一宿一飯のお礼に
俺とエルフリーデは各々部屋を与えられ、今日はそこで寝かせてもらうことにした。
ベッドもしっかりとした客用のもので、久々にゆっくりと寝られそうだ。
ただ、その安眠と引き換えに、ご老人のお話を聞かなければならない。
リビングに出て行ったときには、すでにエルフリーデが座っていた。
「ねぇ、タナカ、うちの国で美味しいものがあるって言ったんだけど、ジョバンニは信じてくれないのよ」
何の話で盛り上がっていたかというと、ジョバンニが新鮮な魚自慢をし、エルフリーデはオイレンブルクにも俺のおかげで美味しいものが増えているという自慢合戦だ。
「タピオカとか蕎麦ってのをタナカが作ったって聞いたけど、本当かい?」
「ま、まぁ……作ったというよりも、たまたま知ってただけでして」
「そうか……オイレンブルクがそういうものをねぇ」
ジョバンニは腕を組み、何か思い出しているようだった。たぶん、この老人は昔のことを知っているのだろう。何せ80年生きているのだから、戦争のことも知っているのだろう。オイレンブルクが食を求めるようになったとなると、驚くこともあるだろう。
しかし、それよりも職人の村・グレンツェについて聞きたかった。眠くなる前に。
「さっきの、グレンツェですが、入るには何か条件が必要だったりしますか?」
RPGの王道的に、どこかでアイテムを拾っておかなければならないとか、そういうものがあるかもしれない。と考えたが、現実はそういうものでは無いようだ。
「いや、特にない。あそこは職人集団だから、気に入られるか入られないか。ただそれだけだな」
「そう、ですか……」
俺は落ち込んだが、ジョバンニは励ましてくれた。
「まず旅人ということで興味は持つだろうし、何よりタナカは美味しいものを作ったことがあるって、ワシにとっては興味を惹かれる人物でもある。そのあたりが上手く表現できれば良いかもしれんよ?」
「はぁ……」
村の入り口でタピオカや蕎麦を作れと……いうことではないだろう。どうやって気に入られるか、なかなか難しい。
「いま考えても仕方がないから、村に行ってからで良いんじゃない?」
エルフリーデの言葉には助けられる。その通りだ。考え過ぎてもいまここで答えは出ない。
「タナカ、グレンツェの情報を教えた代わりに、一つ話を聞いてくれないか?」
情報も商材である。俺が商人ということでそういう交換条件を言うことが目的だったのだろう。なかなか食えない老人だ。
「もとからそういうつもりでは?」
「さすが、できる男は話も早いな。商人が情報をもらうだけでは気持ちが悪いかと思ってな」
俺ができる人間ではないと思っている。前の世界ではどんくさく、要領悪く、常に貧乏くじを引いていたと思っている。だからこの世界では少しでもそうならないように気を付けているだけである。
「ねぇ、話聞いてからで良いのではないの?」
「お嬢ちゃんは、賢いな」
エルフリーデは俺にヒントをくれている。ありがたい。老人もそれを理解したようだ。孫のような二人だが、エルフリーデのおかげで、一人前として対等に話をさせてもらえそうである。
「そうですね、お話は聞かせてください」
ジョバンニは、元々、首都に住んでいたとのこと。長きにわたる戦争があったり、疲れてしまって地方を回っているということだった。
手始めにこのコンツへ来た理由は、領主が捕まったということで、いまどういう状態か気になったから訪れた、興味本位だったとのこと。
ただ、いざ来てみると、前の領主・ジュゼッペの政治への評判は良く、後を継いだ前領主の婦人・ルチアの評判も良い。「老体でも何かできることあるかと、悪くなっていたらひと暴れするつもりだったんだがな」と腕の筋肉を盛り上がらせて笑っている。本当にやりかねなさそうでシャレにならない。
前領主ジュゼッペの評判については俺も驚いた。町は健全で、綺麗だし活気もある。公人と私人、表と裏の顔がここまで全く別物というのも珍しいのかもしれない。当然町の人はジュゼッペが裏で人身売買に手を染めていることなんて知ることもない。
