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パートナーとしての呼び方

 湖畔沿いに街道が続いているので、穏やかな気分で進むことができる。


 くどいようだが、ここは先人たちの命と引き換えにできたような街道だ。別の世界からきた俺でさえ考えされられることが多い。


 その昔、たった20年近く前の出来事も思い出せないくらい静かで澄んだ空気を与えてくれている。


 ただ、この湖の名前はトール湖ということで、戦があったのだろうと思い起されることもある。見えている山はトルステン山。軍神トールの岩、というところだろうか。人々がまた間違いを起こさないように見守っているのか、起こした場合は噴火をするのかわからない。


「タナカ、どうかした? 私が一つ多くガレットを食べたことを怒っているとか?」


 こちらの世界で育ったお嬢様だが、俺が昔を思い出して耽っているのにもかかわらず、すっとぼけたことを言いだす。


「俺、不貞腐れているように見えたの?」


「うん、ちょっと物足らないような表情にも見えたから。お腹空いてるのかなぁと」


 俺はそんなにひもじい顔をしていたのか。そうだとしても、不満溢れる表情だったのか……争いごとは嫌なので、そういう意味では遠からず……いや遠いか。


「足りてます。ぜんぜん十分足りてます。……という言い方をするということは、エルフリーデこそ足りてなかったってこと?」


 アホというやつがアホだ、と言われたことがある。だから我慢してアホと言わなかったこともある。つまり、お腹空いていると言うエルフリーデがお腹が空いているということだ。


「な、何言ってんの? そんなわけないじゃん。何枚食べたと思ってんのよ!」


「7枚だっけ?」


「そう、7枚も食べたんだからお腹いっぱいに決まってるじゃない!」


 そう唸って、お腹を叩き、もう一杯ですよ、というジェスチャーを見せる。頬を赤らめているのが幼さを感じる。


「まぁ、10枚のうちの7枚って聞くと多いよね」


「……あのね、一応恥じらうお年頃なんだけどね」


 たしかにそういう年頃だ。けど、たくさん食べるエルフリーデの姿は清々しくて嫌いじゃないんだよなぁ。


「食べてる姿って、生きてる感じが出てて良いと思うよ!」


「タナカ、それ、絶対に誉め言葉じゃないから」


 これまたたしかに。なかなか女の子をほめるというのは難しい。


 ふくれっ面をしているエルフリーデのご機嫌を取らねば。エルフリーデの乗る栗毛がこっちを見ている。俺はさっき考えていたことを思い出した。話題を変えてみよう。


「そういえば、これからのパートナーとなるから呼び方を考えないとね!」


「パ、パ、パートナー!?」


「え? そうだよ。結構長旅になるじゃない? ってことは、何か愛称とかあったほうが良くない?」


 エルフリーデは狼狽している。手綱を握る手をあたふたと上下に振っているので、栗毛の馬も右なのか左なのかと困惑している。それでも暴れないのでかなり賢いのだろう。でもかわいそうだ。


「そ、そりゃぁ、まぁ、相棒といえばそうだから、パートナーであっても違いはないと思うけど、でも、なにか一足飛びのような気がしない? いや、私は良いんだけどね、タナカってたぶんウブじゃん? 年上にこういうことを言うのもなんだけど。だからもう少し手順を追う方が良いと思うんだよね、そういうのって」


 この子は何を言ってるんだ。たしかに、俺はこの世界に来て落ちぶれ貴族とはいえ、少し馬に乗れるようにさせてもらった。本来の年齢は+40歳くらいと考えると、まだまだ乗馬歴は短いウブである。


「まぁウブと言われるとそうかもしれないけど、俺は結構乗りこなしていると思うんだけど……エルフリーデからするとまだまだなのかな?」


「の、のりこなしてるとか! まだ乗りこなされてませんけど?」


 何を怒っているのだ。まったく良くわからない。


「じゃあ、エルフリーデはどうしたいの?」


「まぁ、私も愛称で呼ばれ合うってのは悪くないと思うわ」


 うんうんと自らの言葉でエルフリーデは頷いている。何か納得できたのなら良かった。


「それじゃあ問題ないんだよね?」


「ええ……でも」


「でも?」


「私はエルフリーデ=オイレンだから良いけど、タナカってタナカ何なの? それがわからないと愛称で呼べないんだけど」


「ん?」


「ん? って、普通、愛称ってのは名前をもじったり短くしたりして呼ぶもんじゃないの? 一応、学校では、私はエルフリーデだからエルフとかエルフィって言ってくれる友達もいたので、好きに呼べばいいと思うわ」


「んん?」


 あぁ、これは勘違いをされている。人間である我々お互いを愛称で呼ぼうとなっているようだ。俺が言いたかったのは栗毛と青鹿毛の馬の愛称である。


「え~っと、エルフリーデさん? 俺が言いたいのはそういうことではなくてですね」


「ダメ、エルフかエルフィで良いって」


「いや、そうじゃなくて」


「呼べないの?」


「……」


 誤解だから呼べないだろう……。お互いをパートナーとして愛称で呼ぶとか、それは違う。俺は結構保護者的な存在だし、そういう感じになったら国王は怒るだろうし、隠れているだろう王からの使者・忍びに狙われるだろうし。


