いってきます。
旅立つまでにすることは、だいたい挨拶くらいだ。
俺は今回この街・フリッチュに長居をしていた。だから挨拶回りはいつもより少し多かった。
ビストロエマのハンスとイルゼ。
カフェニコーレのヴェルナーとアンドレア。
いもやのトーマスと奥さん。
ホフマン酪農のパウル。そして組合。
あとは細かく世話になっているところを回った。結局1日がかりだったので、旅立ちは明日朝となった。
夜、リゾットを食べて泊まっていた二階の部屋を片付けていた時、イルゼがやってきた。
「私も一緒に旅しちゃダメかな?」
「え?」
おいおい、自分1人でも大変なのに、女子2人は無理だ。というか、いきなりモテモテじゃないか。と思っていたら、そうではなかった。
「私も探してるものがあるんだよね。たぶん、それはここじゃ見つからないから」
人なのか、物なのかわからないが、イルゼはイルゼなりに事情があるのだろう。だが、無理なものは無理だ。断ったのだが、彼女もなかなか諦めない。
「お嬢様1人じゃ身の回りの世話役とか必要だろうなぁ。お姉さんポジションって必要になるんじゃないかなぁ」
などととぼけて言ってくる。ネタとしては面白いが、まだまだ俺には無理だ。さらに断ると、力勝負に出てきた。
「それじゃあ、自分の身は自分で守れたら良いってことにしない?」
腕相撲をしよう、と言ってきた。
「わかった、これで俺が勝ったら恨みっこなしだよ」
「うん……」
いつもホールで働いているイルゼの腕は、女性に言う言葉ではないがしっかりしている。それに比べると俺は細腕かもしれない。もし負けたら連れて行かなかければならない。緊張の一瞬だった。
「あ……」
俺は勢いよく、バタンとイルゼの腕を倒した。
「弱っ」
勝負と言ってきた割に、イルゼはあっさりと負けた。弱かった。たぶん力の入れるタイミングを間違ったのだろうか、筋肉が活かせてなかった。マジで助かった。
「え~っと、それじゃあ、連れて行かない、ってことで良いよね?」
「……うん」
仕方がないけど約束である。イルゼもあきらめるしかない。そんなことをしている間に、下のハンスからイルゼに閉店作業手伝ってと声がかかった。
部屋を出て行くときに、イルゼが腕に巻いていたミサンガみたいな編んだ腕飾りを渡された。
「じゃあ、せめてこれを私だと思って一緒に旅させてあげてもらえる?」
そんなのはたやすいことだ。
「問題ないよ」
受け取ったらわかる、結構くたびれているものだった。それでも大切にしていたのであろう、汚れはそれほどない。イルゼは「ありがとう」と無理した笑顔で降りて行った。
*
翌朝、早朝。
ビストロエマを出るとき、ハンスとイルゼが見送ってくれた。
ハンスから「この街を変えてくれてありがとうな」という言葉をもらった時、心にしみるものがあった。
街の出口にはみんなが見送りに来てくれていた。その中、国王もこっそりと……しているが、みんなにはバレている。こういうフランクなところが国民に愛されているのだろう。
「タナカが次に帰ってきたときは、この街、いやこの国が美食で溢れているかもな」
国王が方針を変えるくらいまで影響させてしまったことに肩をすくめた。ひとまず怒られなくて済んでよかった。喜んでくれているなら何よりだ。
エルフリーデも少し遅れて到着した。友達への挨拶で時間がかかったようだ。女子学生なら仕方がないことだ。
俺はエルフリーデの顔を見て、「大丈夫よ」と確認し、門を一歩外に出た。次に戻ってくるのはいつになるのか考えていない。
2人で後ろを振り返り、見送ってくれる友人たちに手を振った。
「ちょっと行ってきます」
*
少し歩いて、今更ながらふと気になったので聞いた。
「そういえば、学校って休んでも大丈夫だったの?」
「先生に頼んで卒業させてもらったから大丈夫!」
エルフリーデはケロっと嘘を言うのか。
「いやいや、そんなわけないじゃん。もしかして王族の権力で? それってやばくない?」
「だって、卒業に必要な単位は取ってたし」
「あの学校って18歳で卒業だよね? ズルして単位取ったの?」
「タナカ、旅早々喧嘩売ってるわけ?」
「だって、嘘じゃん?」
「いや、だから、私、15歳だけど、単位取ってるの」
「家のいざこざのあと、学校に復学したって言ってたってことは、休学してたんだよね? それなのに?」
「マジだって。いわゆる飛び級なんだって」
「……エルフリーデって、本当は賢いの?」
俺はアホみたいな反応しか返せない。めっちゃ努力家エリートじゃないか。
「やっぱり喧嘩売ってる?」