ジョバンニは話をつづけた。今度は首都の話に戻っている。
「ワシも人の口車に乗せられて失敗したこともあったけど、今の国王は人が好過ぎる。すぐに信用して失敗する」
これは国民性なのか、そういう抜けている国王が愛されているからなのか。
「人が良いのはダメなことなの?」
国政ということもあるのか、エルフリーデは真剣に聞いている。他国の状況と国民の気持ちについて知るのは、勉強になるかもしれない。
ジョバンニは首を振る。
「いいや、人が良いのは良いことだと思うよ。でも国王となると、少し頭を使ってほしいもんなんだよ。ずる賢く生きてもらわないと、国民が損をしたりする」
それは俺も理解できる。フルオープンにしてしまうと、駆け引きができない。ポケットに10万円持っていても、手持ちを9万と少なく伝えて値引きしてもらうというのは良くある話。
「今の国王のバルトロは、文官軍官とか含め素直過ぎる。というか国王だな。保証人になって借金を背負ったり、嫁に逃げられたり、飲み屋の姉ちゃんにぼったくられたり……呆れるというかなんというか」
そういってため息をつく。
次々出されるスキャンダルだが80歳からすると、「俺が育てた」感じなんだろうか。愛されているのが良くわかる。
しかし、嫁に逃げられるというのは、この世界の貴族あるあるなのだろうか、オイレンブルクの話でもそういう……まぁいいか。
「なんか色々具体的な話になってしまってますけど、俺にどうしろって話なんですか?」
たぶん、老人の話を聞くだけ、ではないのだろうくらいはわかっている。
「そうそう、その国王がだまされて借金背負った……のは返済できたらしいんだけど、そのおかげで、いまだに城だけは20年間補修されないままらしいんだよ」
「それはなぜ?」
「前国王が、まずは国民が便利になるのを優先させたということもあって、自分たちの関連することが後回しになったからとか。だけど、税収以外に貯めていた家のお金を息子が騙されるとか……ゴシップ紙でもおもしろおかしく、いまだにネタにされてるよ」
なかなか具体的な話に入らない。どんだけ国民の関心事なんだろうか。俺とエルフリーデが見合わせて呆れた顔をしているのに気が付いたようだ。
「すまん、話がまた逸れてしまった。それで協力してほしいのは、城を立て直すために何かしてもらえないか、ということなんだよ」
「え??」
ちょっと、俺、単なる、ここでは17歳の若造なりたて商人なんですけど……。どうして頼めるの?
「いや、俺が城を立て直すとか、そんな金持ってませんけど?」
「あ、いやいや、それはわかっている、言い方が悪かった。職人の村に行くときに首都を通るから、ちら、っと城を見てもらって、何かできるかなぁ、というくらい、少し気にしてもらえないか。という程度で良いんだよ」
「なるほど……」
ん? それもなにか面倒な気がするけど、聞きようによっては見るだけで良い……のか?
「俺や、エルフリーデが何をどうこうできると思えないけど、それでも良いなら」
「そうそう、そういう気持ちで良い良い。他国から見て、どう思うかってのも知りたいし」
エルフリーデは王籍なので、隣国の状況は気になっているということもある。俺の方を見て頷いている。
首都はどうせ見に行くつもりでもあったし、一宿一飯のお礼というのを考えると、断ることもできない。
「じゃあ……見るだけになるかもしれませんよ?」
「それでも良い。何かわかったことがあればワシに教えてくれ」
戦争があって、ボロボロになっても愛国心があるということだろうか。この国の行く末を思っている国民がいるというのは、国王にとっても安心でうれしいことだろう。
何か話が一段落して眠くなってきた。小さな建物ではあるが、断熱もしっかりしてて、冷えることもないので余計に眠さがある。
外を見ると、マテンロウもキャラメルもしっかり休めているようだ。
ジョバンニも大きなあくびをしているということもあり、今晩はこの辺で就寝させてもらうことにした。




