おしゃべり爺さん
俺の後ろに立っていたのは、顔を見ると年齢は結構いってそうな、80代くらいだろうか、貫禄のあるお爺さんだった。
ただ、俺の背中に覆いかぶさるような圧は、厨房入り口の扉を掴んでいる腕を見てもわかる。かなり筋肉質だ。そして傷だらけ。
町の食堂に来ている、肉体労働でバリバリしているオヤジという感じだろうか。「現場回しているのはワシだ」という叩き上げ軍曹という感じか。
チラっと顔を見ると、ニヤリとする笑顔だが、ちょっと怖い気もする。俺は腕っぷりでは勝てそうにない。「ははは、どうも」と愛想良くするくらいがせいぜい虚栄の限界だ。
「なぁに、警戒することはない。ただの常連のオヤジだよ。他国から若いカップルが来てるのを見たら、興味持つだろう?」
俺が引いた感じになっていたのがバレていたようだ。前の世界の40歳状態の俺の人生経験でも勝てそうにない。そういうところも見え隠れしててバレたのだろう。
エルフリーデも俺とそのお爺さんを眺めてたが、それに対しても同じようにニヤリと笑顔を作る。なんだろうか、笑顔が得意じゃないのだろうか、頑張って俺たちを安心させようとしてくれているところに共感が持てた。店員さんにサービスするように伝えてくれたりしたのを考えても、悪い人ではなさそうだ。
*
俺たちは店を出て、表通りのベンチに座って話をすることにした。
「どうして俺たちが他国から来たってわかったんですか?」
「当たり前だろう、食べに来て知らないって言ってたら、そりゃモグリだろうって」
それはそうか、というか、結構初めから見られてたんだな……。
「それで僕たちに興味を?」
「まぁ、若いってのもな。年寄りは若いもんを見ると、話を聞いてもらいたいと思ったりするもんだよ」
「だからさっきの店はおごってくれたんだね?」
エルフリーデは遠慮なく口にした。
店を出るとき、初めて会ったにもかかわらず「おごってやる」と言われ、俺もエルフリーデも不信に感じていた。そもそも商人として損得を考えなければならないのに、相手のメリットがなかった。その際、エルフリーデと相談して、ヤバイオヤジなら二手に分散して逃げようと話し合っていた。
「はははは! お嬢ちゃんは面白いな。言ってることはそうだ、その通り。ジジイの話し相手になってもらいたかっただけだよ」
誰も自分のことを知るものがいないだろう、初めて会ったなら語ることがすべて初めてだろう他国の人間に話をしたかった、ということだろうか。
なかなか信用するのは難しいが、周りを警戒しても、仲間がいるようには思えないし、俺たちが人さらいにあうことはなさそうだ。
エルフリーデと俺は顔を見合わせて、「話聞いてあげようか」と目配せした。
「じゃあ、お互い納得できたということで、話し相手になってくれるかな?」
そういってお爺さんが話をし始めたのは、戦争のことだった。だいたいが知っている知識で、双方の国としての立場はあるにせよ、習ったことは共有されているようだった。謎の人物ユングフラウに煽られて戦争になってしまったのは後悔しているとか、そういった話だ。
戦争が終わって20年経ち、国も復興しているとのこと。何よりもまず道路や生活のためのインフラを整えられて、戦争で職を失った者たちを保護したり、父母を亡くした孤児にも手厚いフォローをしたり、誰もが楽しく過ごせる国を目指しているとこのとだった。
「インフラを整えるにしても、さっきの定食屋に生簀があるって、よっぽどじゃないかと……」
俺はとても気になっていた。運んでくる技術、そのまま生かしておく技術、どちらもこの世界でどういう方法なのか知りたかった。
「それは秘密だな!」
ジジイ……じゃなくお爺さんは意地悪そうに答える。俺が残念がると、「うそうそ」と孫をあやすように答えてくれた。
「運んでくるときの技術は、とにかく早くということと、水の温度を上げないことと、酸素を回すこと。この点をクリアしなければならい」
なるほど、単純話だが、そうだ。とはいえ、どういう感じに……とイメージがわかなかったところ、お爺さんが横を通る馬車を指さした。
「あれがちょうど、その機能を付けている荷馬車だよ」
馬二頭に引かせているのは、藁に覆われた荷車。あんなので、大丈夫なのかと思ったら、藁の隙間に金属製の水槽のようなものが見えた。
「あれは?」
「この国の職人が作っている移動できる生簀だよ。二重構造で中に熱が伝わりにくく、酸素も荷車の輪っかが回転すると、自動的に空気が送り込まれるようになっている。さらに藁で覆っているから温度の変化も少ない」
なんという技術。というか探求心。魚に対する思いは半端なさそうだ。とはいえ、馬が結構疲れているように見える。遅い。
「あんなスピードで大丈夫なんですか?」
「いや、ここまで結構飛ばしているし、途中で、中継地点ごとに馬も変えているから大丈夫なんだよ。ここまでは猛ダッシュしとるから疲れているだけだよ」
日本風に考えると、馬の駅伝というところか。電気自動車でも充電するよりもバッテリーを乗せ換えるという技術も言われていたし、その発展型と考えると、理解できるし、思いつく人物がいてもおかしいことではない。
「発想が面白いですね。もしかしてあのすごく切れていた包丁も、その加工技術が関係しているのですか?」
運搬されている水槽を見て、思っている以上に金属加工の技術が発達しているのかもしれないと感じた。それは包丁の技術もそうだった。
「そうかもしれんな」
「そうかもしれんって……鍛冶職人みたいなのがいるんじゃないのですか? 伝統工芸とか?」
お爺さんは少し寂しそうに、少し考えて答えてくれた。
「みなができる技術じゃないんだよ。この国にいる職人集団がいて、前の国王が国民のため、復興のためと頭を下げて色々と作ってもらっているという話なんだよ」
何か難しい事情があるのだろうか。でもますますその技術は興味がある。
「ちょっとお爺ちゃん、私たちにそこまで種明かししても良いの? 気になってたから知ることができたらうれしかったんだけど」
エルフリーデが心配するが、たぶん、ここ以外にその技術を真似することはできないと思う。食に対する探究心がそうさせたのだろうか、なかなかできることではない。もしかしたらオイレンブルクからするとオーバーテクノロジーだろう。
しかしそんな職人がいるなら、会ってみたい……だけど、それはこのビンデバルトの資産じゃないだろうか。簡単に会えるのだろうか……。
何か頼むにせよ、一度会って話を聞いて、それから取引できるか持ち掛けてみたい。
「俺たちがその職人さんに会う、ってことはできたりしないですか?」
「う~ん、そうだな……」
お爺さんは考え込むが、よほど難しい事情があるのか、頑固で偏屈な職人集団なのか。ただ、俺もそんな面白い情報を簡単にあきらめたくはない。「お願いします!」と頭を下げた。エルフリーデも当然面白そうなので「私も興味がある!」と是非と頼んでいる。
「いや、それほど言われても、今のワシには力がない……ないけど……ダメ元でも良いか?」
俺たちの姿を見て、折れてくれたようだ。だが、何度も「たぶん会うのも無理だと思うけど」と釘を刺された。
「ここから西に向かったところだけど――」




