美味すぎる刺身
「ふぁ~。超美味しそうなんだけど!」
角盆に乗ったエルフリーデ注文の焼き魚定食は、メインに鯖の塩焼き。俺の方は鯵、鯛、烏賊の刺身。あとは同じで副菜はきんぴらごぼう、椀物はアラのお吸い物、それと白飯。
「こんなの見た事がない! 一つのトレーに全部乗ってるなんて、まるでカーニバルじゃない?」
誰がどこぞの何摩呂みたいに上手いこと言えと……。エルフリーデはテンションが上がっている。
「……」
俺が知っている定食そのものである。とても美味そうである。
「どうしたの? タナカ? 食べないの?」
エルフリーデはいただきますと同時に口に運んでいる。蕎麦のおかげでお箸の使い方も慣れたもんだ。しかし……。
おかしい、隣のオイレンブルク側の国境の村のバッケスホーフの蕎麦と言い……。文化が日本に寄り過ぎている気がする。
そう、ここは異世界。イタリアやフランスなどの食文化の発達した国ではない。おかしいじゃないか? こんな美味そうな刺身……。そう疑問に感じながら、鯛を一切れ、塩をちょいとつけて口に運ぶ。
「……美味い」
「だよね! 美味しいよねここの料理!」
う~む、と唸りながら味を噛み締めるが、エルフリーデはどれもが美味しいと言って楽しんでいる。
「こんな異世界で美味い刺身が食えるとは……」
実に美味い。新鮮で臭みなんてものは無い。切り口もすごく良い。ねっとりと舌触りが心地よい。これは包丁もかなり良いものではないだろうか。
思わず異世界とつぶやいてしまったが、エルフリーデも食べることに夢中で気が付いていなかった。助かった。しかし、油断してしまうくらい上品な味だ。
俺が美味しいと言っているのに、唸りつつしかめっ面しているのが不思議だったのか、エルフリーデはこちらを心配に見た。
「やっぱり生魚はダメだった?」
「いや、そうじゃないんだ。これはかなり美味いよ。食べてみる?」
と言っても、生魚になれていないと冒険である。すぐに食べたりはできないが、俺が美味いと言うので興味を持っているようだ。
「でも、何か、そう、お腹壊したりとかした場合、二人同時じゃヤバ委と思うんだよね……」
そう言いつつ、やっぱり興味があるようだ。焼き魚定食でこの店の評価は星三つみたいだ。
「ダメだと思ったら止めればいいよ。一切れ、どう?」
見た目も白く食べやすそうな鯛を勧めてみた。
「旅は冒険しなきゃダメだよね、うん。何かあったらタナカがお父様に叱られるだけだし……ね」
覚悟を決めたエルフリーデが怖いことを言っている。恐る恐る口に放り投げた。
もちゃもちゃ、もちゃもちゃ……ごくっ。
噛むとしっかり素材の味が出てくる、素晴らしい断面だ。初めての刺身がこのように美味しいものに当たったのはラッキーだと思う。
「タナカ、残り、食べて良い?」
美味しかったらしい。この定食屋で出しているメニューと考えると、この世界でも受け入れられているんだろうから、エルフリーデの舌に合っててもおかしくない。
ただ、それと残りをあげるのは話が違う。
「じゃあ、そっちの焼き魚も……って全部食べてるじゃん! それじゃあ俺が損するだけじゃん! ダメだよ~」
「いやいや、私の初体験、こんなにワクワクさせるのはタナカ悪いんだから、良いじゃない」
何か非常に誤解させる感じで、ワザと言っているのか。俺が店の周りに気を使っている間に、鯵を一切れ奪われた。
「う~ん、これも美味しい、というか、私こっちのほうが好きかも! じゃあ、こっちは……」
「ちょ!」
残念ながら、俺の反射神経よりも、エルフリーデの食に対する欲が勝った。烏賊も一切れ奪われた。そしてそれも美味しかったようだ。
まぁ、それだけ喜んでくれたのであれば、お互い違うメニューを注文してよかったと思う。そう納得しよう。
周り的にはいちゃいちゃしているように見えた俺たちに、店員が声をかけていた。
「美味しく思ってくれてよかったわよ」
「刺身、美味かったですよ。あと、汁物もしっかりと魚の味が出てて良い仕事してますね」
どこから目線で言っているのかと自分でツッコミを入れておきたいが、とっさに誉める感想を言ったら「良い仕事してますね~」だった。
「ありがとね、喜ぶわ」
店員は食べ終わってる角盆を持ってキッチンに下がろうとした。俺は気になっていたので、呼び止めた。
「おばちゃん、キッチン、見せてもらいたいんだけど、ダメかな?」
店員は俺の身なりを見て、少し考えて「そこの入り口までだよ」と了承してくれた。
どういう感じで魚をさばいたり料理しているのか気になった。エルフリーデも俺の後についてキッチンを覗いた。
「魚が泳いでるね」
そこは生簀があった。海まで遠いこの町まで、ビンデバルトの海岸のある西側から生きたまま……。輸送のための道路がしっかりしている証拠だろう。
テーブルや床など清潔な状態に保たれてて、嫌な臭いなどなかった。和食料理やの厨房の雰囲気もある。
魚を焼いているのは炭を使っている。それで皮はパリっと、中がふわっとしてたのか。刺身の方――細い。包丁が細い。まるで柳刃包丁のような感じだ。
「しっかり手前に引いて、1回で切っている……」
誰に教わったのだろうか。見事な手捌きをしている。インフラが整ってて、それぞれ技術があり、食もしっかりと教育されている。
オイレンブルクと戦ってた時から20年、思ったよりもビンデバルトは進んでいるのだろうか。
俺がキッチンを見ながらぶつぶつと考え事をしていたら、後ろから声がかかった。
「何か珍しい物でもあったか?」
さっき店員に声をかけていた常連さんっぽいお爺さんが俺の背後に立っていた。




