旅の相棒をいただいた
俺とエルフリーデの旅の始まりは、そば処の村・バッケスホーフから始まることになった。
ベン=オイレン国王など街の者たちが見送ってくれたフリッチュから、隣国・ビンデバルトへ行くのに半日では無理。
どれだけエルフリーデがおてんばでも、街道があるとはいえ、夜に森を抜けて国境を超えるのはよろしくない。
かと言って、薬局のオーナーのように、大掛かりな旅団を組んでボディーガードを依頼するような旅ではない。エルフリーデには国王が付けた護衛が一人いるようだが……。
オーナーに聞くと、バッケスホーフから隣国の町までは、馬で早く駆けると早朝→夕方にはつける街道があるとのこと。
そういうことだったので、俺たちはまず馴染みのあるバッケスホーフに立ち寄って、そこで1泊した後に出かけることにした。
村に入ったところで村民が気が付き、みんなが寄ってきてくれた。
「ようタナカ、今回はどうした?」
「タナカこれ見てくれよ! 美味そうだろ」
「エルフリーデちゃん、ウチに寄っていきなよ」
「ねぇねぇ新婚旅行?」
「蕎麦うめぇな!」
方々から色々一斉に声をかけられている。トンチンカンなものもあるが、返信できない感じ。もみくちゃである。
「みなさ~ん! 落ち着いて~!」
エルフリーデの鶴の一声でピタっと動きが止まり、整う。こういう時の仕切り上手なのは、生まれ持った才能……じゃないだろう。たぶんこの子の声はこの村民にとって重要になってるのだろう。みんなが静まって聞く体制だ。
エルフリーデはフゥと一拍置いた。そして、今回は旅の前に皆さんの顔を見たくてこの村に立ち寄った、という理由を説明した。間違いではないけど、まぁそういうと村民は喜ぶ。人心掌握ということだろう。天然で。
また後で来ることを伝えて、挨拶をしたいと、新領主の居場所を聞き、領主と同じ屋敷にいることだったのでそちらに向かった。
新領主に会う理由としては、どういう人物か見ておきたかったこともあるが、それ以外に大きな理由があった。これからの旅の足である馬について。
俺たちが到着したことを聞いた新領主が門の前まで出迎えに出てくれていた。恐縮したが、村を救ってくれたお礼と、初めて領主になって治められることになったお礼、そして、国王と関係のある人物の俺たちということはわかっていたため、とはっきりと言われた。
はっきりと発言することで、これから発展するだろう村を治める人物として良さそうに思えた。ダメなこともダメと言える人物のようだった。
俺たちが旅をするための足が欲しいという相談をすると、幸い、馬は前領主がいなくなったこともあり、余っているようだった。必要以上に贅沢に、抱えていたということだそうだ。
新領主は、まだ倹約の御触れの癖が抜けないのか、元々の性格なのか、余剰分の処分に困っていたらしい。
「もらってくれるならありがたい! 生き物だけど逃がすわけにもいかないし、かと言って売ってお金に換えても、それを国に納めるというのも何ともだし、物納されても困るだろうし。ほっといても餌代が結構かかってたので、本当に助かりますよ」
新領主は餓死させるなど、虐待まで考える人じゃないのでほっとした。そして遠慮なくいただくことができる。
「タナカ殿、エルフリーデ殿、今日の夜は少しだけ歓迎会をしたいのだが、お時間はある感じ?」
また前と同じ小屋に泊まることを考えていただけなので、予定は蕎麦を食べるくらいで、別に用事は考えてなかった。
「えぇ、空いてますが……派手な歓迎会はいらないですよ?」
あまりに壮大だと晒し物のようで恥ずかしだけだ。新領主もそういうのは考えてなかったようだ
「いえ、さっき村民が歓迎したい話をしてたので、村のレクリエーションとして、くらいですよ」
村民との交流ができるなら俺は嬉しい歓迎会だ。エルフリーデを見ると、同じ気持ちのようで、ニコっと頷いていた。
「それじゃあ、村民たちに準備するよう伝えてくるので、あとでまた呼びに行きますね」
そう言って立ち去って行った。なんとフットワークの軽い領主だ。前とは大違いだとわかる。
「良かったね」
エルフリーデも楽しみになっている。俺も少しウキウキだ。そんな気分で馬小屋のところへ行くと、門番の男がいた。
「よう、タナカ。隣に旅に出るんだって?」
