定食のある町
日が傾き始めたころ、俺たちはオイレンブルクとビンデバルトの国境の町・コンツに到着した。
愛馬・マテンロウから降りて、カバンの中から二人分の書類を取り出した。俺もエルフリーデも国王の印が押された通行手形をだったので、すんなりと通過することができた。
とはいえ、他の人たちも入国するにあたり、厳しい検査などはなさそうで、平和であることを感じられた。
領主が罪を犯して変わったはずなのに、公人たちの仕事はしっかりとこなされていることに驚いた。自主性があるということなのだろうか。
俺がじろじろとみることで、管理者の一人がこちらに気づいた。
「どうかしましたか?」
別に怪しいことをしているわけではないが、こういう管理者に対して警察みたいなイメージを持っているので、対応に困る。
「いやぁ、我々はオイレンブルクから来たばかりで、国外に出たのも初めてで、物珍しさで」
ここで気になっていることを単純に「領主が人身売買などの疑いで捕まりましたよね?」とか聞けるわけがない。
「たしかに、初めての国外は緊張するかもしれませんね。ここコンツは比較的温厚な人が多いので、初めて訪れる方でも安心できると思いますよ」
「へぇ、そうなんですね」
と軽く返しつつも、この町が変わらず平穏なのだと感じた。領主が変わっても大丈夫とは、どういうことなのか。新しい領主がしっかりしているとかだったのだろうか。
「ねぇタナカ、美味しい定食屋ってのがあるみたいよ」
俺がいろいろ考えていたところ、エルフリーデは花の行商をしているおばさんと話をして、いま空腹の我々に有益な情報を持ってきてくれた。
「定食屋? いいねそれ!」
「この町にはいろいろお店があるから、楽しんでいってください」
管理者の方が俺のもとから、別の通行待ちの人の元へ去っていった。よそから来た商人に進めることができる食べ物屋があるというのは羨ましいことだ。いずれオイレンブルクもそうなると思っている。
エルフリーデも愛馬・キャラメルの手綱を引き、二人で歩いて町に第一歩を踏み入れた。
*
20年前の戦争の跡形が見つからないほど、町は回復して活気づいている。
国境の国ということもあるが、メイン通りは商人だったり旅人だったりにぎやかである。腰に剣をさしている者もいる。オイレンブルクもそうだが、このビンデバルトも職業差別なくらしているように思える。この町だけなのかもしれないが。
ちょっと感じるのだが、和風感がある気がする。どこがと考えて見てみると、建物が木製でできているからだろうか。あと、暖簾もある。文化的には懐かしさがある。
「ここみたいね」
エルフリーデが案内してくれた定食屋も、暖簾がかかっている。愛馬たちは店の表にある柵に繋げて入店した。
エルフリーデが花の行商に教えてもらった定食屋は当りの店だった。なんと、刺身定食があったのだ。
店員が持ってきたメニューを見て、俺は「マジで?」と言い、エルフリーデも「マジで?」と言った。それは全然ニュアンスの違うものだったが。
「おばちゃん、この刺身定食って、いわゆる、生の魚だよね?」
俺は思わず店員を呼び戻した。店員は面倒くさがらず、にやにやと嬉しそうに戻ってきた。
「だいたいの旅人は驚くんだよね、生の魚って」
そりゃそうだ。おそらく日本が世界でも例外だった。回転ずしや和食の世界遺産化じゃない限り、世界の人たちからは奇異の目で見られることも多かっただろう。
しかし、この店員のニヤリ具合は、生の魚を出せる自身の表れだろう。
「ちょ、マジで生の魚とか、ありえないんだけど……」
エルフリーデの反応が当たり前だろう。ましてや、環境が中世くらいの感覚で俺は過ごしているくらいだ。衛生的に考えて生魚は下手をすると死ぬ。
「そうなんだよね、お兄さんはあまり驚いて無いようだけど、普通はありえないよね。でもこの町……いや、この国では食べることができるんだよ」
エルフリーデは「無理無理無理」と首を振る。俺はぜひ食べてみたい。食べてみたいが、やはり不安ではある。定食屋が綺麗か、と言われると、普通の町の定食屋で、お世辞にも高級さがないし、清潔さも微妙。そんなところで刺身が出せるのか? と。
「ところで、お兄さんは、刺身定食が生魚ってよくわかったわね?」
たしかに! 刺身という言葉はオイレンブルクに無い。読めたのもすごいが、それが生の魚と店員の説明の前にわかってしまっていた。
「え~っと、そうですね。そうなんですよね~、はははは」
ごまかしきれない感じになっている。チラっと横目でエルフリーデを見ると、「また私の知らないことを知っている……怪しい」と言わんばかりに目を細めている。
このままではまずいと、気になっている流通について聞いた。
「で、でもどうして、生で食べられる新鮮な魚が手に入るの?」
もしかしたら鱒のような淡水魚を刺身にしているのかと思ったが、寄生虫も考えられる。人工的に淡水だけで育てているのであれば、寄生虫の可能性が低いが、そこまでやっているのだろうかと考えていた。だが違った。
「ビンデバルトは道が整備されているってのが大きいかもしれないわね」
食べられることの大きな理由は、単純に流通網のおかげのようだ。さらに他にもあるらしい。「この国は海があるからね」という店員のセリフ、どこかでも聞いたことがある気がする。
国境の町のコンツは山間なので、海はない。でもビンデバルトにも海がある。方向的にはコンツの西。首都を超えたその先にある。おそらく、絞める技術や、輸送時の能力が高いのだろう。なにより、ここの前国王は食べることに貪欲だったのだろう。
「それで、刺身定食、試してみるかい?」
俺は断る理由がない。
「もちろん!」
だが、エルフリーデはそこまでチャレンジ精神は無かった。
「私は遠慮しておくわ。普通に焼き魚定食をお願いしようかしら」
そう伝えると、店員は厨房に対して、オーダーを伝えてくれた。
ワクワクして待っている姿は、他のお客さんにもみられていたようだ。常連さんっぽいお爺さんが合いの手を入れてきた。
「おばちゃん、上等なのを出してやりなよ」
「あんたの方がジジイなのに、おばちゃんとかいうんじゃないよ!」
何かホッとするやり取りだ。俺たちはサービスを頼んでくれたお爺さんに会釈した。お爺さんはサムズアップで答える。
エルフリーデは俺の方を叩き、耳元でささやく。
「タナカ、ところで、定食って何なの?」
そうか、定食という文化も無かったか……。
「定食ってのはね――」
俺は、ご飯+主菜、副菜とひとまとめになっているもので、アラカルトとは違うものだよ。と伝えた。それ以上の説明がなくても、ものが来ればわかるので、大丈夫だろう。




