屍の上にある現在
朝、領主の元に訪れて馬を二頭譲り受けた。青鹿毛は凛々しく、栗毛は穏やかな表情をしている。安心して旅を任せられそうだ。
「名前、決めてあげないとな……」
ぼんやり、そんなことを思った。今日中に考えようか。
村から見送られるときにミアは泣いていたが、次来た時にはもう少し成長している姿が見られるのかなぁと思って、俺はこの別れを楽しみにした。
オイレンブルクの端っこの村・バッケスホーフを朝に旅立つと、夕方くらいに到着できるのは隣国ビンデバルトの端っこの町・コンツ。譲り受けた馬の強さはわかっているので、途中で休憩をはさんでも時間的には余裕だと思われる。
コンツは、先日見た趣味の悪い衣装の貴族が治めていた町である。商業ギルドの情報によると、領主は変更されているということだったので、ビンデバルトという国の機能も健全だろうと理解できた。
思った以上に街道は整備されていた。人の往来はそれほどないが、ゼロではない。馬と人がすれ違うだけの道幅があるので安心できる。
乗っている馬はとても乗りやすい。暴れ馬と言われていたのだが、俺のことを信頼してくれたのだろう。ありがたい。
躯体はサラブレッドよりもアラブ系と感じたのは線の太さだろうか。前の世界の日本では競走馬としてすでに役目を終えていた。衰退したのはスピードがサラブレッドに劣ってたからだけど、アラブ系のレースも嫌いじゃなかったので、地方競馬場にも行ってたなぁ……。
馬が尻尾を振っていても、後ろをついてくるエルフリーデが乗る栗毛は動じない。年齢は聞いていなかったが、どっしりと落ち着いている。乗りやすそうにしている。
エルフリーデは少し周りを見ながらつぶやいた。
「でもここも20年前は激しく戦ってた場所なんだよね」
「……」
この街道は整備されているが、だからこそ、前の戦争で双方の軍隊が衝突した場所でもある。エルフリーデの言葉からもそれがわかる。
俺も学校の歴史で少し学んだが、中等部程度、高等部で学んでいるエルフリーデの方がそういう知識がある。さらに、王族として聞かされていた話なのかもしれない。
その争いがあった場所を踏みしめている自分は、少し引け目を感じる。たまたま転生してきただけで、本来はここにいて良い存在かどうかも怪しい。それが今、人々が勝ち取った平和の上を踏みしめて良いのだろうか。
「私も歴史の授業でしか知らないんだけどね」
「そうだね、俺もそれでしか知らない……」
「だから、まぁ、あまり気にせずに、同じことを繰り返さないことが弔いってこともあるじゃない?」
エルフリーデは俺が何を考えていたのか分かったのか。それとも、その戦いの話を思い出して表情が暗くなっていたのか、なかなか鋭い。
「……だよね」
とはいえ、おかげで気が楽になった。
良く見ると、ところどころ石が詰まれていたりする場所がある。俺はどことなく懐かしさを感じた。石を積むという行為は仏教じゃなかっただろうか。この世界にもそういう文化があるのだろうか。お墓だとすると、せめて手を合わせて通らせていただこう。
「タナカは何やってるの?」
「あ、え~っと、これは、俺の知ってる弔いというか、死者へのリスペクトを示す行為なんだよね」
合掌をどう説明したらよいのか、というか、この世界に無いことを説明したらよいか、難しい。
「……いつもの内緒の話だね」
察してくれたようで助かる。
「まぁ、でも、それで死者を思いやることができるなら私もやっておくわ」
馬に乗りながらで無礼かもしれないが、石積みに手を合わせて通り過ぎた。
*
3時間ほど進んだだろうか、強いとは言え馬も長めに休めなければならない。街道から少しそれた場所に湖畔があったので、そこで昼食を取ることにした。
火山があるのでこの湖はカルデラ湖だろうか。澄んでいてかなり綺麗な湖だ。馬たちも喜んで喉を潤している。
少し外れているので、街道の騒がしさも感じない。時間がゆっくりと流れているように思える。
そこで、俺たちはバッケスホーフで受け取った昼ご飯を開いた。
薄く焼いたガレットが10枚ほどと、それにつけ合わせる卵焼きやトマトソースなど。デザート用にもジャムも貰っている。
「タナカのおかげで、こうやって旅先でも美味しいものが食べられる。うんうん、幸せだね~」
「そう言ってもらえると、みんなで作って良かったよ」
手軽に食べるために、具材をくるくるっと巻いて口にする。俺にとっては馴染みのあるクレープの食べ方だが、エルフリーデとって手でつかんで食べるという文化は少ないのだろう。俺のやり方を見ている。だが躊躇することなく真似をして口にする。とても笑顔なので安心した。手で食べるという背徳感も含めて、旅に出ている気分になる。
「あの山を越えるとビンデバルトだから、結構もうすぐだね」
目の前に見えている火山だけど、そこそこな距離があるように見える。しかし、聞くと街道が裾野にある沿っているので、それほど大変というわけではないらしい。
「自分の意志で国内を移動したこともほとんど無かったけど、オイレンブルクを出るのは初めてだから、ワクワクするよね」
「俺も、国外は初めてだから緊張するなぁ~」
前の世界でも海外なんて、2回しか行ったことがない。という意味では緊張する。けど、良く考えるとそもそもこの世界に来た時は海外行くよりも大変なはずだったけど、対応できたよな……。しかも、ビンデバルトも地続きだから異動してても海外というか国外感はない。言葉も通じるみたいだし。……うん、たぶん大丈夫だろう。
「国境なんて、勝手に人が作ったもの……なんだけど、勝手に他人の家に入るってのも良くないから、文化を尊重したり、しっかりとノックして入るようにしようね」
「そうだね」
相変わらずこの王女様はしっかりしている。溺愛オヤジ……じゃなくてベン=オイレン国王がしっかりしていたのか、学校教育のおかげなのか、俺としても変な気を遣わず安心して旅をできる。