この男、楽しそうに俺たちを迎えてくれた。
「情報が早いな……」
「ついさっき娘から聞いたからな」
「娘、いたのか?」
俺だけじゃなくエルフリーデも意外に思ったらしく、二人して驚いて顔を見合わせてしまった。
「村に来てすぐあってるだろ?」
それを聞きエルフリーデは気付いたようだ。
「……ミアちゃん?」
というか、その子しかいない。
「そうだ」
門番は自慢の娘なのか、腕を組み大きく頷いている。「どうだ、良い子だろう」と言わんばかり。
「……またまた、あんなに素直でかわいい子が……、こんなゴツい男の娘なんて」
とテンプレみたいなやりとりをかましてみたが、事実そうらしい。奥さんの顔を見たいものだ。たぶん、すべてが奥さんに似ているのだろう。
「あ、いや、人の良さはオヤジ譲りでもあるか」
「ん?」
思ったことが少し漏れてしまった。門番には適当に誤魔化しておいた。それよりも馬の状態だ。
「それなら心配ないよ」
そう言って前に出してきてくれたのは、2頭の馬。
1頭は俺が前に使わせてもらった馬。相変わらずりりしい顔をしている。暴れ馬と言われていたが、あの日以来、俺に対しては心を開いてくれているような気がする。乗りこなせたことで対等に思ってくれているようにも見える。性能は間違いなく良いのは体感している。
そしてもう1頭はエルフリーデ用とのこと。聞くとめちゃくちゃ素直な性格で賢いらしい。誰であっても乗りやすいとのこと。たしかに、顔立ちは優しそうで微笑んでいるように見え、安心させられる。
「本人がじゃじゃ馬なので、大人しい馬はバランスが合って良いじゃないの?」
「タナカ……テンション上がって余計なことを言ってるってわかってて?」
こういう冗談を言える仲になってるのは良いことだ、と俺は思っている。ただ、後頭部はしっかり叩かれた。
足の筋肉など触れてみたが、結構しっかりしている。ばんえい競馬ような、農耕用という感じではなく、形はスマート。だけど、サラブレッドよりもアラブ系に近いだろうか。多少の頑丈さはある。これからどれだけの旅になるかわからないので、強そうなのはありがたい。門番は、俺たちが隣の国へ旅に出るということで、チョイスはそこまで考えてくれたのだろう。ありがたい。
「しかし、こんな良い馬をもらって良いのか?」
売ればおそらく1000万円はいくのではないだろうか。思わず日本円で考えてしまったが、たぶんそれくらいだろう。この国の労働力から考えると、一般の労働者の年収何倍だろうか……。結構高級品である。
「まあ、新しい領主さんの言ったように、持て余してるんだから、良いんじゃないのかな。どうせなら一番良いものを持っていけばいいさ」
「じゃあ、せっかくだからもらっちゃうよ? あとからダメとか返せって言われても無理だからね?」
「大丈夫だって」
「商人がタダで物をもらうってのは警戒するもんなんだよ」
と、商人っぽさもちゃんと出すことを忘れない。そう、忘れないようにしよう。
門番も新領主から渡すように言われているので、とくに懐が痛くなるわけでもないし、新領主はそこまで興味が無いようだ。ありがたく頂戴することにした。
しかし、まさか自分の馬を持てる身分になるとは想像していなかった。前の世界では車を持てなかった俺が、高級車並みの馬を持てるとか……。
馬は前の世界でも人との関わりが深い動物である。日本でも古来弥生時代からの付き合いだという話もあった。
また俺も良くお世話になっていた。週末だけ開いている農林水産省関連の銀行だと思っていたが、発券機から貯金しても、なかなか引き出せないという不思議な銀行だった。
そういえば、こっちの世界にはギャンブルは無いのだろうか。オイレンブルクはなさそうだ。つい先日まで倹約ということだったわけだし、国王が推奨していたと思えない。
「どうしたのタナカ?」
色々思いに更けていた俺を心配してエルフリーデが声をかけてくれた。まさかギャンブルでスッた話を思い出してたとも言えず「いや大丈夫」と照れ笑いして逃げるしかなかった。
そんなバカなことを考えている俺を見て笑っているのだろうか、馬がこちらを見ている。
俺は馬の首あたりに触れる。
「明日から、よろしくな!」
挨拶に応えるように、馬は立てに二度ほど首を振った。




