁寧に食べているお隣さんは、フォークを刺して良いのか、困った顔をしている。エルフリーデの視線が手元のそこに注がれている。
この子は本当にお嬢様なのだろうか……。わがままに育ったわけではないが、天然で人たらしなのだろうか。
たしかに、15歳の綺麗可愛い女の子が、わんぱくにテーブルの皿を平らげる姿は、見てて楽しかったと思う。お隣さんもそれを目の当たりにされていた。
「食べ……ますか?」
眼力に負けた! エルフリーデの眼差しにやられてしまった。
エルフリーデはチラっと俺を見る。保護者ではないが、お隣さんに会釈して「良いんじゃないですか」と伝える。
「お兄さん、ありがとう♪」
まるまる1本だと多すぎたので、お隣さんのあと少し程度がちょうどほしい量だったようだ。
「美味しいですね!」
エルフリーデは会心の笑顔を対価として支払った。
「これだけ美味しく食べてもらえたら、卵も本望ですよ」
とやさしく笑顔で返してくれた。
そしてそのお隣さんのいうことには、元国王が食に対して向かい合い、「満腹の後は美味しいものを食べることで、国民を幸せにさせる」というモットーで国を盛り上げたとのこと。だから残り一切れをエルフリーデが美味しそうに食べたことは、お隣さんにとっても喜ぶことだったようだ。
なかなかありがたい元国王で感謝する。しかし、その国王がオイレンブルクと戦争をし始めたんだよな……。国民の幸せを願っているというのも、今も昔も変わらないはず。
ジョバンニからの話だと、今の国王は少し不安な部分もあるとか言ってたし。じゃあなぜ家督を譲ったのだろうか……。
色々考えている間に、少し時間が経ってしまった。お隣さんは挨拶をして、俺たちとは違うコンツ方向へ去っていった。
「さて、俺たちも首都に向かうとしますか」
皿の片づけはセルフサービスだったので済ませてテーブルに戻ってきた。おなか一杯で動けないというエルフリーデの分も俺が運んだ。
見た目は変わらないが、体重はしっかりと増えているようだった。少し体を重そうに、椅子から立ち上がった。
「そうだね……え!?」
向かう先、首都方向の出口を見たとき、エルフリーデの視線が凍り付いた。
「おかあ……さん?」