「呼びなさい」


「――エルフ」


 保護者とかどうとかではなく、この場のヒエラルキーが俺を屈服させた。


「よろしい」


 エルフリーデは満足している。


「それで、タナカを愛称で呼ぶにも、フルネームがわからないとあだ名を作れないんだけど」


 それは良くない。俺のタナカは偽名である。元々の貴族の名前があるが、それは言えない。というか王族に言えない。面倒になる。


「それなんだけど、俺が愛称で呼ぶって言ってたのは、俺たちのことじゃなく、その栗毛の馬と、この青鹿毛の馬のことなんだよね」


 それを聞き、エルフリーデはボフっと瞬間的に沸騰したように赤面した。


「あぁ、、、あああ」


 またあたふたしている。手綱が左右に揺れて栗毛も戸惑っている。これはこれで可愛い。すまん栗毛。


「それならさっさとそう言いなさいよ!!」


 俺が悪いかのように怒る。まぁ、そうなるだろう。初めにもっとちゃんと言えと。そして俺は大人である。こういったやり取り、前の学生時代には無かったことなので、結構楽しんでいる。とはいえ、謝ることにした。


「ごめんよ、まさかそんなことを思っていたとわからなくて」


 といったものの、プイっと顔をそらす。


「ね、その栗毛……ずっと栗毛って言ってたらかわいそうじゃない?」


 俺の言葉がわかるのか、栗毛も軽く頭を上下に振ってくれている。エルフリーデはその頭を軽く撫でて気持ちを落ち着かせた。


「この子に免じてだからね」


 なんとか許しを得ることができたようだ。


「で、名前を付けたいの?」


 照れを隠すように、顎を上に向けツンとした感じで話しかけられる。それをなだめるようにやさしく伝える。


「そうそう、名前があったほうが愛情わいたりするよね?」


「そうね。でもそれなら私はこの子の名前はもう決めてたんだよね。心の中で」


「え? そうなの?」


「うん、この毛並みの色からキャラメルって思ってたわ」


「キャラメル?」


「そう、ニコーレでミルクティーを飲んだ時に教えてもらったんだけど……あれってタナカのアイデアって聞いたけど?」


 そうだ、思い出した。牛乳とバターと砂糖が手に入ったから、もうひとアイデアということで教えたんだった。


「思い出した……けど、いつ知ったの?」


「この前帰ってすぐ、友達に伝えたりしてたらまた新しいのが出てるって聞いたから……なんていうのか、少し苦みがあるけど甘くて美味しくて……で、この子は色が似てるし、美味しかったから」


「なるほ……ど」


 しっかりしているようで、思い付きで動くのは、どこの世界も15歳ってそんなもんだろうか。脈絡はほぼない。でもしっくりしているならそれで良いか。栗毛もキャラメルと言われて表情は良さそうだし。


「で、タナカのその子は何て名前にするの?」


「俺は、マテンロウにしようかと」


「マテンロウ? どういう意味?」


 意味など説明してもわからないだろう。青鹿毛と言えば、マンハッタンカフェ……という競走馬。唯一手にした万馬券の思い出。二着にアメリカンボスが入着した有馬記念! 「カフェとボスってコーヒー馬券だな」なんて言って冗談で買っただけなんだけど。その時に当たった金は飲み会を開いて消えたっけな……なので思い出深い青鹿毛はマンハッタンカフェ。そのマンハッタンからニューヨーク、摩天楼。となったんだけど……。


「キラキラしている感じがした言葉……思い付きかなぁ」


 上手く説明できず、伝わることはない。エルフリーデも特にそこにこだわるつもりもないらしい。


「ふ~ん、まぁタナカが呼びやすいならそれで良いんじゃない。強そうだし。というか、脈絡ない感じは、最近の若者、って感じよね」


 どっちがどっちやら。



気が付けば山の裾からビンデバルトに踏み込んでいた。国境間際でのチェックとかは無いようだった。越境の町がその役目を果たしているのだろう。目の前にその町・コンツの門が見えてきた。


「それでエルフさん、町に入ったらなんだけど――」


 俺は、お腹が空いていたので宿屋を決めたり、晩御飯の相談をしようとしていた。しかし、エルフリーデは少しイラっとした感じを見せた。


「何勝手にエルフって呼んでんの?」


 ツッコミどころはそこだったようだ。


「いや、だって、呼べって言ったじゃん」


「? そんなこと言ってたっけ?」


 やはりさっきの勘違いはまだ恥ずかしさを感じていたようだった。白を切りたいということならそれでも良い。


「……まぁダメならダメで俺は問題ないんだけど」


 素直にそう言うとちょっと残念そうにする。もう少し食いついてこい、と言いたそうな……と思うのは俺の思い過ごしか。


「うん、エルフ、ダメ。エルフリーデで」


「わかりました。で、エルフリーデさん……とキャラメルさん、晩御飯の話なんだけど――」


 でも、エルフリーデのあだ名がエルフ……金髪といい、立ち姿といい、エルフと言われてもそうかもしれない、と思ってしまうかもしれない。前の世界の住人なら。

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